今年の振り返り

 明日朝に京都に帰省します。よって今回が今年最後の記事になります。皆さん、今年もありがとうございました。どんな方がこのブログを見ていらっしゃるのか、全く分からないのですが、もし見てくれているかもしれない人の為に、何か面白さを提供できたのなら、良かったなと思います。個人的な趣向に偏っているブログなので、「特定の誰かの為に」と意識して書いている訳ではありません。独りよがりのブログだと言われれば、否定はできません。でもどこかで僕自身「知らないし、会ったこともない人でも。もし読んでくれたのなら、楽しんでもらいたい」と思って書いてきました。来年も頑張ってやっていきます。

 今年は変化の激しい年でした。再就職活動が全く上手くいかず、苦しみました。一旦ある会社に入るものの、社風にあわず物凄く短期間で辞めることにしました。自発的な意思で決断したことなので、短期間で辞めたことに関しては後悔はしていません。しかし再就職活動期間も含めて今年の4月までは、自分に対する世間の評価の低さに、精神的に少しまいる時もありました。といっても「再就職活動をしている自分」に対する評価が低かっただけなので、内心は「見てろよ」という気持ちは保っていました。でも孤独だったりと、やっぱり辛かったですかね。

 行き詰ってどうしようもなく、役所の方にも相談にのってもらっていました。役所の方の温かい励ましは、今も忘れません。そんな中、3月の下旬に親から電話があり、専門学校に行くことを薦められました。僕は20代の頃、大学を卒業して約2年間フリーターの生活をしていました。内訳は、日雇いアルバイトをしたり、正社員だったり、派遣社員だったり、ハロワークの研修を受けたり、編集アルバイトをしたりとしていました。落ち着かない中、親から「言語聴覚士」というリハビリ職の仕事を薦められました。しかし2年間、専門学校に通い、資格をとることが前提でした。今思えば有難い申し出だったのですが、当時大学を出たばかりで、勉強漬けになることや金銭的に窮屈な思いをするのが嫌で断っていました。民間企業で、楽しい仕事をして、お金を稼げると思っていました。

 その後計画性もないまま長く勤めた会社を辞めて、再就職活動で混迷している中。約7年ぶりに言語聴覚士の道を再び薦められました。「30過ぎて、20代の子達と一緒に勉強するのは無理」と思い、一旦は「その選択肢はない」と電話で断りましたが。その後、しばらくして、再就職活動で考え続けた今後のキャリアの過ごし方と言語聴覚士の道が、結構似通っていることに気づきました。また再就職活動期間が半年を過ぎていて、このまま無駄に日々を過ごすに対しての不安もありましたので、専門学校で過ごすタイトな期間の方が幾分ましに見えたのです。その後、すぐに親に連絡して、「言語聴覚士の道に進む」と告げました。翌日から専門学校探しです。

 入学の4月に迫ろうとしていた時期なので、入学試験日が終わっていた学校ばかりでした。でもそこはダメもとで電話すると、「OKですよ。来てください」という返事がありました。この辺の過程も色々あって、いつか書ける時あれば書きたいのですが。ともかく今の専門学校に説明を聞きにいって、時期が時期ということだったので、その日に面接そして書類書きをして、その日に合格通知ももらい入学に辿りつくことができました。自分なりにちゃんと対応したのもよかったのかなと思います。入学してからは、慣れぬ医療系の勉強、そしてクラスという中での人間関係の構築、そして諸々。また勉強していくうちに「言語聴覚士の仕事って。思っていたのと違うな」ということもありました。

 しかし必死に勉強して、クラスメートとコミュニケーションをしっかりとって、矢面に立つところは立ってやってきました。言語聴覚士という仕事に対しても、しっかりと考えて自分の中で消化して、今は前向きにこの仕事に就きたいと思えるようになりました(時間が解決してくれる部分があるので、専門学校は良いなと思います)。とはいえ、専門学校の過程はまだ続いていて、1月のテスト結果次第で、進級が決まります。それでまず半分の過程が終わったことになります。2年生はもっと大変です。病院等での実習(評価されます)、当然2年生の授業、そして資格試験、就職活動とあり、大変です。でも良い言語聴覚士になるべく、諦めずにやっていきます。

 今年1年自分なりには、とりあえず何とか生き延びたという感じです。もちろん反省点も沢山あります。来年は落ち着くのではなく、今年の劇的な時生き延びた感覚を忘れずに、やっていきたいです。固い信念で。では皆さん、良いお年を。
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ホテルのバイキングに行きたい

 1月の怒涛のテストやグループワークを無事に終えることができたなら、つまりほぼ進級を確定できたなら、ご褒美ではないですが、何かの食べ放題に行って、たらふくと食べてみたいです。最近、ブログを結構投稿していますが、合間にはちゃんと勉強しています。いや、ブログが合間ですね。結局、年末年始の休みなのですが、これから課題が待ち構えていると考えているとなると、ゆっくり休む気持ちになれません。時間があって、ダラリとしそうかなと思いきや、自然と体が勉強の方向に行ってしまいます。

 でも、授業がない分、やはり楽で、この冬休みで疲労はとれたなと思います。勉強も落ち着いて取り組めていますし。ともかく2月中旬には、食べ放題系に行けたらなーと思います。できれば少し贅沢に、ホテルのレストランのバイキングとか、スイーツバイキングとか狙っています。それも学生の特権をいかし、平日に。学校の食事行くグループに提案してみようと思います。却下なら、1人でも行ってみようかなと思います。ともかく、たらふく何かを食べたいです。

チリ産ワインのアルパカ美味しいです

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 チリ産ワインのアルパカ、飲んでみたのですが美味しかったです。コンビニで700円前後で買えました。価格の安さの割に美味しいというのが、僕にとって大変嬉しいです。ワイン好きだけど、普段贅沢できないご家族をお持ちのお父さんやお母さんにとっても、良いワインと思いますよ(別に好感度を上げる為に言った訳ではない)。実際アルパカはここ最近売上が伸びているワインです。インターネットで検索したら、アサヒが今扱っているんですね。アサヒの巨大な流通網にのっかれば、様々な所で売られ、自ずと売上は伸びていきます。もちろんアサヒに採用されたということは、アルパカには元々商品力があったということです。
 
 個人的にはワインはビールなどの炭酸系と前後して飲むと、気分が悪くなってしまいますが、ワインだけゆっくり飲めば、悪い酔い方はしません。でも開封後の賞味期限が短いので、ワインはどうしても日常的に飲むとなると高くついてしまいます。普段は飲めないのですが、それでもたまには飲みたい気分になります。なので安くて美味しいワインは助かります。アルパカ以外にもあれば、飲んでみたいものです。

“エアー”ウルフギャング・ステーキハウスでの食事

 ウルフギャング・ステーキハウスという高級ステーキ店が六本木、丸の内、大阪にあります。アメリカのお店で、非常にお値段が高いです。六本木店のグランドメニュー(もちろんウルフギャング・ステーキハウスのサイトから)によれば、「プライムステーキ2名様用 16,000円」「プライムフィレミニオン 9,000円」など、なんだか全然僕のいる世界と違います。他にも「鮪のグリル 4,500円」「マッシュポテト 1,200円」「本日のスープ 1,300円」という強めの価格設定です。またドレスコードもあります。「スマートカジュアル」でいかないといけません。「スマートカジュアル」の定義がよう分からんのですが、まあ「カジュアル過ぎないカジュアル」(これもよう分からん気がしますね)って感じなんですか?ようは綺麗なカッコした金持ち男女が行くお店ってことですね。

 でもウルフギャング・ステーキハウスのステーキは一度食べてみたいです。またデートとかじゃなくても、良いので、高級店で時間を過ごしてみたいです。その為には、お金がないとですね…。なので、考えました。「“エアー”ウルフギャング・ステーキハウスでの食事」をやればいいことに。そう学校のクラスメートを誘い、学校のラウンジで「“エアー”ウルフギャング・ステーキハウスでの食事」をするのです。ウェイター役を一人決めて、残りは客役です。シーンは「メニュー選び」「食事」です。「メニュー選び」では、「うーん。●●は高いけど、せっかくだから●●にします」や「△△って、どんな料理ですか?」とのやり取りをします。このシーンに臨むにあたって、ウルフギャング・ステーキハウスのサイトで予習をしておくことは必須です。また「食事」シーンでは、高級ステーキやワインはもちろんエアーで、美味しく飲食します。肉を噛む動作を口で行いながら、「うわー。こんなの。食べたことなーい」「ワイン美味しい!」などのセリフを言ってみます。

