藤原紀香さんの「男を見る目のなさ」が相変わらずで、残念な限りです

 歌舞伎俳優の片岡愛之助さんと女優の藤原紀香さんの結婚のニュース、なんだかとてつもなく、感動もしない、何か双方の大人の事情により結ぶついた結婚のような気が僕はしてなりません。現在の活躍の場はさておき知名度抜群の女優を妻に持つことで片岡愛之助さんは歌舞伎俳優としての座は多少固くなるはずです。もちろん芸の向上ではなく、あくまでも営業上有利になるという話です。藤原紀香さんは浮き沈みの激しい一般の俳優より、わりと安定している歌舞伎俳優の妻になることで、一応の生活上の安全を手に入れた感じですかね。愛よりも計算が働いていての今回の行動のような気がします。

 もちろんこれは僕の勝手な推測であって、もしかしたらお互いは物凄く愛し合っているのかもしれません。ただ片岡愛之助さんが女性に対するルーズなところを聞くと、藤原紀香さんの相変わらずの「男を見る目のなさ」は残念な感じです。一般的に好感度の高い藤原紀香さんは芸人・陣内智則さんとの離婚以降、陣内の女性問題による離婚理由から、同情を受ける対象にもなりました。世間はまあ、藤原紀香さんの恋愛活動を優しく見守ってきた訳です。

 しかし交際相手が片岡愛之助さんと分かってから、「男を見る目」が全く進歩していないのが明らかになり、なんだかガッカリ感を受けた人は多いはず。やっぱり綺麗過ぎて、男女交際のあれやこれやの大変さを知らずにいい大人になった不幸が藤原紀香さんにはあるなと思いました。ところで前夫の陣内智則さんは番組の海外ロケの飛行機の席を巡りトラブルを起こし、日テレ出禁とのこと。謙虚に生きないといけませんね。
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ロッキーロードというアイスクリームは美味しかった

 今日ある男性のクラスメートと放課後雑談していると、今日アイスクリームチェーン店のサーティワンアイスクリームに行くという話になりました。クラスメート曰く「31日はアイスクリームが31%引きになるんですよ」とのこと。約3割引は安いです。数百円というお高めなサーティワンのアイスクリームなので、約3割引は確かにお得と魅かれてしまいました。

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 そこで僕も帰り、池袋のサーティワンに寄り、アイスクリームを買って食べてきました。頼んだのはロッキーロードというフレーバーです。教えてくれたクラスメートお薦めのフレーバーです。しかし頼んだのが390円のシングルサイズ。お店の人が「ダブルにすると375円でお得ですよ」と言われたのですが、夕食前だったのでお断りしました。390円×0.69=約260円ぐらいの値段になるなーと思ったところ、なんと390円のままで、安くなりませんでした。実は、31%引きはダブルに限り適用されるサービスなのです。なので普段は約550円ぐらいするダブルをお店の人は薦めてきたのです。

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 結局31日に行ったのに、その恩恵を被ることができなかったという訳です。とほほです。でもロッキーロードのアイスクリームはもう美味しかったです。390円出す価値があります。アイスクリームはチョコレート味なのですが、独特でありかつ濃厚で、食べ応えがあります。またアーモンドとマシュマロが入っており、触感を楽しむことができました。味よし、噛む楽しさありと、高い金とっているだけのものは提供しているなと思いました。アイスクリームにも幅があるんだなと思った次第です。

織田絆誠は予想を裏切らない声でした

 昨日テレビのニュースでも流れた神戸山口組の会合の話、若頭代行の織田絆誠もばっちり映っていたましたね。ネットにあがっていた動画をパソコンで僕も確認しました。会合は、九州の独立団体・浪川会の東京事務所で行われたのですが、織田絆誠が事務所入りする際、警察関係者からボディチェックを受けた際、「よっしゃよっしゃはいはいはい」と言っていました。おそらく公共の電波では、織田絆誠の初音声だったはずです。渋い外見を裏切らない、低くて渋い声でしたね。帰りの東京駅に入っていくシーンもガムを噛みながら幹部の中では先頭に立って、絵になっていました。

 神戸山口組トップの井上邦雄組長も東京に入っているのではないかという話も浮上しています。時期的に、現在東京の病院に入院している元後藤組の後藤忠政との会談?と、推測してしまいます。実際のところ、どうなのでしょう。気になるところです。

明日から学校生活が始まる

 明日からまた学校生活が始まります。無事に最終学年の2年生に進級できたものの、また授業やグループワークなど集団活動を強いられるのは辛いです。その点、何もない春休みはほんとに楽しかったです。遊んでいた訳ではなく、勉強もしていましたし(まあ、といっても緩んでしまいましたが)、検査の練習は相方の同級生と沢山しました。個人の裁量でやれたので、色々と良かったです。

 ただ2年生は6月の半ばで授業が終了します。その後は2回の実習があるだけです。もちろん、実習には手ぶらでは行けません。主要検査を覚えていく必要があるので、その練習をしないといけません。また国家資格の勉強もしないといけません。でもそれらは、自分の裁量でやれるので、すごく気楽です。まあ個人の裁量でやるのが苦手な人にとっては大変でしょうけど、いい歳した大人がいつまで群れてないと力出せないっていうのはカッコ悪いですよ。よって集団活動が極度苦手な僕にとっては、2カ月半我慢すれば良いのです。そう考えると、1年生はほんとに大変でした。

 新しいクラスは、顔ぶれを見ると、1年生のクラス同様、協調的でない集団になりそうです。どの世界にもいるのですが、同級生には非常識な人も結構います。クラスには何も期待しないで、自分の勉強や実習準備だけに集中していこうと思います。あと我慢すべきことは我慢して…(あとでいくらでもね。やり返せますし)。新しい友達はね、もう期待していないです。ある程度人間関係もできあがっていますし、僕は今の人間関係のつながりを強くしていければなと思います。

 最後は「一匹狼」に立ちかえればいいんだという気持ちですね。集団に迎合することなく、負けずに、やっていきたいです。自分のような何もない人間は「嫌われ役」を引受ける覚悟がないと、ほんとにダメになります。嫌われてナンボ。この精神でやっていきますよ。

いつか寿司を沢山食べる

 この前、学校で検査練習を同級生としていたら、その雑談中寿司の話になりました。同級生曰く「まずイクラ、タマゴ、うにを各3皿頼んで。それから店の本日のお薦めの寿司ネタを食べて、巻物にいって、その後に中トロ食べて、間にタマゴを挟んで…」とのことで、こだわりのある食べ方に感心というか、面白いなと思いました。

 ちなみに僕は回転寿司にしか行きませんが、好きなネタはですね。ビントロ、サーモン、はまち、タイ、えんがわ、赤貝といったところです。それらを2~3皿食べます。寿司が食べたくなったので、先週は持ち帰り寿司を閉店前のセールで購入しました。ただ持ち帰り寿司って、美味しいといえば美味しいのですが、いまいち落ちるなーと思った次第です。まあ持ち帰りですから、当然ですかね。

 いつか寿司を沢山食べる為に、今頑張っていきますか。

仕事

 昨日は日雇い仕事をする為に、埼玉県八潮市まで行ってきました。その現場は昨日で3回目でした。そこでは雰囲気の良い職場で、休憩時間色々と話をすることができました。僕は日雇いの仕事でも、挨拶や返事が大切だと思っているので、キチンとやっています。もちろん仕事も一生懸命にやり、ミスがあったらすぐに報告するようにするなどしています。そういうことをやっていれば、人は信頼してくれて、話に応じてくれるのだなと改めて思いました。昨日も現場のリーダー格の人に、「また。機会があったら、来てよ」と言ってもらえて、嬉しかったです。またそのリーダー格の人は面白くて、ほんとに仕事やっていて楽しかったですね。

 春休みの日雇い仕事は、お金を稼ぐことが目的でしたが、その場限りの関係ですが、人と色々話せたことはとても良い経験でした。あと僕は仕事が好きなんだなと確認できたのも良かったです。専門学校生としての日々は、面白くないことも多いです。程度の低い行為をしている同級生に幻滅しますし、あまりの非協調な姿勢にも疑問を持つことも多いです。でもそんなことは気にせず、言語聴覚士の資格をとって、リハビリ病院に就職できるよう日々過ごしていきたいです。

攻撃方法の違い

 山口組と神戸山口組の抗争事件が頻発しています。しかし山口組側と神戸山口組側の被害状況を比較すると、攻撃方法の違いが浮き彫りになります。表面化された抗争事件だけに限りますが、神戸山口組側は銃撃被害が複数あります。2月23日神戸山口組2次団体・正木組事務所銃撃、2月27日神戸山口組3次団体・誠竜会会長宅銃撃、3月6日神戸山口組傘下団体・邦将会事務所銃撃、3月14日神戸山口組傘下団体・高田組事務所銃撃、以上の被害を神戸山口組側は受けています。正木組事務所銃撃事件は山口組組員が現行犯で逮捕されていますが、他の銃撃事件に関しては、犯人は逮捕されていません。神戸山口組の全ての銃撃被害が山口組による攻撃とは断定できませんが、文脈上、山口組による攻撃と見なしてよいでしょう。一方山口組側において、今回の抗争事件で、銃撃被害を受けた件は現時点ではありません。山口組側が受けた被害としては、事務所への火炎瓶投げ込まれやトラック突入などが主です。裏返せば、山口組は拳銃攻撃を認めて、神戸山口組は拳銃攻撃を認めていないことが分かります。
*今回記事を作成するにあたり『SANWA MOOK ウラ社会読本シリーズ⑤ 極東会大解剖 「強さ」を支えるのは流した血と汗の結晶だ!』(実話時代編集部編、2003年、三和出版)の情報を参考にさせて頂きました。

 拳銃攻撃に踏み切った山口組も人身に向けた発砲をしていません。業界用語「カチコミ」と呼ばれる建物への銃撃に抑えています。背景には、ヤクザ組織間抗争における殺害に対する警察当局の厳しい取締りがあります。現在日本の法環境は、組織的犯罪処罰法で、殺害した側の2次団体トップも処罰できます。場合によっては1次団体トップも処罰できる状況になっています。山口組、神戸山口組ともに、拳銃や長期服役に耐える構成員を持ち、敵対組織の構成員を銃殺する手段を持っています。しかし法環境により、銃殺手段の行使には至れない状況下なのです。

 山口組主流派である弘道会は敵対組織構成員の銃殺に長けてきた組織です。ヤクザ組織においても、銃殺という行為には、組織により温度差が見られます。銃殺する役割の組員は長期刑に服することになります。組織内の人間関係による圧力だけで、組員を銃殺実行に向かわせることはできません。経済的な見返りが必要となります。ヤクザ組織は実行組員に対して、服役期間家族への経済的支援、服役後の重要ポストへの登用を行うことで報いなければなりません。組織力がないヤクザ組織では、銃殺という攻撃を行えません。つまり組織力がある組織ほど、銃殺という攻撃手段を取りやすいのです。弘道会は日本各地に傘下団体を持ち、豊かな経済力を有しています。抗争による服役者を敬う組織風土が確立されています。加えて、ヤクザ組織間抗争における銃殺において、重要な位置を占めるのが情報収集力です。ヤクザ組織間抗争における銃殺手段は、至近距離に近づいての発砲の為、高度な銃撃能力は求められません。抗争状態になれば、狙われる幹部達は身を隠します。建物と異なり人間は移動できます。身を隠す敵対幹部達を的確に捕捉するのは至難の業です。「敵対組織の建物への銃撃」と「身を隠す敵対幹部の体への銃撃」は質が異なるのです。2003年弘道会は住吉会有力2次団体・親和会と抗争に至りました。この抗争において、弘道会は親和会構成員に向けた発砲攻撃を行いました。発砲攻撃に至る時間が早かったことで、弘道会の情報収集力の高さが示された抗争でもありました。

 しかし銃殺攻撃を可能とする組織力や情報収集力を弘道会だけが有している訳ではありません。神戸山口組主流派の山健組も過去の抗争において、弘道会同様に、銃殺攻撃を行っています。1993年極東会と山健組は抗争に至ります。同年7月17日札幌市で、トラブルで極東会系組長が山健組系組長を刺殺する事態が起き、抗争が開始されました。7月21日極東会と山健組が和解して抗争は終了します。その間、山健組は極東会構成員の人身に向け発砲する事件を多く起こします。山健組の銃撃により、極東会は多くの重傷者に加え、2名の死者を出します。極東会も発砲攻撃を行いました。しかし人身には向けず、山健組の事務所や組員宅への銃撃にとどまりした。1993年の抗争において、山健組は組織力や情報収集力の高さを示したのです。