 それでも楽しいはずです(強がりじゃないですよ)。

岸井成格批判騒動におけるTBS社長の果たす役割

 TBS系報道番組「NEWS23」のアンカーを務める岸井成格が、11月に掲載された新聞の意見広告を契機に、一部から批判を浴びています。番組からの降板も噂される事態になっています。11月に産経新聞と読売新聞に該当の意見広告を出したのは「放送法遵守を求める視聴者の会」という団体です。9月16日の番組内で安保法案を巡り岸井成格が発言した内容が放送法違反であるという趣旨を意見広告において主張しています。「放送法遵守を求める視聴者の会」のサイトを覗くと、賛同者には所謂保守・右翼系著名人の名前がありました。「NEWS23」は安倍政権に批判的な報道姿勢をとっています。保守・右翼系の人達からは快く思われない番組です。「NEWS23」を敵視する土壌が背景にあって、今回の岸井成格批判騒動は起きています。
*今回記事を作成するにあたり『黒幕』(伊藤博敏、2014年、小学館)、『FACTA』2015年5月号「武田TBS社長と「羊たちの沈黙」」の情報を参考にさせて頂きました。

 降板決定の情報も一部のメディアからすでに出ています。番組人事は最終的に放送局上層部の意向によって左右されます。TBS社長の武田信二は、毎日新聞の記者を経て、TBSの記者に転職してきたキャリアを持ちます。傍ら、2013年廃刊した情報誌『現代産業情報』の発行に長年携わっていました。2013年4月病気により死去した『現代産業情報』発行人・石原俊介は多方面に人脈を持っていました。広域ヤクザ組織の住吉会、右翼団体ともパイプがありました。住吉会前会長の福田晴瞭(住吉一家七代目総長)をはじめ、住吉会の幹部級とは強いつながりを有していました。日本最大の右翼団体である日本青年社の幹部とも関わりがありました。日本青年社は1969年、住吉会の有力2次団体・小林会の初代会長・小林楠扶が立ち上げた団体です。住吉会と深いつながりがある為、日本青年社は任侠右翼団体に分類されています。住吉会前会長の福田晴瞭は小林会を出身母体としています。とはいえ石原俊介は元共産党員だったこともあり、左翼方面にも人脈を持ち、バランス感覚に秀でていました。2000年雑誌『噂の真相』(現在は休刊)が出した皇室関係の記事を巡り、『噂の真相』は日本青年社から激しい攻撃を受けます。『噂の真相』の姿勢に日頃から共感していた石原俊介は、両者の間に入り、事態を収拾しました。右翼団体からの攻撃を穏便に収められる人物は昔も今もマスコミの世界に多くはいません。TBS社長の武田信二は一時期「石原俊介の右腕」としてのポジションを『現代産業情報』内で得ていました。人脈の数、人脈先への影響力などは、石原俊介には到底及ばないものの、武田信二は『現代産業情報』で培った人脈を未だに有しているはずです。暴力団排除の動きが激しい昨今、住吉会や任侠右翼団体の人物と直接会うことはできません。けれども仲介者を立てるなど何らかの形で「意思疎通」を図れるはずです。また任侠右翼団体以外にも、他の右翼団体とのパイプもあるはずです。ともかく武田信二は右翼の世界にアプローチできる人物なのです。

 報道機関のトップとして、外部からの力に屈する形で、番組人事に手を加えることは避けたいです。特にジャーナリスト出身の武田信二にとって、その想いは強いはずです。この件で武田信二は何らかの動きをするはずです。もちろん武田信二の果たす役割だけで、岸井成格批判騒動の行方は左右されません。多くの要因も複雑に絡んできます。しかし武田信二の果たす役割は、岸井成格批判騒動を収めるにあたって、大きな変数であることは確かです。裏返せば、岸井成格批判騒動の決着の仕方から、武田信二の「報道機関のトップ」としての力量が少し垣間見えるかもしれません。

はあちゅう良いです

 無事に今年の学校生活を終えられたということで、ご褒美で買った書籍が『かわいくおごられて気持ちよくおごる方法』(はあちゅう、2015年、幻冬舎)です。内容は、恋愛指南本やデート時の食事指南本の意味合いが強いです。もちろん現在の若者達に蔓延し混迷に陥らせている恋愛至上主義を打破すべく日夜活動している僕にとって、内容は一切興味ありません(でも思わず、面白く読めてしまいました。途中から「大人のコミュニケーション指南本」だと勝手に解釈して、熱心に読ませて頂きましたよ)。著者のはあちゅうに興味があり、彼女の最新作ということで、手にとった次第です。

 はあちゅう1986年生まれの女性で、ブロガー・作家であります。はあちゅうは何かの専門家ではないですが、切り口が独特で、文章が上手いです。内容はライトですが、読み物として単純に面白いです。確かに学問的業績とは程遠い書き手なので、将来読み継がれる本は今の所はありません。しかし今生きる人々を楽しませるという、なんというか芸人的要素のある実力のある書き手を僕は尊敬します。歴史に残らなくても、瞬間爆発的に楽しませるのも、素晴らしいことですから。瞬間爆発的に楽しませるのも、非常に難しいです。はあちゅうはそれができているから、良いです。

 『かわいくおごられて気持ちよくおごる方法』(はあちゅう、2015年、幻冬舎)の中で、僕が気に入った言葉があります。

 「女子がサインを出している時は、男性はそれを敏感に受け止めて、リスクを負ってほしいですよね。断られた場合のかっこ悪さも引き受けてこそ、男だと思うんです」(p71)と述べている言葉です。
 
 別に恋愛どうこうではなく、「断られた場合のかっこ悪さも引き受けて」の部分がどの場面でも言えるのではないかと思ったのです。はあちゅう、男前です。カッコいいです。僕も、断られてもかっこ悪さを引き受けられる男になるぞ(←来年の目標です)!!

スペアリブは美味しかった

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 普段食べない「肉の味の領域」(変な表現ですが)でした。確か千円前後の価格でした。その分、量は物足りなかったですね。まあその時の食事で、スペアリブしか食べてなかったので、物足りなさを感じたに過ぎないのですが。ただレンジで少し温め過ぎてしまい、少しパサつき感(乾燥)があったのは、自分に残念です。「個人的なクリスマスの肉」といえば、鶏肉ではなく、スペアリブになりつつあります。ただスペアリブって、食べる機会がないですよね。外食とかでも、やっている店少ないですし。一回たらふく食べてみたいです。

原著論文を読めた

 今日の午後は年明けのグループワークに向けて原著論文を読んでいました。原著論文なので、全然読む気がしなかったのですが、早めに取り組まねばということで、昼飯を食べ終わったら気合いを入れて読み始めました。驚いたことに、意外とすんなりと読めました。後期も一生懸命に勉強してきたことで、自分の中で力が蓄えられていることを実感しました。今勉強している医療系・リハビリ系の内容はとても難しいです。しかし難しい分、得る物が大きいかもしれないと最近思っています。でも油断せずに、今後も一生懸命勉強に励むのみです。

2月のクラスメートとの食事の為に、頑張るぞ!!

 昨日まで学校に行って勉強してきました。さすがに、人が少なかったですけど。でも奇跡的に、親しい人達と遭遇して、「良いお年を~」という挨拶ができてよかったです。学校に行けば、とりあえず何かがあります。それでこれからは、年末年始は実家の京都に帰る予定なのですが。帰省する日までは、1~2日間ほど日雇いアルバイトに入りたかったのですが、派遣会社から来るお仕事紹介メールに年末の仕事が全くありません。年明けの仕事が多く、年末の仕事はあまり扱っていないようです。目論見が崩れた格好です。まあ、仕方がありません。ただ思いのほか、勉強する量が多いので、ここは切り替えて勉強に時間をあてていこうと思います。今日ぐらいは休みますが。あと、お寿司が今食べたいですね~。でも今どこいっても混んでそうなので、年末年始に行くのはやめます。2月ぐらいにテストが終わり、時間的にも、気持ち的にも余裕ができるので、その時に行こうかなと思います。あと、昨日挨拶したクラスメートが「2月になったら。またご飯行きましょう!!」と言ってくれました。嬉しかったです。その為にも、自分も仲間もテストに落ちて進級できない事態は避けなければなりません(僕の専門学校は、簡単に進級できません)。ともかく今は、勉強に集中して取り組むのみです。

山口組トップが「足を運ぶ」という意味の大きさ

 先週発売の週刊実話2016年1月7・14日号に、「司六代目が緊急上京!極秘に行われた稲川会清田会長との「会食」」という題の記事が掲載されました。ヤクザ組織のニュースを得意とする実話系週刊誌として現在、週刊大衆(双葉社)、週刊アサヒ芸能(徳間書店)、週刊実話(日本ジャーナル出版)の3誌があります。8月末の山口組分裂騒動後の3誌を比較すると、週刊実話が内容、速報性ともに突出しております。週刊大衆の発売日は毎週月曜日、週刊アサヒ芸能は毎週火曜日、週刊実話は毎週木曜日です。突発的な事件性の出来事(ex、ヤクザ組織絡みの発砲事件)を除いて、現在ヤクザ情勢の新しい動きは、最初に週刊実話の記事で明らかになることが多いです。そして次週の月曜日と火曜日に、週刊大衆と週刊アサヒ芸能が後追いの形で記事を掲載します。ヤクザ組織の活動情報を速く、そして正確性が担保された上で知りたい場合、現在週刊実話が最適の媒体と言えます。もちろんヤクザ組織絡みの発砲事件や傷害事件は、TVや新聞が真っ先に報じます。しかしヤクザ組織内の人事、組織間の交友情報などは、TVや新聞は扱いません。
*今回記事を作成するにあたり『週刊実話』2016年1月7・14日号、『山口組の100年 完全データBOOK』(2014年、メディアックス)の情報を参考にさせて頂きました。

 ヤクザ情勢の速報を知る上で注目を浴びる週刊実話に今回、山口組と稲川会のトップ会談が報じられました。週刊実話の記事によれば、会談が行われたのは12月17日、場所は東京の品川駅から車で10分ほどのところにある飲食店です。司忍は当日の新幹線で品川駅に行きました。山口組側の主な出席者は六代目組長の司忍、そして竹内照明若頭補佐(弘道会会長)や藤井英治若頭補佐(國粹会会長)、高木康男(清水一家総長)も加わっていたと推測されています。稲川会側の主な出席者は清田次郎会長と内堀和也理事長等です。今回のトップ会談には、今までにない変化がありました。山口組トップが稲川会側の東京に足を運んだということです。山口組は現在も、日本最大の勢力を有するヤクザ組織です。分裂前には一層、ヤクザ社会の中で、山口組の組織の大きさが群を抜いていました。六代目体制が開始した2005年以降、公式上のトップ会談において、山口組トップの司忍が相手側の地に出向くことは基本的にありませんでした。常に、相手側のヤクザ組織が山口組の本拠地である神戸に出向く形で、トップ会談が実施されてきました。いわば、ヤクザ組織間の力関係がトップ会談のあり方を反映していました。つまり「公式会談において山口組トップが稲川会側の東京を訪れる」という行為は、分裂前では起こり得ないことだったのです。また会談時間は約2時間でした。ヤクザ組織の公式トップ級会談は数十分で終わることが多いです。会食だったことを差し引く必要がありますが、長い会談時間だったことが分かります。会食直後、司忍は品川駅から異新幹線に乗り、自宅のある名古屋に戻っています。会談の本気度も司忍の日帰り行動から分かります。異例の事態が意味することは、恐らくとても大きいはずです。

 稲川会は1972年から山口組と同盟関係を結んでいます。山口組分裂騒動後、稲川会は一貫して山口組側を支持しています。分裂後、稲川会トップの清田次郎が神戸の山口組総本部に足を運び、また稲川会ナンバー2の内堀和也が名古屋の弘道会の会合に参会するなど、頻繁に山口組と稲川会のトップ級会談は行われてきました。両組織間のトップを含めた幹部同士の連絡は緊密になっている中で、異例の行動が今回起きた訳です。分裂騒動から山口組と稲川会の間で交わしてきた文脈から、山口組側が逸脱する提案をしたという筋は考えられないでしょうか。その代償が「山口組トップが足を運ぶ」ということです。山口組には今焦りがあります。分裂後、山口組の複数の2次団体及び3次団体が神戸山口組に流出する一方、神戸山口組から山口組に出戻る2次団体が皆無という事態に直面しているからです。分裂後以降に限れば、神戸山口組は拡大し、山口組は縮小しています。

 現在の山口組の中核組織である弘道会は本格的な武力抗争を得意とします。2003年、弘道会は住吉会の有力2次団体・親和会と抗争に至ります。北関東抗争です。人身を狙う射撃、ターゲット捕捉の早さなど、突出した戦闘手段を弘道会は繰り出し、ヤクザ社会を震撼させました。しかし現在、ヤクザ組織間の抗争に対して法律の締め付けは非常に厳しくなっています。弘道会つまり山口組側は戦闘手段を保持するものの、行使できないというジレンマに陥っています。山口組がとれる選択肢としては、外交があります。2005年8月27日、山口組総本部で行われた代目継承式で、司忍は正式に山口組六代目組長に就任しました。そして翌月の9月、首都圏に地盤を置く独立団体・國粹会が山口組の傘下に入ります。國粹会の山口組入りは、山口組の本格的な東京進出を意味しました。そして現在、山口組は東京において大きな影響力を及ぼすようになっています。「國粹会の山口組入り」は、山口組新体制の執行部の威光を植え付けるのに、これ以上ない話でした。山口組新体制の執行部が、代目継承式直後という絶妙な時期に「國粹会の山口組入り」を設定したのは想像に難くありません。現在の山口組は外交も得意としています。

 今回の山口組と稲川会のトップ会談から考えられる話をしてみます。事実情報は全くなく、推測の域を出ませんが、例えば山口組と稲川会による何らかの組織再編です。とはいえ、稲川会の支援に対する返礼として、司忍が上京した可能性も充分にありえます。ともあれ異例の会談で話し合われた内容は、今後の両団体の動向によって明らかにされることでしょう。

グラビアアイドルの佐々木麻衣さん

 グラビアアイドルの佐々木麻衣さん。「イイなー」と思うのですが、最近知って驚いたことがあります。彼女、新橋のカレー屋さんでアルバイトしているとのことです。この情報はマスコミで公表されています。佐々木麻衣さんは結構お綺麗です。雰囲気的には、グラビアアイドルとしてガンガンに活躍していたころの熊田曜子さんに似ていますかね。キツメな感じと言いますか。あと、女優の瀧本美織さんをキツクした感じです。でもそんな人でもアルバイトするんですね。このご時世。

もしかしたら何か裏があるのかもしれません。例えば、TV番組の企画とか。本人曰く「カレーが好きすぎて」とのことですが。あと彼女27歳なんですよね。それも驚きです。でも歳が近いとなんだか親近感がわきます。ともかく佐々木麻衣さんは個人的に要注目です。

サウナに行きたい

 やはり今年は暖冬ですね。でも寒いことには変わらないので、サウナ行きたいなーと時に思うことが多くなっています。サウナ自体が直接体に良い影響を与えることはなく、気分がスッキリするだけとのことですが。でもあのスッキリ感は、余所じゃ味わえません。また冬で体が冷えきった状態で、サウナに入って、ジワリジワリと汗をかいていくのが良いんですよ。昔は毎週日曜日に行っていました。サウナに入ったり、お風呂に入っている時は、パソコンや本を読めないので、色々考えられるのも良いのです。せっかくの冬休みなので、まあお金はないですけど、どっか行ってみようかなーと思っています。リフレッシュしないとですしね。