旧後藤組の後藤忠政、日本帰国

 今はやっぱり、山口組有力2次団体だった後藤組組長の後藤忠政の日本帰国ニュースが話題ですね。2008年に除籍処分になってから久しく、現在後藤忠政はカンボジアで活動していますが、現在日本に帰国し東京渋谷の病院に入院しています。

 後藤忠政が神戸山口組側に参加したら、現在の戦況が変化するかもという話も出ていますが、それはどうなんでしょうね。旧後藤組の勢力を引き継いだ良知組、藤友会は山口組に残留しています。ヤクザ世界から離れて久しい後藤忠政がその2組織を移籍させるのは簡単ではないと思います。

南西諸島は防御ラインである

 尖閣諸島が日本固有の領土である事に疑問を呈する中国の狙いは、尖閣諸島を自国に編入するだけでは収まりません。尖閣諸島を起点に日本の南西諸島を突破し太平洋に中国海軍を展開させ、西太平洋一帯に影響力を及ぼす思惑があります。広大な太平洋に海軍を展開させる目的は、海洋資源の確保や軍事力の誇示です。即時に成果を見込めにくい分野ですが、「西太平洋進出」という大きなスローガンが、中国海軍伸張の説得材料として機能しています。
*今回記事を作成するにあたり、『<沖縄>基地問題を知る事典』(前田哲男、林博史、我部政明編、吉川弘文館)、『尖閣を獲りに来る中国海軍の実力 自衛隊はいかに立ち向かうか』(川村純彦、小学館101新書)の情報を参考にさせて頂きました。

 日本と中国は「隣国の関係」と言われます。地図を手に取って確認すると、日本の本州は、日本海を挟んでロシア、北朝鮮、韓国と面しており、中国とは面しておりません。中国と面しているのは東シナ海を挟んだ九州の西側であることが、地図で確認できます。古代から九州が大陸文化を受容しやすい要因は地理的位置にあります。南西諸島も中国に東シナ海を挟んで面しています。奄美大島をはじめとする鹿児島県の諸島、そして沢山の島々を抱える沖縄県を指すのが南西諸島です。九州島の鹿児島県本土の下に位置する種子島や屋久島から日本西端の与那国島までの範囲を抱えています。与那国島から台湾に至る距離は沖縄本島への距離より短いです。別の見方をすると、九州島と台湾の間にある海域が南西諸島と言えます。陸地部分が極端に少ない諸島地域の為、地図上では中国と面していることが確認しづらいですが、南西諸島は余す所なく中国と面しています。

 島の土地は当然、近い海域にも、島々を治める国の支配権が及びます。南西諸島の場合、日本政府が支配権を握っています。南西諸島を詳細に見ると、鹿児島県側は種子島や屋久島からはじまり、その南に行くと小さな島々で成り立つトカラ列島があり、その南に奄美大島や徳之島を含んだ奄美群島が位置しています。沖縄県側に入り、奄美群島の南にあるのが沖縄本島で、その南に宮古島がある宮古列島、石垣島や与那国島がある八重山列島が位置しています。数多くの島が間隔を空けずに位置しているのが特徴です。その為南西諸島は、島という「点」の集まりではなく、島々を結ぶ「線」としての性格を有しています。軍事上、防御しやすい地形です。日本政府としては頼もしい「防御ライン」の役割を果たしているのが南西諸島です。

 一転、中国の軍事的な視点からは、南西諸島は太平洋に抜ける「障壁ライン」として映っています。中国から太平洋に向かう際、台湾とフィリピンの間のルートもありますが、南に遠回りする形になります。太平洋への最短ルートが南西諸島の通り抜けです。中国海軍は3つの艦隊で形成されています。黄海・渤海湾を担当する北海艦隊、東シナ海を担当する東海艦隊、南シナ海を担当する南海艦隊となっています。東海艦隊の司令部は南西諸島に面する寧波にあります。自ずと、東海艦隊の目標の1つとして、南西諸島ルートの軍事的開拓が浮上します。尖閣諸島で起きる中国船侵犯事件は、中国海軍が西太平洋進出する大きな動きの一端に過ぎないのです。

 日本政府以外に、アメリカも南西諸島の「防御ライン」に期待しています。日本の米軍基地の約75%が沖縄県に配置されています。この結果に作用している、日本本土による沖縄県への「負担の押しつけ」という側面は否定できません。同時にアメリカの軍事戦略上の意図も大きく働きました。第二次世界大戦の過程でアメリカ軍が沖縄県に上陸した1945年から、アメリカ軍は現在まで沖縄県に居続けています。アメリカにとって1949年に中国共産党により社会主義国化した中国はソ連に次ぐ潜在的な敵対国になりました。アメリカが沖縄県に基地を集中させた要因は多数ありますが、中国に面する南西諸島に軍事的拠点を作ることで中国への抑止力を働かせることが、要因の1つとしてありました。1991年にソ連が消滅した後、経済大国になった中国は今や、アメリカの最大のライバルとなっています。

 しかし南西諸島の特にアメリカ軍基地を多く抱える沖縄本島の住民の思いが絡むと事態は複雑になります。沖縄本島には、度重なるアメリカ軍兵士による犯罪といった基地近接による弊害が根強く存在しています。「沖縄本島における基地負担の軽減」は日本国内の政治的課題として浮き彫りになっています。台頭する中国海軍の野望を阻止する為に南西諸島の軍事的重要度が高まる一方、軍事的負担の軽減を望む沖縄本島の住民の声があるという、相反する問題が並立しています。1972年にアメリカ施政権下から日本に返還された沖縄県は、琉球という独自の王国を源流にしているだけに、「日本」への愛着が薄くなり、沖縄独立という選択肢が浮上するかもしれません。難問への解答方法が求められています。

環境の適度な悪さ

 環境の適度な悪さが、自己の成長要因になることがあると、最近実感します。例えば、1人暮らし。僕は25歳の直前に1人暮らしを始めましたが、掃除や洗濯など様々なことを覚えることができました。視野も広がりました。また精神的にもタフになりました。自分で何とかするんだという気持ちが強くなりました。

 前の会社にいた時も、恵まれた大企業ではなかったので、何とかするんだという強い気持ちがありました。あと「大きな会社の人達に負けない」というハングリー精神を持っていました。