テキヤ組織の行方

 ヤクザ組織の中に、テキヤ組織を母体する組織があります。テキヤ組織は、祭りで露店商として活動する人間が集う組織です。長らく東北や北海道のヤクザ業界において、テキヤ組織は博徒組織より主流に位置していました。テキヤ組織を母体にするヤクザ組織の中には、現在も祭りの露店販売を稼業とする組織があれば、祭りの露店販売業から手を引いている組織もあります。日本最大テキヤ組織である極東会の東京勢力は、池袋や新宿の大都市を拠点にして、裏稼業を行っています。テキヤ組織とは名乗るものの、テキヤ組織とは様相が異なります。またスポーツ・音楽イベントにおいて、希少価値のあるチケットを大量に買い、イベント当日チケットを求める人に高額に販売するダフ屋はテキヤ組織を母体とするヤクザ組織が多いです。チケットという商品を屋外で売る為、本来のテキヤ稼業とは親和性が高いといえます。とはいえ、今もテキヤ組織を出自とするヤクザ組織の中には、祭りの露店販売を稼業とする組織もあります。
*今回記事を作成するにあたり『実話時代』2015年10月号、『テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る』(厚香苗、2014年、光文社新書)、『裏経済パクリの手口99』(日名子暁、1995年、かんき出版)の情報を参考にさせて頂きました。

 1992年施行の暴力団対策法に始まり、ヤクザ組織への締め付けは年々厳しさを増しています。都道府県の公安委員会から暴力団と指定されている極東会、広域ヤクザ組織の傘下に収まっているテキヤ組織にも、警察当局や行政による厳しい圧力がかかっています。現在、露店商は祭りに出店する際、事前に販売者の氏名と写真付きの書類を所轄の警察や保健所に申請しなければなりません。所轄の警察はデータベースの照合で、提出書類の販売者がヤクザ組織傘下のテキヤ組織構成員であることが分かれば、当然出店を許可しません。加えて、書類上の販売者と実際の販売者が一致しているかどうか、祭りの当日一軒ずつ警察官が確認にきます。写真と違う人物が販売していたら、即販売中止となります。但し抜け道はあります。テキヤ組織構成員の妻や子供、子供の友人、またはアルバイトに「代理人」として露店で商売させる方法です。つまり「テキヤ組織が関与する露店」です。提出書類に販売者として記載され、実際露店で働く彼女彼らは、テキヤ組織構成員の「代理人」ではありますが、一般人です。警察もそこまでは踏み込みにくいです。

 近年の祭りの現場で目立つのが、地元商工会による露店販売です。商工会に属する人が、祭りの日だけ、臨時に露店商となるのです。祭りに欠かせない露店をテキヤ組織ではなく、商工会に担わせるという警察の意向が背景にあります。テキヤ組織構成員の家族やテキヤ組織に雇われたアルバイトが露店商として働くという抜け道がある以上、テキヤ組織の「潜り込み」を許している実態があります。よって警察当局は露店の主体者をテキヤ組織から商工会に塗り替えるという抜本的な策を打ち始めたのです。テキヤ組織の入り組む余地がない環境を設定しようとしています。商工会が出す露店の特徴として、販売者が普段別の仕事を持っている為、「素人販売」の域を出ないことがあります。一方、「テキヤ組織が関与する露店」は、露店販売を長年してきたテキヤ組織を基盤とするので、露店販売に長けています。また露店販売終了後の後片付けの徹底さは、テキヤ組織の伝統です。きれいに掃除をして、回収したゴミを祭りの現場で処理するのでなく、テキヤ組織が自らゴミ収集車を手配し処理します。祭りの主催者側がゴミの問題で悩むことがありません。テキヤ組織は古紙などの廃品回収業との結びつきがあります。テキヤ組織がゴミ処理という領域に伝統的に関与してきたことが背景にあるのでしょう。商工会が出す露店の長所にも触れておくと、販売価格の安さがあります。『実話時代』2015年10月号「祭りの“明日”はどっちだ!」(大貫説夫)の記事によれば、「値段はやはりテキヤの露店よりも安く設定されていて、テキヤで四百円の焼きそばが三百円、三百円の唐揚げが二百円になっている」(39P)とのことです。

 しかし今も「テキヤ組織が関与する露店」によって賑わう祭りがあります。神社仏閣主催の祭りです。日本の祭りは、主催者を基準にすると、二分できます。花火大会などを主催する地方自治体の祭りと、伝統的な祭りを主催する神社仏閣の祭りです。両方の祭りとも、テキヤ組織は表面上露店を出せません。しかし「テキヤ組織が関与する露店」の対応に、温度差があります。地方自治体主催の祭りは、商工会に露店を出させることにより、「テキヤ組織が関与する露店」を排除していく動きがあります。一方、神社仏閣主催の祭りは商工会の露店を認めず、「テキヤ組織が関与する露店」を露店販売の中心に据えています。地元自治体に比べて、宗教団体が警察当局を含めた行政組織に関与を受けにくいという背景があります。神社の場合、全国にある多くの神社を包括する神社本庁に警察当局の指導が入っていますが、神社の祭りでは現在も「テキヤ組織が関与する露店」が占めているのが実態です。加えて、神社仏閣とヤクザ組織には歴史的な結び付きがあります。稼業違いの博徒組織は昔、寺で賭博を開催していました。賭博の胴元の手数料が「テラ銭」と呼ばれる由縁です。歴史的な結び付きもある為、神社仏閣側は水面下でテキヤ組織との関係を維持し続けています。裏返せば、神社仏閣の祭りが消える、神社仏閣側が警察当局に従順する時代にならない限り、テキヤ組織の活路が存在していることを意味しています。

クリスマスイブに言いたい、たった一つの言葉

 今日はクリスマスイブですね。生協で配達されてきたスペアリブでも食べようかと思ったのですが、学校から帰ってくる途中あまりにお腹が空いたので、ある中華料理チェーン店でチャーハンを食べてしまいました。せめてクリスマスらしくしたいと思い、シャンパンらしきものでもと思い、コンビニに買いにいったものの。上手く買えず、結局白ワインのミニボトルしか買えないという始末。

 まあ仕方がありません。あと今週は冬休みに入ったのですが、宿題やテスト勉強が多いので、学校が開いている今週末まで学校に行くことにしました。やはり難しいレポートなどは、学校に行った方が進みます。定期代ももったいないですしね。でも、自分と同じ危機意識のクラスメートがもっといるのかなーと思いきや、皆あまり学校に来ていません。いつもの真面目な人達といいますかですね。うーん、皆家で勉強できるのか…。まあやっているんでしょうね。でも人が少ない学校もいいものです。授業がない分、時間もたっぷり使いながら、レポートや勉強に取り組めるのは、なんだか贅沢な気分です。

 あとそうそう、隣のクラスは一昨日、昼間に教室でクリスマスパーティーしていましたね。仮装なんかしちゃって。僕のクラスは、いまいちというか、結構幅の広い人達(もちろん僕もすごく偏った人物と思われている一人ですが)がいて、協調性に非常に欠けています。結局、今になってもクラス全体の飲み会も開かれず(「開く人」がいないという問題もあります)、このまま終わっていく感じです。正直、隣のクラスが盛り上がって、そしてなんだか先生や学校の事務の方も教室の中に入って、楽しそうにしているのを見ていると、「ちぇっ。楽しくやりがって」という負の気持ちが僕の中で浮かび上がってきました。小さい男だなと思いますし、頑張って皆の前では出さないようにしていましたが…、それでも正直な気持ちは色々あります。ちなみに事務の方は嬉しそうに写真を撮っていたのですが、おそらく専門学校の見学者が来たときに、自慢そうに見せるんでしょうね。「1年生のクラスは教室でクリスマスパーティーをやったんですよ」とか言って。「隣のクラスは、何もやっていないどころが、飲み会すら開かれていないぞ」と付け足したくなります。

 まあ、ひがんでいでも仕方がありません。しかしやはりクリスマスイブの日に、言いたいです。





リア充は爆発しろ!




女性タレントの紗栄子さんとは

 ファッション通販サイト・ZOZOTOWNの前澤友作社長は「自社PR」も込みで付き合っているはずです。紗栄子さんは、まあどうであれ、結果的に今一番「セレブ」な感じを醸し出せている若手女性タレントであります。当然、元夫であるダルビッシュから送られてくる毎月200万円とも言われる「養育費」が彼女のセレブ感を演出しています。カッコいい元旦那から未だにそれなりの金をもらっているという、希少価値のある女性な訳です。

 再婚相手は、ダルビッシュ以上の「養育費」を毎月入れられる男に限定される訳ですから、前澤社長なのは納得がいくところですね。もちろん前澤社長も紗栄子さんの「市場価値」を織り込んで付き合っているはずです。話題が集まりZOZOTOWNの人気を後押しするニュースです。両者納得のお付き合いって、ことですね。

 恋愛って、お金の事情も大きく左右してくるのだなと、クリスマスイブの日に思ったのでした。

忘年会

 21日に今年最後の授業が終わりました。21日の夜は、有楽町のしゃぶしゃぶ屋?(他の料理も沢山ありました)でクラス内有志の忘年会に参加してきました。よく考えれば、男性陣以外は普段あまり話さない人達のグループなので、多少緊張してしまいました。あまり会話も弾まなかったような…。まあ、相手も同じ感じでしょうね。普段はお酒が入ると、もう少し面白くなるのに、興味を引くことができなかったですね。でもよく考えれば、普段話していないのに、急に酒席で楽しく話せる訳でもないです。逆に、その場で面白くできる話術持ちたいかというと、持ちたくないですし。コツコツと関係は、積み上げていくものかなと思います。

 忘年会の終わりには、プレゼント交換会もしました。予算1000円ということで、僕も東急ハンズで買ってきました。ちなみに僕は卓上カレンダーとメッセージ付カードをもらいました。嬉しいです。ちなみにプレゼント交換の司会とか、任されちゃいました。まあ年長者の仕事ですね。振ってくれて、何気に嬉しかったです。

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 その後は、丸の内周辺を周り、イルミネーションを見ました。

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 ザ・ペニンシュラ東京の前の木のイルミネーションです。そういえば、この時には、結構饒舌になっていたかな(酔いがいい感じになっていたのでしょうか)…。

 忘年会は久しぶりに参加した気がします。なかったでなかったで、時間が持つことができて、それはそれでよかったですが。あと今回もお酒や食事をとるということで、新キャベ2を飲んだら、ムカつきがなく飲食をすることができました。食前胃腸薬は飲み会の必須アイテムです。

今年の授業は明日が最後

 明日が今年最後の授業です。割とライトな科目とはいえ、やはり最後まで気が抜けないものです。後期はまだ2月までなので、まだありますが、とりあえず22日から冬休みです。とはいえ1月のテスト勉強、レポート、グループワークの準備などやることも沢山あります。今週は学校が開いているので、家にいるのではなく、学校に行って勉強するつもりです。アルバイトを結構入れたかったのですが、それも厳しいです。その辺りは優先順位を間違えずにやっていきたいです。

 少し後期を振り返ると、勉強内容が難しくなったりして勉強の方で苦しみましたが、加えてグループワークや学校の雑務等で色々大変でした。人に伝える難しさ、人に動いてもらう難しさ、ほんとうに苦労した日々でした。しかし正面からちゃんとどれもぶつかったことは、自分なりによくやったと思います。自画自賛ですが、そこは成長しているなと思いました。もちろんぶつかった結果、明らかに駄目だったこともありました。しかし積極的な失敗は、未来の成功につながると思っていますので、糧とします。

 あと日直というのが名簿順で回ってきて、日誌というのを書く仕事があるのですが。それなりのスペースがあるので、僕だけやたら色々書いています。ちなみに他のクラスメートは1~2行程度で済ましています。見ている人は少ないのだろうなと思っているのですが、とりあえず一生懸命励ましや面白いことを書いてきました。もちろん多くのクラスメートは感想を述べてくれません。しかし何人かはたまに、感想を言ってくれます。それでこの間、いつも優しく接してくれる女性2名が「●●さんの日誌。いつも楽しく読んでいますよ」と言ってくれました。その時は「あっ。ありがとうございます。まあ可笑しなことしか書いていないので…」みたいな感じで軽くお礼を言ったのですが。内心は、その場でガッツポーズしそうになるぐらい嬉しかったです。まあ少しお世辞が入っているのでしょうけど、それでも言ってくれたのは、表現者冥利に尽きます。

 ささやかな評価でも、嬉しいものです。いつまでもこのことは忘れずに、書いていきたいと思います。ともかく明日も全力で走りきるのみです。声を張って生きるのみです。

関ケ原の戦い

 来月にテストが沢山あり、後期の評価が決まる大事な時期です。そこで進級が決まります。まさに「人生における関ケ原の戦い」です。そんな話を先日、クラスメートとしていたら、話の流れである二人のクラスメートが「コバヤカワでいきましょう」と互いに何か頷きあっていました。この際の「コバヤカワ」とは、関ケ原の戦いで、西軍として出陣したにも関わらず、東軍に寝返った小早川秀秋のことです。小早川秀秋の裏切りにより、東軍の勝利は決定的になりました。しかし当初から東軍に寝返ることで、東軍の徳川と通じていた小早川秀秋ですが、関ケ原の戦いでは最後まで西軍につくか東軍につくかで躊躇していたのは有名な話です。つまり二人のクラスメートがいった「コバヤカワ」とは、「勝ち馬に乗る」という意味です。テスト期間において、「勝ち馬」つまり「頭の良いクラスメート」に大いに頼っていこうという狙いのようです。もちろん良くないことですよ。僕は勝ち馬に乗るようなことは、カッコ悪いと思っていますから。勝ちばかりを見ずに、負けても、這い上がる気持ちが大切ですよ。

LINEやっていますけど

 ずっとガラケーを使っている為、今年の夏までLINEに入っていませんでした。しかしガラケーでも入れることを聞いたので、なんとかして入り、今はパソコン上で見ることができます。LINEに入るまでは、クラスの連絡や学校の勉強情報がLINEで流されていた為、周囲に若干苦労をかけさせる事態が続いていました。なんとクラスでガラケーなのは自分だけで、LINEに入るまでは優しいクラスメートが気にして、わざわざLINE外で教えてくれていました。

 ただLINEは常に情報を浴びることになるので、「疲れるなー」と思うこともあります。正直、学校の情報で「良い気持ち」になるのは少ないです。LINE上で早く情報を仕入れても、気が重くなるのが早くなっただけで、精神衛生上良くありません。僕は家のパソコンでしか見るしかできなので、まだ負担は楽ですが、正直なくても良いやと思います。それでも連絡は、LINEを通じてのものが多いですね。

 あとクラス内のある有志のグループに何個か入りました。色々、本音とか聞けて面白いなーとは思いますね。若い子達だと、グループに入れてもらえる、入れてもらえないで、色々悩んでしまうんでしょうね。その点、もう色々諦めてきたのか、僕はあまり気にしていません。LINEで何を言おうが、日常のクラス内での言動が結局のところその人の評価を左右しています。LINEよりもやはり、直の会話が一番です。

チーズ入りのピザマン

 最近、ファミリーマートのピザマンを何気に買って食べたところ、とても美味しかったです。チーズたっぷり入ったところが、従来のピザマンと異なっていて、満足感が高いです。それでセブンイレブンでもピザマンを買ったところ、こちらも負けず劣らず、たっぷり伸びーるチーズが入っていて、良かったです。昨年冬は、あんマンをよく買っていました。チョコレートのようなあのトロリとしたあんにはまりました。今年はの冬はピザマンが僕の中でブームになりそうです。

山川一家出身者の小金井一家総長就任から見えてくるもの

 山口組分裂劇の余波が続く中、東日本を勢力範囲とする稲川会において、名門ヤクザ組織・小金井一家の代目継承式が11月8日、横浜市の稲川会館で行われました。小金井一家は稲川会の2次団体。ヤクザ組織の代目継承式とは、トップ交代を儀式的に告げるイベントです。代目継承式にて、先代の瀬戸正昭総長に代わり、池田龍治が十二代目総長に就任することになりました。小金井一家は元々、関東に2001年まで存在していた1次団体・二率会の2次団体でした。1853年ペリー来航の10年前、1843年頃小金井小次郎(本名:関小次郎)によって発足された博徒組織を源流とします。小金井一家では、小金井小次郎を初代総長に位置付けています。発足以降、順調に博徒組織としての縄張りを拡大していきます。『実話時代』2016年1月号の記事によれば、「現在の小金井市から中央線沿線、新宿、そして川崎に至るという広大なものだった」という縄張りを小金井一家は2001年以前まで有していました。1958年関東の老舗博徒系ヤクザ組織が集う形で、ヤクザ組織の1次団体・日本国粋会が発足します。小金井一家も日本国粋会に参加します。しかし1969年小金井一家は日本国粋会を脱退、共に脱退した団体とともに二率会を立ち上げたのです。ちなみに日本国粋会の後継組織が、現在の山口組2次団体の國粹会です。
*今回記事を作成するにあたり『実話時代』2014年6・8月号、2015年8・10月号、2016年1月号、『週刊実話』2015年12月3日号、『山口組 分裂抗争の全内幕』(盛力健児+西岡研介+鈴木智彦+伊藤博敏+夏原武、2015年、宝島社)の情報を参考にさせて頂きました。