 文章を書くということでも、僕は「書く場所」が与えられている新聞記者や雑誌記者と異なり、無名のブロガーです。誰にも期待されていない中始めました。今もそれほど多くの人に支持されているブログではありません。でもその中で、応援してくれる人が少しいるということに支えられながら、色々と工夫して続けてきました。まだまだですが、それなりに、書き手としての気概は少しは持てたかなと思います。もちろん注目される中で、実績を出し続けるプロの書き手の方に比べれば、足元にも及びませんが。ただ最初から諦めたり、恥ずかしいなとか、怖いなとか思って、行動しなくなってくると、先はありませんしね。ある程度、図太く、逞しくやっていきたいです。

 何でもそうですが。続けていれば、何かしらの変化はあるはずで、例えそれが失敗の連続でも、その失敗を冷静に受け止めて、次につなげていれば、その「失敗」は「成功の糧」に変わります。失敗を受け止められず、他人に転嫁したり、次につなげないような行動をしていると、「失敗」は「失敗」のままでいます。

 今色々と経歴詐称やらが騒がれていますが、やっぱり中身がないと、大人は駄目です。経歴がバレた人は、おそらく華々しく作った表面に比べて、中身がなかったんでしょうね。それで周囲が次第に怪しみ、今回露見される事態になったと思います。

 負けることはカッコ悪いです。でもカッコ悪いことを引き受けた人は、強くなります。やっぱり負けて、強くなるんです。

ラーメンと会社見学

 先日、学校の企画で補聴器メーカーの会社見学に行きました。有志による参加でしたが、僕も行って参りました。場所が横浜だったこともあり、会社見学以外にも楽しもうという空気があったのか、お誘いを受けて会社見学の前に、横浜の赤レンガで開催されていた「ラーメン女子博2016」にお誘いを受けたグループの方と行ってきました。

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 屋外のラーメンイベントで屋台でラーメンを買って食べます。一杯900円と、少し高めです。でも味は意外と美味しく、というか出店しているお店の味と変わらないと思います。量もそれなりにありました。皆につられて、2杯食べちゃいました。お腹いっぱいでした。岐阜タンメンが特に印象的でした。タンメンって、美味しいなと思いました。まだまだ開拓していない麺類はあるものですね。

 普段接していないグループの人達と行ったので、まあ、会話は弾むという具合には行きませんでした。でもとりあえず、共に時を過ごしたということが次につながって来る訳ですからね。人と人とのつながりは、日々のコミュニケーションの積み重ねで形成されていきます。ともかく、少し話せたことだけでも良かったです。

 その後の会社見学では、当然マスク着用していきました。その日の肝心の目的の会社見学ですが、やはり足を運ぶもので、色々と勉強になりました。春休みが残り少なくなっていますが、充実した時を過ごしたいものです。

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*横浜の海。デートで来る街らしいですね横浜は。僕には縁遠いかな…。

ジンギスカン

 昨日の夜から今日の朝まで日雇い仕事を埼玉のある工場でしていました。夜勤は20代前半の派遣社員時代以来なので、久しぶりでした。やはり眠くてきつかったです。普段が夜眠る生活だと、急に夜勤の仕事に合わせていく難しさを知りました。帰りの電車でも大変眠たかったのですが、夜勤で一緒に仕事をした男性が私と帰りが同じ方向だったので、話をしながら帰りました。通勤時間ということで、人が沢山いる中でしたが、沢山色々とお話できたのは有意義な時間でした。

 相手の男性は恐らく20代後半~30代前半ぐらいでしょうか。とてもコミュニケーションのとれる人でした。話題が転がっていく中で、その男性が札幌出身ということが分かりました。食事好きの僕は思わずジンギスカンについて聞くと、なんと想像以上に、思い入れを込めてジンギスカンについて熱く語って頂きました。北海道の人にとって、ジンギスカンは本州の「焼肉」のような位置づけであり、大変ポピュラーな食べ物とのこと。またお店に行って食べる物ではなく、家庭で食べるものだそうです。家庭に一台ジンギスカン専用の鍋があるとのことです。

 そしてジンギスカンのタレがあり、北海道の家庭では、ジンギスカンのタレを巡り、ベル派とソラチ派に分かれています。どちらもタレを売っている食品メーカーさんです。正式な会社名は、ベル食品株式会社株式会社ソラチです。ちなみに熱く語ってくれた男性は「僕はずっとベル派ですね。ソラチのタレは食べたことあったかな~?」と語っていました。

 その話を聞いて、是非北海道でジンギスカンをベルとソラチのタレ両方で食べてみたいと思った次第です。

日刊ゲンダイの編集に学べ

 独自情報の提供とは、相手に喜ばれるので、多様な場面で自分を高める効果を発揮してくれます。サラリーマンでも「独自情報が盛り込まれた企画書」の提出や、「商品の独自情報」を客に頻繁に持ち込む営業は重宝されます。まず独自情報の仕入れが鍵となります。思い浮かぶのが「重要な内容にも関わらず現時点で世間に流布されていない情報」を取得することです。悪い活用例として、秘匿情報取得による株式売買のインサイダー取引があります。しかし「重要な内容にも関わらず現時点で世間に流布されていない情報」の取得は簡単に済みません。

 その手の情報の性格上、多くの人に知れ渡った段階で、価値は薄まります。「東証一部上場のA社は自社製品に重大な欠陥を見つけて、近々自社製品の回収を告知する」というインサイダー情報を、世間の多くの人が知っていたら、株式売買で儲けることはできません。「少数の人しか知らない」からこそ儲けられるのが、インサイダー取引の特徴です(もちろん株式売買のインサイダー取引は犯罪です)。よって「重要な内容にも関わらず現時点で世間に流布されていない情報」への侵入は固く閉ざされています。侵入できるのは「金を沢山持っている」「重要な地位に就いている」の要素を持つ人間のみです。また自分が持つ「重要な内容にも関わらず現時点で世間に流布されていない情報」を提供する、等価情報の交換も効果的です。

 けれども一般の人は、金を沢山持っておらず、高い地位に就いていません、相手と交換できる重要な秘匿情報も持っていません。「重要な内容にも関わらず現時点で世間に流布されていない情報」を取得して、それを独自情報として相手に流せば、相手は喜んでくれます。しかしそれは強者のみが使える戦法です。弱者が独自情報を持つためには、如何にすればよいのでしょうか。「取得」ではなく「編集」の視点で既存情報に接することです。珍しい食材を用いた料理は、確かに「独自の料理」となりますが、食材費が掛かり過ぎます。一方、冷蔵庫の中に余っている食材でも、斬新な調理法で調理すれば、「独自の料理」となります。食材費も安く済みます。弱者の戦法は、「独自情報」を仕入れるのではなく、「独自情報」を自ら編み出すのです。

 日刊ゲンダイという夕刊誌があります。政治、社会、国際情勢、経済、芸能、スポーツ、健康、競馬、風俗の情報を取り上げています。朝日新聞や読売新聞といった一般紙以上に取り上げているジャンルが多いです。規模の小さい日刊ゲンダイが多様なジャンルを載せられる要因は、情報の「選択と集中」の編集方法をとっているからです。各ジャンルで現在注目を浴びているニュースを何点かだけ載せて、他のニュースを載せない紙面構成にしています。1ジャンルのニュース量を絞る分、ジャンルの数を増やす編集です。「情報の集中」も奏功していて、1つ1つの記事は読み応えがあり、しっかり書かれています。日刊ゲンダイのスポーツ紙面は他のスポーツ新聞と同様に、プロ野球記事が主要に位置しています。しかし記事の様相は異なっています。

 朝刊のスポーツ新聞のプロ野球記事は、昨日の試合内容の詳報で占められています。典型的な例を挙げると、試合を勝利に導く活躍をした選手に迫る記事です。活躍場面を詳細に描写して臨場感を伝えています。またグラウンド外での生活風景も記事に取り込むことで、選手の個人的性格を浮き彫りにして、読者の興味を惹かせています。1つの成熟された文章方法です。一方日刊ゲンダイは夕刊誌という性格上、情報鮮度の点で、試合詳報をするだけでは朝刊のスポーツ紙に太刀打ちできません。別の所で活路を見出しています。昨日の試合内容の記事を載せるのですが、活躍した選手に関する「ベンチ裏情報」が盛り込まれているのが特徴です。選手・監督の人間関係、移籍、年俸や私生活情報が詰め込まれていて、例えば「Aは今年FA権を手にするので、他球団へのアピールする狙いもあって、頑張っている」という内容の文章が掲載されています。野球という競技内容の要素より、プロ野球選手の背景にある政治的・経済的要素を色濃く反映させているのが、日刊ゲンダイのスポーツ記事です。他の媒体には見受けられない記事で、日刊ゲンダイの独自情報になっています。

 日刊ゲンダイの「ベンチ裏情報」は、おそらく朝刊のスポーツ紙の記者も知っています。日刊ゲンダイだけが有する情報ではありません。情報に対する「独自の編集方法」が、日刊ゲンダイ記事の独自性を生み出しています。幾多の既存情報の中から、ライバルが取り上げていない情報を把握して、その中から価値になる情報を見つけてつなぎ合わせていけば、独自情報となります。それを日刊ゲンダイの記事が如実に示してくれています。

テキヤ組織の縄張り

 祭りや縁日、または平日の道路において物を販売する露店商はテキヤ組織に属しています。日本最大のテキヤ組織である極東会は「指定暴力団」として公安委員会により指定されています。1992年に施行された暴対法は、指定暴力団の構成員に、活動の制限や重い刑罰を科すことを可能にしました。同じく指定暴力団の山口組や住吉会の傘下団体にも、テキヤ組織またはテキヤ組織を源流とするヤクザ組織が存在しています。しかし全てのテキヤ組織つまり露店商の集う組織が、指定暴力団(つまりヤクザ組織)内に収まっている訳ではありません。組織上、ヤクザ組織と関係のないテキヤ組織は存在しています。とはいえ、ヤクザ組織に属さず、出店の際警察や保健所に公的書類を提出しているテキヤ組織でも、稼いだ金額の一部をヤクザ組織に渡す慣例が残っています。濃淡の差はあれ、どのテキヤ組織もヤクザ組織と何らかの関わり方はしているのです。
*今回記事を作成するにあたり『テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る』(厚香苗、2014年、光文社新書)、『現代ヤクザに学ぶ「銭の作り方」』(別冊宝島編集部編、2008年、宝島SUGOI文庫)の情報を参考にさせて頂きました。

 テキヤ組織がヤクザ組織と近接している理由の1つに、テキヤ組織における人を受け入れる際の開放性の高さがあります。前歴に問題がある人でも、本人の意思があれば、受け入れてきました。ヤクザ組織同様、テキヤ組織は一般的な生業に就くことが難しい人の「受け皿」として機能していたのです。1923年の関東大震災や昭和の恐慌時に、生活に困った人達がテキヤ組織に入り、テキヤ組織は拡大していきます。太平洋戦争後の混乱期も、テキヤ組織は失業者を吸収し組織を拡大、闇市の場で活躍しました。社会の混乱期に、困窮する人々を受け入れて、組織の拡大を図ってきたのがテキヤ組織なのです。テキヤ組織は、基本的に成人男性しか加入できません。祭りの露店で働く女性は、あくまでも「協力者」の位置づけとされています。またマスコミにおいては「露天商」と表記されることが多いです。『テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る』(51P)では、「他方のマスコミは、不動産としての店を持っていない商人たちの『天』にさらされた商いと認識しているようである」と述べられています。一方、露店商達は自らを「露店商」と定義して、表記しています。一般社会の世相を伝えるマスコミとテキヤ組織による表記の違いは、現在の一般社会とテキヤ組織の「距離の遠さ」の一端を示しています。

 テキヤ組織の縄張りを「庭場」と言います。庭場の管理には2種類あります。単独のテキヤ組織がある地域の庭場を独占している場合と、複数のテキヤ組織が庭場を共同管理している場合です。東京の下町においては、後者の共同管理が一般的です。複数のテキヤ組織により共同管理される庭場はアイニワ(合庭)と呼ばれています。1つの縄張りを複数の組織で治める方法は、組織間の衝突を生じさせる可能性を持っています。しかしアイニワの存在によって、祭りや縁日の露店商売は魅力を高めることができています。テキヤ稼業は多岐に渡っています。サンズンと言われる組立式の露店で焼きそばやフランクフルトなどを販売する「サンズン」、客に積極的に声を掛けて話芸で商品を買わせる「コロビ」という稼業などがあります。各テキヤ組織は、幅広いテキヤ稼業の全てを網羅している訳ではありません。特定の稼業に特化しています。よって「コロビ」稼業専門のテキヤ組織が独占している庭場の祭りや縁日では、原則的には「コロビ」系の露店しか出ないことになります。露店全体の魅力は低く、客に飽きられていまします。一方、アイニワの場合、複数のテキヤ組織がいるので、「サンズン」系や「コロビ」系の露店、またその他の露店を出すことができます。露店全体の魅力は高く、客に飽きられません。