 小金井一家は広大な縄張りを有していた為、戦後勃興してきたヤクザ組織に縄張りを貸し出していきます。「シマ」(縄張り)を貸し出す、つまり「貸しジマ」です。戦後川崎市のヤクザ業界では、山川修身によって結成された山川一家(稲川会の2次団体)が伸張していました。よって小金井一家は「川崎市の縄張り」を山川一家に貸し出しました。代償として、借主の山川一家は小金井一家に「縄張りのレンタル料」を支払い続けることになりました。ところが2001年二率会は解散することになります。そして二率会の傘下団体の受け入れ先として住吉会の名前が浮上したのです。つまり小金井一家は住吉会に加入することになります。山川一家にとって悪い事態です。今後も小金井一家に「縄張りのレンタル料」を払い続けるものの、小金井一家の上部団体・住吉会に配慮する必要が生まれてしまうからです。また展開によっては、住吉会の意向により「川崎市の縄張り」の返還を求められるかもしれません。山川一家にとって地盤の川崎市に住吉会が進出するかもしれない事態が起きたのです。

 2001年3月小金井一家と山川一家間で抗争が勃発します。抗争の展開次第では、住吉会と稲川会の大規模抗争に発展する懸念もありましたが、抗争は短期間で終結します。和解の結果、二率会をまず解散させ、一旦住吉会が二率会の傘下団体を預かる形をとりました。その上で住吉会から、小金井一家の川崎市のグループと山梨県の親之助一家が稲川会に移籍する形をとることで、事態の収束が図られました。一転、大きな利を得ることになったのが稲川会と山川一家です。稲川会にとっては、「借りジマ」だったエリアを、「レンタル料」を払わずに済む直轄地とすることができました。直接借りていた山川一家は建前上、稲川会側に移籍した小金井一家に「レンタル料」を払い続けることになります。しかし稲川会の「先輩」である山川一家が、稲川会の「後輩」である小金井一家に対して、優位に交渉を進められることは想像に難くありません。山川一家は現在の稲川会トップである会長(清田次郎)、ナンバー2である理事長(内堀和也)の出身母体です。稲川会において存在感は際立っています。山川一家と小金井一家の両団体の力関係からすると、現在の川崎市の縄張りは大半を山川一家に牛耳られていると、推測できます。

 小金井一家の名跡は、稲川会に移籍した小金井一家グループが継承することになりました。小金井一家の上部団体は「1958年~1969年 日本国粋会」、「1969年~2001年 二率会」、「2001年~ 稲川会(and住吉会)」と時代によって変遷してきました。小金井一家における固有の要因に加えて、首都圏というヤクザ組織の激戦区において、中規模ヤクザ組織が自立できないという時代環境の要因も、小金井一家の歴史に働いています。現在の小金井一家は横浜市などを拠点にする傘下団体で構成されており、以前小金井一家の名前が醸し出していた「広大な縄張りを持つ」というヤクザ組織ではありません。また組織名にある小金井市とは関係の薄い組織になっています。十二代目総長に就いた池田龍治は小金井一家出身者ではなく、山川一家の出身者です。稲川会理事長の内堀和也は2次団体・山川一家総長を兼ねています。山川一家・内堀総長体制下、ナンバー2の役職である若頭を池田龍治は務めてきました。

 池田龍治は30代で山川一家に入り、横浜市内で池田組を結成、山川一家内で活動してきました。その後、山川一家内でありながら池田組は稲川会の直参(2次団体)に昇格します。長らく池田組は稲川会の2次団体である一方、2次団体・山川一家の傘下団体でもあるという複雑な位置づけにありました。しかし池田龍治が小金井一家総長に就任したことで、池田組は山川一家を離れ小金井一家内の組織になっています。山口組の場合、2次団体の傘下団体(3次団体)が内部昇格する際、属してした2次団体を脱退します。脱退することで、内部昇格する団体は、属していた2次団体との上下関係を解消します。例えば山口組の2次団体である司興業(名古屋市)は2015年、2次団体・弘道会の傘下団体から昇格しました。同時に、2次団体になった司興業は弘道会を脱退し、弘道会との上下関係を解消しました。つまり司興業と弘道会の関係は水平的になります。山口組と比較すると、1次団体・稲川会の組織運営に緩さが見られます。池田組の話に戻します。稲川会の慶弔は現在、2007年横浜市内に完成した稲川会館で執り行われています。稲川会館は池田組の敷地内にあり、稲川会館建設にあたって、池田組(山川一家)の果たした役割の大きさが窺えます。また池田龍治は2006年から、稲川会の執行部としても活動してきました。
 
 小金井一家出身ではなく山川一家出身の池田龍治が小金井一家総長になったことは、稲川会内で山川一家閥の力の大きさを改めて浮き彫りにしました。裏返せば、山川一家閥の膨張を嫌う層の不満が高まっていることも読み取れます。2005年稲川裕紘三代目会長が死去すると、四代目会長を巡り、稲川会は内部分裂寸前の事態に陥りました。2006年、稲川裕紘三代目会長の実子である稲川英希を会長にする代目継承式と、角田吉男を会長にする代目継承式が同日に実施される事態が起きたのです。角田吉男は山川一家に推されていました。しかし稲川会初代会長で、2006年時総裁職であった稲川聖城(稲川裕紘の父であり、稲川英希の祖父でもある)が角田吉男を承認します。結果、角田吉男が四代目会長に就任し、事態は収まりました。その時の感情のしこりが今も残っているとされています。山口組のように分裂する事態に至っていないものの、稲川会は内部分裂の火種を抱えています。

ほろよいの沢尻エリカさん

 サントリーのサワー缶のほろよいの沢尻エリカさんは、確かに大人っぽくて良いですね。彼女もそろそろ30代になるころで、雰囲気が変わってきました。昔仲良かったり、また不仲説も取り沙汰された紗栄子さんとは、芸能界の価値観で測れば、結構な差がついてしまいましたが。僕としては、女優業一筋で頑張っている沢尻エリカさんに肩入れしたくなります。サントリーといった大手企業のCMに出るぐらいなので、芸能界やそれを取り巻く広告代理店の世界では一応の信用を取り戻したことが分かります。

 主演ドラマもそれなりよかったようです。あと最近は、沢尻エリカさんの恋愛のことを聞きません。彼女がもう一段階上がる為には、恋愛ネタも必要かなと思います。もちろん、「ダメだ。こりゃ」という人ではダメです。ものすごく好青年とかです。ひょっとして、そろそろ出てきたりして…。

安安という焼肉チェーン店は良いです

 昨日土曜日は授業が夕方まであり、その後もあれやこれやとあったので、学校に残っていたら、いつもの優しいクラスメートから「この後、回転寿司に行きませんか?」とお誘いがありました。せっかくの機会なので、是非ということでOKしました。結局、回転寿司は場所が遠いということで、電車に乗って焼肉屋さんに行くことになりました。計4人のメンバーで行ったのですが、やはりクラスメートとどこか行くのは楽しいなと思いました。僕が誘って先日焼き鳥屋さんに行ったメンバーと同じでした。僕以外は20代半ばの人なので、普段よく接する訳ではありません。しかし一度誘って、飲みに行くと、次回以降はお互い誘いやすくなるのだなと思いました。確かにとりあえず1回場を設けるだけで、色々分かってきます。断れないことも分かるので、誘う心理的ハードルが下がります。道中や食事中に色々と話すことができて、よかったです。楽しかったです。

 焼肉屋さんは安安(あんあん)という焼肉チェーン店に行きました。僕は安安は初めてでした。食べ放題ではなく、単品を頼むということになったのですが、単品でも安かったです。今回はお酒を飲まず、量をそれほど食べていなかったのですが、それなりにお肉を食べて、1人約1600円で済みました。またお肉が値段の割に、非常に美味しかったです。ホルモンも久々に食べて、美味しいなと思いました。ハラミも美味しかったです。濃厚なタレもよかったです。どことは言えないですが、安安と同じある格安焼肉チェーン店さんのお肉より、結構な差をつけて美味しかったです。安安は食べ放題メニューもあるので、「今後焼肉食べ放題行くぞ」となれば、安安に行くことを提案していきたいです。