 アイニワにおいて、重要な仕事が「ミセワリ」という露店の配置です。店の立地条件は、商売に大きく影響を及ぼす要素です。各テキヤ組織にとって妥協できない領域です。また店の配置は、テキヤ組織間の力関係を可視化させてしまいます。『テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る』(145P)によれば、「これは売り上げが良い悪いということのほかに、非日常的な場で、神聖とされる場所と彼らの露店との位置関係に、テキヤ社会全体における自分の立ち位置が反映されることを彼らは感覚的に知っているためだ」と述べられています。よってミセワリは、複数の意味で、重要な行為となります。また庭場は慣習的に形成されて、公にされてこなかった為、各テキヤ組織が認識している庭場の情報は限定的です。各テキヤ組織は管理する庭場と周辺の情報しか持っていません。『テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る』(157P)によれば、「つまり、なわばりというのは組合でも簡単に把握できないほど複雑なものだといえるし、よその集団のことは知らなくても、自分とその周辺のことだけを知っていれば商売に支障がないともいえるのかもしれない。必要のあるときにはしっかりと関わり、信頼関係は築いておく。しかし、過干渉になることは避ける―」と述べられています。テキヤ組織特有の考え方と言えます。

白タク

 3月9日(水)18時58分に配信された産経新聞の記事によれば、大阪の北新地で無許可営業のタクシーいわゆる「白タク」の運転手に対して、ミカジメ料を取っていたことで、山口組傘下団体の組員らが恐喝容疑で大阪府警に逮捕されました。白タクの運転手は昨年、道路運送法違反容疑で逮捕されていました。運転手の口座を調べたところ、今回逮捕された組員の関係者の口座に定期的な振り込みがあったことで、ミカジメ料の徴取が発覚しました。

 ミカジメ料の徴取は、足がつかないように、基本的には現金の手渡しです。油断して、バレないと思って口座を使ってしまったんでしょうね。

 それにしても今時「白タク」ってあるんですね。10年前ぐらいは、(もちろん合法的な)タクシーの供給数が多くなって、タクシー運転手の給与が低いことが社会問題になっていました。現在はどうなっているかまでは追えていませんが、あんまり変わっていない気がします。リスクを負う白タクが儲かる環境下とは思えません。ただ北新地のようなタクシーを平気で乗る人が沢山いるところだと、別なのでしょうか。

 ちなみに北新地の寿司屋に1回だけ僕は連れて行ってもらったことがあります。やはり場所柄、煌びやかな服を着た女性とお金を持っていそうな男性の2人組を見ることができました。同伴ってやつですね。そういえば、最近そういった人達をあまり見ていない気がします。たまにはお金持ちなる層を見て見るのも勉強です。春休みなので、昼間六本木に散歩でもしてきて、お金持ちウオッチングでもしてきますかね。

三代目らーめん処「まるは」極KIWAMI 船橋店

 千葉モノレールに乗った帰りには、京成の船橋駅で降りて、三代目らーめん処「まるは」極KIWAMI 船橋店に行ってきました。千葉県に住むラーメン好きのクラスメートからの紹介です。春休みにしかできないことですね。食べたのは鶏白湯らーめんです。予想より、かなり美味しかったです。ほうれん草が苦くなく、パクパク食べられたのがまず驚きでした。麺は僕好みの固めで、ちぢれ麺でした。スープが特徴的で、鶏からとっていて、トンコツスープとは違った味わいでした。それいで適度にコクがあり、これは確かにクラスメートが薦めてくるだけあるなと思いました。

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*チャーシューとあと刻んでいる玉ねぎもよかったです

 ただ量は少し物足りないかなーという具合です。平日の夜はあまり量を食べないようにしているので、ちょうどよかったですが。がっつり食いたい時は、大盛にする必要がありますね。唐揚げとか、餃子もあったので、それも食べさせようという狙いなんでしょう。ともかく寒い日だったこともあり、食べている時は、幸せな瞬間でした。

千葉モノレール

 今日は日雇いバイト(外の作業だったのですが、寒くて大変でした)が千葉であり、早めに終わったこともあり、せっかくなので千葉モノレールを乗りに、JRの千葉駅まで行きました。

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写真はすいません。懸垂型というモノレールです。浮いている感じで、初め乗ったときは怖かったですね。すぐ慣れますが。


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 行きはこの車両でした。


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 戻りはこの車両でした。

 時間がなく、寒くてお腹も空いていたこともあり、あまり乗車を楽しむ感じにはなれませんでした。でもやはり体験することで、得たものは色々あったと思います。

2年生

 今日は学校の進級結果が出て、進級できることとなりました。テスト結果から行けるとは思っていましたが、正式に学校から認められて、ようやくホッとした感じです。油断せずに、春休みは勉強や検査の練習をして、2年生の活動に備えたいです。学校が始まるのは3月28日からなので、何気にもうすぐです。諦めずににやっていくのみです。

自分は焼き鳥・やきとんのお店ですね

 最近、お笑い芸人の玉袋筋太郎さんの本や雑誌でスナックについて知る機会がありました。「スナックって。面白そう」と思って読んだ訳ですが、詳しく知ると、「スナックは別にいいかな…」と一転して関心がなくなりました。まず常連客の存在があるんですね。親しくなれない可能性もあるし、親しくなったらそれはまた人間関係ができる訳でそれは正直面倒です。僕はお酒の席では、既存の人間関係を深める場で収めたくて、新規の人間関係を構築することまで望んでいません。

 そしてお酒の種類が豊富にある訳でもないし、料理が揃っていなかったりします。飲み放題でも、種類は限られているし、結局数千円はかかります。あと僕はカラオケも苦手なので、スナックは到底無理な気がしました。

 僕はやはり安くて、でもお酒は酒類があって、そして料理が美味しいお店が良いですね。あとお腹が膨れることも重要です。そうなるとやはり僕の場合、焼き鳥・やきとんのお店になります。チェーン店居酒屋の料理より、焼き鳥・やきとんに特化している分、美味しいですし、お腹も膨れます。それでいてお酒の種類が豊富です。この前行ったやきとんのお店でも、日本酒や焼酎など色々ある中から選ぶことができました。焼肉食べ放題のように、時間制限でもないので、ゆっくり話すこともできますし。