神戸山口組に移籍した2次団体

 8月下旬に起きた分裂騒動により、山口組は山口組(六代目山口組)と神戸山口組の2つの組織に分かれました。騒動から3カ月半を過ぎて、両組織間の勢力均衡に変化が生じています。山口組側から神戸山口組側に移籍する2次団体が相次いでいるのです。分裂騒動後に移籍したということは、「山口組への残留」よりも「神戸山口組への移籍」にメリットがあったことを意味しています。もちろん他の要因として、山口組内での人間関係における煩わしさ、神戸山口組からの熱心な勧誘等も大いに作用しています。「神戸山口組への移籍」のメリットの1つが、1次団体に支払う上納金の安さです。役付きのない2次団体トップの場合、月額10万円で済みます。役職付きの2次団体トップでも、月額30万円です。一方山口組の場合、分裂騒動前1次団体に支払う上納金は、月額115万円でした。加えて、雑貨購入や司忍組長の誕生日代など、他の高額な出費もありました。分裂後、山口組側は傘下の2次団体に対して上納金を減額しました。しかし神戸山口組側の上納金額までには、減らせていません。警察当局と攻防を強いられる裏稼業を資金源とするのがヤクザ組織です。正業と異なり、裏稼業は瞬間的な利益は大きいですが、利益を継続的に獲得しにくい性質があります。つまり収入面が不安定なのです。一方、ヤクザ組織は毎月一定額を上部団体に支払う義務を負っています。収入面は不安定で、支出面は安定的な経済活動をどのヤクザ組織も強いられています。年に何回か収支に支障が生じ、上納金を支払えない事態が起きることは容易に想像できます。山口組の2次団体であれば、多くの傘下団体(3次団体)を持っているので、傘下団体からの上納金だけで潤っている印象を持ちます。しかし年々ヤクザ組織の経済活動領域は狭まっており、資金源は細くなっています。警察当局の厳しい取締りにより、ヤクザ組織の構成員数は下落の一途を辿っています。結果的に、2次団体に上がってくるお金が減っています。山口組と同等の「裏社会におけるブランド効果」を持ちながらも上納金の低い神戸山口組は、山口組2次団体にとって魅力的に映ってしまいます。
*今回記事を作成するにあたり『山口組 分裂抗争の全内幕』(盛力健児+西岡研介+鈴木智彦+伊藤博敏+夏原武、2015年、宝島社)の情報を参考にさせて頂きました。

 分裂騒動後に、山口組から神戸山口組に移籍した2次団体は、東生会(大阪府淀川区)、熊本組(岡山県玉野市)、古川組(兵庫県尼崎市)の3つです(東生会は9月に山口組から除籍されています。後に、神戸山口組入りしていますので、移籍とはいえないかもしれませんが。今回の記事では「移籍」扱いと致します)。一方、神戸山口組の2次団体が山口組に戻った例は1つもありません。また山口組側に残留しているものの、大石組(岡山市)や光生会(福岡市博多区)、一道会(福岡市中央区)は、傘下組織(3次団体以下)が神戸山口組に移籍するという事態に見舞われています。神戸山口組に移籍した3団体を見ると、地域的事情も移籍の背景にあったことが、透けて見えます。熊本組が本拠地とする岡山県には、神戸山口組の中核組織である池田組がいます。また山口組側にいる大石組の一部の傘下団体は、神戸山口組側に移籍しています。岡山県内で神戸山口組の勢力が増す中、熊本組が「神戸山口組の敵対組織」として存在し続けるのは困難を伴います。神戸山口組に移籍した方が無難であると考えるのは合理的です。東生会と古川組も同様です。現在大阪府エリアにおいて、山口組側の2次団体は章友会(大阪市北区)、極心連合会(東大阪市)、大原組(大阪市生野区)、健心会(大阪市浪速区)、織田組(大阪市中央区)、一会(大阪市北区)、中西組(大阪市中央区)、中島組(大阪市淀川区)、一心会(大阪市中央区)、秋良連合会(大阪市浪速区)、極粋会(東大阪市)、早野会(大阪市北区)、𠮷川組(大阪市中央区)、朋友会(大阪市西成区)、計14団体です。一方、大阪府エリアにおける神戸山口組側の2次団体は宅見組(大阪市中央区)、毛利組(吹田市)、黒誠会(大阪市北区)、奥浦組(東大阪市)、そして移籍してきた東生会(大阪市淀川区)、また分裂騒動を機に新たに加わった英組(大阪市西淀川区)、誠会(大阪市西成区)、澄田会(大阪市港区)、計8団体です。まだ山口組勢力が2次団体の数では多いとはいえ、神戸山口組も一定の勢力を誇っています。東生会が移籍した背景には、地域的事情があったのかもしれません。また現在兵庫県エリアにおいて、山口組側の2次団体は岸本組(神戸市)と竹中組(姫路市)の2次団体です。一方兵庫県エリアにおける神戸山口組側の2次団体は、山健組(神戸市)、俠友会(淡路市)、松下組(神戸市)、西脇組(神戸市)、真鍋組(尼崎市)、そして移籍してきた古川組(尼崎市)、計6団体です。1次団体・山口組の本拠地である兵庫県において、神戸山口組側が山口組側を上回っています。移籍した古川組にとっては、兵庫県内で他の神戸山口組側と敵対関係に陥るのは、活動の困難さを考えたのでしょう。

 とはいえ、神戸山口組の求心力となっている上納金の低さは、ヤクザ組織にとってマイナスな要素もあります。上納金の存在は、ヤクザ組織運営上多様な役割を果たしています。組織の財政的維持に加えて、構成員を活性化する機能もあります。ある3次団体のトップは、2次団体の子分でもあり、2次団体に毎月上納金を払っています。当然その上納金は、「3次団体構成員(子分)からの上納金」で成り立っています。3次団体で日常的に活動する構成員にとって自身が払う上納金は、親分である3次団体トップの懐を潤わせるだけでなく、親分が「2次団体の子分としての務め」を果たすのに使われています。構成員にとって、自身が支払う上納金には多義的な意味があるのです。上納金の存在は、「自分の上納金の支払いは困難だが、親分も同等に上納金の支払いに苦しんでいる」という共感を構成員に持たせることができます。結果的に、親分が上部団体に支払う上納金額が増えても、子分が比例した上納金を親分に支払うべく、裏稼業に邁進していくのです。しかし一転、親分が上部団体に支払う上納金額が減ると、問題が生じてきます。構成員にとって、親分が上部団体に支払う上納金が減った分、自身が親分に支払う上納金も比例して減らして欲しいはずです。もし親分が上納金を減らさなければ、構成員にとって自身が支払う上納金は「親分の懐だけを潤わせる」という単一的な意味に変化していきます。親分や組織への忠誠心は薄まり、組織は活性化しなくなります。神戸山口組の傘下組織は、1次団体への上納金減額を巡り、潜在的な組織内トラブルを内包しているのです。時間が経てば、問題が表面化してきます。もちろん山口組側は、内紛に付け入り、自陣に引き込む動きを画策するはずです。神戸山口組の前途も明るい訳ではありません。

来週も色々あります

 ここ最近の学校の難題だったグループワークの演習課題が月、火曜日とあり、僕のグループは火曜日にありました。何とか無事に終えることができました。ただ火曜日の本番の朝まで、打合せをしたりと、最後まで気が休まりませんでした。自分自身反省すべきこともありましたが、まあ何とか踏ん張るところは踏ん張った次第です。感情的になりそうなところも頑張って抑えることができました。

 ただ、終わってからも色々課題やら学校の雑務やらが出てきて、何だか来週も色々大変そうです。テストも1つありますし。でもせっかく、色々と勉強以外で、成長できるチャンスでもあります。それに、いつかはこの学校生活も終わります。逃げずに取り組むとします。

 あと最近、勉強に楽な道はないなと思います。通っている専門学校の教育方法に文句をいう人がいます。まあ僕も時折言っていますが。でも、他人に期待しているようでは、身に付かんと思います。自分自身で、意欲的に学んでいくんだという気概も、学習の過程で身につけたいものです。