 最近スペインバルや和ダイニングなんかにも行ってみたいなーとか思いますけど、たぶん高いんでしょうね。自分の行きたい納得するところに行くのが一番良いのかなと今は思っています。また誰かとやきとんのお店に行ってみたいです。

ヤクザ組織は風俗業に足跡を残す

 年々ヤクザ組織は表社会から存在感を消し、裏社会に潜る傾向が強まっています。背景には、警察当局の厳しい取締り、社会全体によるヤクザ組織排除の動きがあります。ヤクザ組織の実態をつかみにくくなっています。しかしヤクザ組織が裏社会に深く潜っても、必ず足跡を残す領域があります。街の繁華街です。風俗店が多数ある、つまり猥雑な繁華街をヤクザ組織は特に好みます。郊外の大きな都市でも、健全な要素が強く風俗店がない繁華街はヤクザ組織に好まれません。小さい都市でも、風俗サービスがある温泉街をヤクザ組織は好みます。つまり繁華街の規模ではなく、繁華街の構成要素によって、ヤクザ組織は活動範囲を決めています。風俗業はヤクザ組織と親和性の高いビジネスです。風俗業が事業の性格上、違法領域に極めて近いことが大きな要因です。売春行為という違法サービス、従業員の確保困難による未成年や不法滞在外国人の雇用という違法行為など、常に警察当局の摘発リスクに面しているのが風俗業です。加えて、風俗業は客と身体を密に接するサービスの為、客とのトラブルが必至です。穏便に客側に引いてもらう「装置」が必要になります。ヤクザ組織が付け入る余地が風俗業にあったのです。長年ヤクザ組織が「警察の代わり」として風俗業のトラブル処理を担ってきました。代償としてミカジメ料という形で、風俗店は毎月金銭をヤクザ組織に支払ってきました。一般的な風俗店の場合、月に数万~10万円、存在自体が違法である無許可店は月に数十万円のミカジメ料をヤクザ組織に払っています。風俗店・風俗サービスがある地域には、何らかの形でヤクザ組織が活動しています。風俗業の生息範囲とヤクザ組織の活動範囲はほぼ重なるのです。裏に潜りつつあるヤクザ組織ですが、今後も風俗業のある所には足跡を残し続けるでしょう。
*今回記事を作成するにあたり『ヤクザ1000人に会いました!』(鈴木智彦、2012年、宝島SUGOI文庫)、『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(鈴木智彦、2011年、文春新書)、『週刊実話』2015年10月22日号「風俗新潮流 大阪・飛田新地」(慶封水著)の情報を参考にさせて頂きました。

 戦後の日本の風俗史を語る上で、重要な年が1958年です。売春防止法が施行された年です。1958年前までは、日本において売春は半ば合法的な立場を得ていました。1947年GHQの指示により、戦前からあった公娼制度は廃止されます。戦前の日本において、売春業は合法的な事業として認められていました。GHQの指示により公娼制度は表面上廃止されたものの、売春街は「赤線」と名前を変えるだけで、1958年まで売春業は実質残り続けたのです。しかし1958年施行の売春防止法には強い拘束力があり、全国の赤線は消滅の道を辿ります。売春業は「風俗業」に転換していきます。風俗街として残り続けている旧赤線地帯もあります。代表的なのが大阪の飛田新地です。大阪市西成区にある飛田新地の場合、ただの風俗サービスではなく、実質売春行為が行われています。飛田新地において実質売春行為を事業として行っている主体は料亭で、客相手にサービスを行うのは料亭の仲居です。つまり客と仲居が料亭内で自由恋愛に至り、行き過ぎた結果、性行為が行われただけで、売春行為自体を提供してないという見解を飛田新地の料亭側は主張しています。同じく実質売春行為が行われているソープ店も「自由恋愛」という言葉を駆使しており、「自由恋愛」は風俗業界のマジックワードと言えます。さて強引な解釈ですが、なぜか飛田新地の存在は行政に認められてきました。飛田新地におけるサービスは特殊です。『週刊実話』2015年10月22日号「風俗新潮流 大阪・飛田新地」によれば、著者の慶封水は「飛田の値段は決して安くはない。税込で15分1万1000円、20分1万6000円、30分2万1000円が一律の料金だ」(p71)と述べています。長くても30分という「プレイ時間の短さ」が飛田新地の特徴です。飛田新地の「短時間の売春行為サービス」は、俗に言う「ちょんの間」という形態です。関東でも、昔横浜の黄金町が大きなちょんの間街として有名でした(2004年の浄化作戦で現在は消滅しています)。

 先の慶封水の記事で、雰囲気を感じることができます。慶封水は「とびっきりの美女に淡い恋心を抱いて料亭へ。玄関で靴を脱ぐと、手を握られながら2階へと飛田嬢が案内する。6畳ほどの畳部屋に布団が一組。アニメ絵柄のブランケットが印象的な部屋で時間を決定。料金を支払うと、いったん飛田嬢は1階に下りて、今度はお茶を持って現れた」(p71)と述べています。その後は、即売春行為のサービスが提供されます。長くても30分で済ます為に、リップサービスなどの余計な性サービスはありません。飛田新地はヤクザ組織との関与は薄いとされています。飛田新地がある大阪市西成区は、ヤクザ組織が多く集まっている地域です。ドヤ街である西成区は、ホームレス界の序列が存在するほど、ホームレスが多く集まっています。異様な様相を呈する街です。一般人が近寄りがたく、一般社会と距離の遠い人達が集まる場所では、1つ1つの違法行為の存在は極めて薄くなります。違法行為が日常化しており、裏稼業人にとって活動しやすい土地なのです。覚せい剤や麻薬の販売、違法品の販売、ノミ屋の営業などが、多数行われています。『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(鈴木智彦、2011年、文春新書)によれば、「これだけの暴力団過密地帯なのに、飛田を直接シノギにしている暴力団がいない。あちこち訊いてみたが、それらしい事実は見当たらない。みかじめ料も一切払っていないようだ。腑に落ちない話だ」(p224)と述べられています。今なお飛田新地の存在が許されているのに加えて、ヤクザ組織との関与の薄さは、飛田新地の不可思議さを一層増します。

山口組側の切り崩しのキーマン

 山口組と神戸山口組の対立が熱を帯びてきています。2月15日東京・歌舞伎町にて両勢力の小競り合い、23日神戸山口組2次団体・正木組事務所への発砲、27日神奈川県厚木市の山口組3次団体事務所へのトラック特攻、同日埼玉県八潮市にある神戸山口組3次団体組長宅への発砲等、ここに来て両団体の抗争事件が多発しています。昨年も両団体の抗争事件は起きていましたが、小競り合いの域を出ていませんでした。2月後半に起きた正木組事務所と神戸山口組傘下組長宅への発砲は、山口組側が拳銃を抗争に用いてきたことを意味しています。一方、神戸山口組側はトラック特攻や火炎瓶の投げ込みの手段を用いていますが、現在拳銃の使用には至っていません。ともかく抗争の内容が激しさを増しています。
*今回記事を作成するにあたり『六代目山口組10年史』(2015年、メディアックス)、『山口組の100年 完全データBOOK』(2014年、メディアックス)の情報を参考にさせて頂きました。

 ヤクザ組織間抗争における伝統的な攻撃手段として、敵対組織の幹部銃殺があります。銃殺を繰り返すことで、敵対組織に強い恐怖心を植え付けさせ、戦意を喪失させます。抗争を有利な形で終結させる狙いの下、実行されます。日本という法治国家内で許されない行為であり、銃殺を実行したヤクザ組織は国家から制裁を科されてきました。制裁の具体的な内容が、実行犯及び現場指揮官役の組員の長期服役でした。ヤクザ組織は長期服役する組員に対して、服役中及び出所後手厚い経済的援助及び昇格人事によって報いてきました。「組員の中から長期服役者を出せる数」の多寡によって、勝敗が決まってしまう面がヤクザ組織間抗争にはあったのです。「組員の中から長期服役者を出せる数」とは、突き詰めれば、資金力と組織内統制力です。山口組は資金力と組織内統制力の2つに長けていたからこそ、抗争に強かったのです。また抗争に強かった為、日本のヤクザ社会の最大勢力となったのです。

 しかし現在、抗争において敵対組織の人間を銃殺した場合、実行犯及び現場指揮官役の組員の長期服役だけでは済まなくなっています。2008年3月、山口組2次団体・小西一家と住吉会傘下団体との間で抗争が起きます。抗争で小西一家側は住吉会の幹部1名を銃殺しました。小西一家のトップである落合勇治が、組織的犯罪処罰法違反及び銃刀法違反の疑いで逮捕されます。2013年7月さいたま地裁で落合勇治に無期懲役、罰金3000万円の判決が下されました。落合勇治は東京高裁に控訴します。そして昨月の2月1日、東京高裁は落合勇治の控訴を棄却し、さいたま地裁が出した無期懲役、罰金3000万円の判決を支持しました。この近年の判例から、ヤクザ組織間抗争において敵対組織の人間を殺害した場合、日本の司法は「殺害実行側の2次団体トップを無期懲役相当の刑」にできることが明らかになりました。つまり山口組と神戸山口組の抗争でも、死者が出た場合、殺害実行側の2次団体トップは長期刑に服する可能性が高いのです。拡大解釈されて、1次団体トップにまで長期刑が問われてくる可能性もあります。山口組と神戸山口組ともに、相手幹部を銃殺するという選択肢をとりにくい状況下にあります。

 今後抗争の様相が激しくなるものの、銃殺という手段が頻繁に用いられることはないでしょう。勝敗においては、切り崩しが鍵を握ってきます。切り崩しの戦いにおいては、現在神戸山口組に軍配が上がります。近日も山口組3次団体・木村會が神戸山口組側に移籍しました。愛媛県松山市に拠点を置く木村會は2015年までは山口組2次団体でした。先代会長の木村阪喜の引退に伴い、同年から山口組2次団体・大同会の傘下に入っていました。山口組においてトップが引退した2次団体によっては、「主要2次団体の傘下入り」する場合があります。後に「2次団体に再昇格」という経路を辿ることもありますが、再昇格に至らない場合もあります。歴史を遡れば、木村會は元々神戸山口組の中核組織・山健組の傘下団体で、2005年内部昇格の形で山口組2次団体になっています。神戸山口組とは結び付きがあったのです。昨年以降、山口組から神戸山口組に移籍する勢力は相次ぐものの、山口組への出戻り勢力の話は表に出てきません。現在の山口組執行部への不満、高額な上納金、そして神戸山口組側の切り崩しの上手さが背景にあります。

 山口組側にも切り崩しの仕事に適任と思われる人物がいます。山口組ナンバー3の地位にいる橋本弘文統括委員長です。2月19日橋本弘文は電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで大阪府警に逮捕されました。自動車登録時における使用者の偽りの疑いである為、社会不在が長くなることはないと思われます。橋本弘文は長らく山健組若頭を務めていた経歴を持っています。1989年山健組組長の渡辺芳則が山口組組長に就任します。それに伴い山健組の人事も改められました。若頭を務めていた桑田兼吉が山健組の新しい組長に就任、後任若頭に就任したのが橋本弘文でした。1次団体トップの出身母体ゆえに、渡辺芳則組長体制時(1989~2005年)、山健組は勢力を拡大します。橋本弘文は2003年まで山健組若頭を務めていました。若頭は組織内ナンバー2の役職です。ヤクザ組織において組織内トップは組織内の実務を行わず象徴的に君臨するのが役割となっています。「親分子分」という垂直的関係に基づく考えにより、組織運営という厄介事は「子分」達の仕事であるとヤクザ社会では決められています。子分の長男格である若頭が「実務者のトップ」として組織を動かしていきます。つまり橋本弘文は山健組全盛期の「実務者のトップ」だったのです。若頭として長年組織内調整の仕事をしていた為、山健組内の人間関係に熟知しています。「誰と誰が仲が悪い」「現在の人事体制に不満を持っている人は誰か」などの事は当然分かるはずです。もちろん橋本弘文自身が率いる極心連合会が2次団体に昇格するのに伴い、山健組を脱退した2005年から長い時が経ていますので、事情が多少変わっているでしょう。とはいえ現在の山口組内において橋本弘文以上に、山健組に精通した人物はいません。切り崩し以外にも、平和的解決の動きにもキーマンとなる人物といえます。
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