想い

 心ある人に、想いを馳せて、想いを秘めるしかできないけど。強く想い続けていきたいと思います。

風邪ひいたかな

 今日のお昼過ぎぐらいに気づいたのですが、「喉の痛みの手前」といった症状になっています。これは風邪の徴候だと思い、夕食後に風邪薬を飲みました。早め、早めのケアです。連日の疲れと寒さでダメージを増している体に、昨日の夜飲んだウイスキーがきいた感じです。僕の場合は、まず喉の違和感から風邪の症状がきます。今、倒れる訳にはいかないので、しっかり直していきたいです。

鳥栖が来季楽しみだ

 サッカーのJリーグは年間優勝を広島がとりましたね。育った主力(また監督も)が浦和にとられる中、近年頻繁に優勝できるのは凄いことです。プロ野球で言えば、日本ハムみたいなチームでしょうか。あと、僕的にサッカー関連でビッグなニュースが鳥栖の監督にドイツのブンデスリーガでチームを何度も優勝に導いた経験を持つマガト監督が就任することです。鬼軍曹キャラで、練習を沢山させることで有名な監督ですが。鳥栖のチームカラーとして合っていて、来季楽しみです。

就職説明会で思ったこと

 主要科目のテスト発表が先日あって、無事に受かっていて、ホッとしました。テスト中、焦る事もありましたけど、粘り強くやったのが奏功しましたかね。来年1月に続々とテストがありますので、少しでも今のうちに慣れていければと思います。さて昨日は、午前が授業、午後が就職説明会と1日バタバタしていました。就職説明会は将来の就職先となる病院等の施設の方々が沢山来られて、各ブースに我々学生が「お話を聞かせて頂けないでしょうか」と聞きにいく形式です。1対1の対話になる為、気が抜けません。9月に1度あったのですが、病院という働き先にもまだ詳しくなかったこともあり、あたふたして対話しておりました。

 しかし今回は2回目なので、前回よりは緊張せずに臨むことができました。2時間の開催時間で、4施設回りました。選ばず、空いているブースに素早く入ることにしました。疲れましたが、良い情報収集になりました。前日までは「1回生だから、就職活動なんて意味ない。自由参加にさせてくれー」(「全員参加」とのことでした)と思っていました。しかしやはり1年後は、僕も病院や老健などに就職活動をする訳で、情報収集は早めにした方が有利になります。昨日色々お話を聞けて、面倒だからと就職活動の情報収集をサボっていたら、後で苦労することになると思いました。

 情報収集の結果、取る行動が変わってきて、取る行動によって将来に道が変わってきます。特に、未知の領域であれば、情報収集の方法や質に捉われるよりも、量を優先すべきです。あと、就職説明会の後は、今週発表のグループワークの演習課題についても取り組みました。疲れが最高潮の中、さらに行ったので、終わった後なんだかすごく精神的にも疲れてしまいました。体調を崩す人も多い中、身体や精神を上手くコントロールしていく必要があります。

政治に翻弄されるサケ・マス漁

 北洋漁業の重要な柱であるサケ・マス漁が深刻な事態を迎えています。北洋漁業におけるサケ・マス漁を担ってきた北海道や東北の漁船は、主としてロシア領内でサケ・マスを捕獲しています。理由はロシア領内(ロシア支配地域内)の千島北部やカムチャッカ海域がサケ・マスの豊かな漁場だからです。しかし来年1月から事実上ロシア領内で漁業をすることができなくなったのです。日本漁船による漁業禁止を担保とする法律がロシア議会において今年成立しました。ロシア側の言い分としては、日本漁船がロシア領内で実施する流し網漁が生態的環境に悪影響を及ぼしていることを挙げています。
*今回記事を作成するにあたり『週刊エコノミスト』2015年9月8日号「返還拒む『北方領土の帝王』サケ・マス漁禁止法案で暗躍」(名越健郎著)、国立研究開発法人水産総合研究センター北海道区水産研究所サイト、マルハニチロ株式会社サイト情報を参考にさせて頂きました。

 日本漁船によるロシア領内での漁獲活動の歴史は古いです。日露戦争講和条約を契機に結ばれた日露漁業条約(1907年公布)により、日本漁船がロシア領内のカムチャッカ半島と沿岸州で本格的にサケ・マス漁を展開していきます。当然、ロシア領内で漁業する代償として、日本漁船はロシア側に賃料を払います。北洋漁業において、ロシア領内でのサケ・マス漁が主要な役割を果たしてきました。しかし1945年、第二次世界大戦の終結で事態は一転します。敗戦国となった日本は北洋漁業から撤退することになります。1952年、北洋漁業は再開することになりますが、ソ連側は漁獲高制限や禁漁区を課してきます。毎年春に開かれる日ソ漁業交渉によって、その年のソ連領内でのサケ・マスの漁獲高は規定されていました。つまり日ソの政治力学により、北洋漁業は左右されていたのです。漁業は他の業界に比べて政治的要素が強く働くビジネス領域であります。1991年にソ連が崩壊し、新生ロシアが誕生するものの、ロシア領内におけるサケ・マス漁は常にロシア側に配慮する必要がありました。近年は、年間に数億円をロシア側に払い、ロシア領内でサケ・マス漁を行っていました。

 サケとマスですが、魚種として大きな違いはありません。両方ともサケ科のサケ属に分類されています。サケ属の中に、サケ、カラフトマス、サクラマス、ベニザケ、ギンザケといったお馴染みのサケ・マスがいます。サケ科の特徴の1つとして、川や湖つまり淡水域での産卵があります。産卵後、淡水域で一生過ごす個体がいれば、海に降りる個体もいます。海に降りた個体は、産卵時には淡水域に戻ってきます。サケ科においては、同じ種類(例えばサクラマス)でも、この2つの行動に分かれます。つまりサケ科においては、生態行動の違いによって、魚種が分かれることがありません。一方、サケ・マスを表す英語名として、トラウトやサーモンがあります。トラウトやサーモンは、生物的な違いを表す言葉でなく、生態行動の違いを表している言葉です。英語名のトラウトは「淡水域で一生過ごすサケ・マス」を意味し、サーモンは「海に降りるサケ・マス」を意味しています。人間の生活圏に近い淡水域に生息する為、昔からサケ漁は行われていました。産卵の為、川に戻ってくるサケを狙う漁法が江戸時代には確立されていました。

 話をロシア領内のサケ・マス漁禁止に戻します。禁止の背景には、「北方領土の帝王」と呼ばれるロシア連邦議会上院議員のベルホフスキーの存在があります。ベルホフスキーはロシア連邦議会上院議員に加えて、択捉島を拠点にする水産加工会社ギドロストロイの経営者の顔も持っています。1980年代後半軍人として択捉島に勤務経験を持つベルホフスキーは退役後、1991年択捉島に戻ってきます。そこでギドロストロイを設立。ギドロストロイはサハリンや色丹島にも進出していきます。サハリンにおいては、現在ギドロストロイは最大の水産加工会社です。サハリンでは、加えて建設、金融、医療などの他分野にも事業を展開しています。択捉島においては、ギドロストロイが間接的な形も含めて多くの島民を雇用しており、島民に及ぼす影響は大きいです。日本漁船による漁業禁止法を起草したのがベルホフスキーと見られています。ギドロストロイは沿岸漁業が主要です。しかし日本の漁船が流し網漁によって沢山のサケ・マスをとるため、沿岸でのサケ・マス漁は不調にならざるをえません。ベルホフスキーにとって、ロシア領内で活動する日本漁船は長らく目障りな存在だったのです。

 国内のサケ・マス市場において、チリ産などの輸入品の割合が増える中、ロシア領内のサケ・マス漁獲量の消失が与える影響は甚大ではないと現在、見られています。禁漁となったことで、懸念されるのが密漁です。一般的に禁漁すれば、その魚種は供給不足に陥り、価格は高騰します。以前より高価格で売れるとなれば、密漁というリスクを冒す誘因が働きます。禁漁は、密漁を誘発させる特性を持っています。ロシア側も、密漁ビジネスの恩恵を受けることができます。「密漁黙認料」です。北方領土内で行われてきた密漁は、ロシア(ソ連)側の国境警備隊の黙認があって、成立してきました。もちろん、ロシア側は日本の密漁チームに相当な見返りを要求します。しかしサケ・マスの魚種は供給地域が多く、価格が高騰しにくい商品特性を持っています。密漁のメリットは少ないと思われます。
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