勉強のやり方を変えてみる

 今週は主要科目のテストがあり、来週はグループワークの演習課題もあり、正直辛い日々です。幸い、今回の主要科目のテストは範囲が狭いので、正直今日それに気づきホッとしています。でも狭いですが、結構難しい内容が多いので、あと数日、踏ん張って復習です。勉強のやり方に関しては、再考の余地があるかなと思っています。

 主要科目のテスト結果のみで振り分けると、同学年の学科全体において僕の成績は真ん中より下あたりであることが、最近分かりました。僕は授業中居眠りせずに集中して聴いて、復習もしています。なので、自分では「頑張っているぞ、自分」なんて思っていました。だから前のテストが悪くても、「僕がこれぐらいなんだから。皆も恐らく、これくらいだろう」と勝手に思い込んでいました。でも「やはり上がいるんだ」ということを最近知らされました。高い点数を取っている人は結構いました。

 正直悔しいです。でもよく考えれば、自分以上に必死な人っていて、自分はどこかまだ冷めているところがあったなーと思います。もう少し、貪欲に頑張らないといけないと思います。具体的には、僕は「クラスメートに疑問点や分からないことを聞けない」ということがあります。なので、独りで延々と考えてしまって、な非効率ことがあります。対照的に、僕のクラスの女性陣はよく集まって、主要科目テスト対策の打合せをしています。いわゆる集合知というのうが、働く訳です。ただ、群れるのが嫌な僕は正直…な気持ちもあります。ただピンポイントに信頼できる人に聞いてみるのも手ですし、ともかく独りで勉強して完結するスタイルを変更してみようと思います。ともかく、明日からも諦めずにやっていくのみです。
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不倫の代償は重い

 全国の不倫男を震撼させた弁護士性器切断事件の公判が始まり、検察の冒頭陳述から、事件の背景が明らかになってきました。事件を振り返ると、今年の夏、弁護士事務所に勤める20代妻とその事務所の40代やり手弁護士との間に生じた不倫に激怒した20代法科大学院生の夫が、弁護士事務所にて弁護士を殴打後、弁護士の性器を枝切りばさみで切断、さらに切断した性器をトイレに流し込むという凶行が起きた事件でした。事件前、妻は「弁護士から性的関係を強要された」という内容を、夫に話していました。しかし始まった公判における検察の冒頭陳述によれば、妻と弁護士は7カ月間ほど食事やカラオケに行きその後ラブホテルに行くという、確かな不倫関係にあったのです。時が経ち、妻が弁護士と距離を置こうとするものの、弁護士が拒否の態度をとります。そこで、妻は夫に伝え、事件に至ることになります。

 各種の報道から「妻も悪い」という主張が透けて見えます。ここからは僕の感想ですが、被告の妻は確かに一時期不倫関係を楽しんでいたように思われます。40代やり手弁護士となると、お金があり、話も上手いことは想像に難くありません。20代女性にとっては、多少「良く」映ってしまうものです。不倫上の食事や遊び代は、恐らく弁護士の方が持っていたのでしょう。20代の妻からすれば、夫が法科大学院生の身であるので、現状の生活は裕福でなく将来も不安だったと思います。弁護士との不倫は、そんな現実を忘れさせてくれる時間だったのかもしれません。でも明らかに夫への裏切り行為であるし、夫婦という役割を全うできない無責任さと、享楽(弁護士が用意する食事やカラオケ)の誘惑に負けてしまう人としての弱さが、検察の冒頭陳述から浮き彫りになっています。

 結局、不倫は一部極めて例外を除けば、しょうもない恋愛行為だと僕は思います。そこには、エゴ丸出しの醜さに溢れています。もちろん夫による凶行は許されるべきではなく、彼は彼で非常に反省しなければなりません。妻、夫、弁護士と誰もが傷つきました。不倫の代償はやはり重いです。

ツイッター組長の経歴が少し明らかに

 少し前の『週刊SPA』で、ツイッター組長(@6yamaguchigumi)のインタビュー記事が掲載されていました。ツイッター組長の経歴を知ることができました。記事によれば、ツイッター組長は、兵庫県神戸市出身、中学3年の時に親の転勤に伴い上京、大学の経済学部に入学するものの2年で中退します。不動産会社に勤める先輩からの入社の誘いが中退の契機となりました。当時はバブル景気で、不動産会社での実入りが良く、大規模な資産を築きます。その後、ツイッター組長は投資会社に転職。しかしバブルの崩壊と共に、会社は倒産してしまいます。その過程で、ツイッター組長は億単位の借金を抱えることになります。その苦境時にヤクザの親分と知り合い、ヤクザ業界に入っていくことになります。

 ツイッター組長のように「異業種転職」の形でヤクザ業界に足を踏み入れる人はいます。ヤクザ業界の懐の深さを物語るエピソードですが、ヤクザ組織は不動産、金融といった裏社会に近いビジネスに詳しい人間を常に取り込もうとしています。ツイッター組長も重宝されたはずです。現在は、海外に旅行中(?)のツイッター組長ですが、今後も色々とマスコミに出てくることが予想されます。

井村屋の肉まん・あんまん

 寒さが増して、肉まん・あんまん等の中華まんを一層美味しく食べられる時期になってきました。コンビニエンスストアでスチーマー販売されている中華まんの最大の特長は、「温かさ」です。冬の食事において重要な要素となるのが温かさです。冬では、味の良い料理でも冷めれば価値は急落します。つまり中華まんの味を担保しているのは、温かさなのです。中華まんを現在の高い位置に押し上げたのが井村屋です。1964年、日本人の好みに合わせた肉まん・あんまんを発売し、ヒットさせました。
*今回記事を作成するにあたり『日刊ゲンダイ』2015年11月14日号(13日発行)「このヒット商品と会社の秘密 肉まん・あんまん 井村屋」の情報を参考にさせて頂きました。

 井村屋は前年の1963年にアイス事業を開始していました。冬になれば、アイスクリームの売上は落ち込みます。冬季の売上を補う為に、発売されたのが肉まん・あんまんだったのです。夏に強いアイス事業と、冬に強い中華まん事業を、両方行うことで、年間の売上は安定します。ちなみに関西圏のみに店舗展開している豚まんで有名な蓬莱も、豚まんを主力とする中華料理とアイスキャンデーの両方を扱っています。井村屋は味の改良を行いました。当時の肉まんは具の味が薄く、からし醤油をつけて食べるのが一般的でした。井村屋は気軽に食べられるように、具に味をつけて、からし醤油なしで食べられるようにしました。あんまんは、こしあんに油を加えた中華あんが当時一般的でしたが、粒あんを使用しました。

 また小売店にスチーマーを設置して、すぐに温かい中華まんを食べられるようにしました。背景には、当時電子レンジが普及していなかった為、家庭内において中華まんを温めることの難しさがありました。家庭という領域において、小腹を満たす食べ物に過ぎない中華まんを蒸す行為は、経済的ではありません。井村屋は「蒸すという作業」を家庭ではなく、小売店の段階に移行させたのです。中華まんを大量に販売する小売店であれば、常時スチーマーを稼働させられます。小売店でスチーマー販売される「井村屋の中華まん」は、家庭内での「蒸す作業」という手間を省かせたのです。中華まんの商品自体の改良のみならず、中華まんの商品特性に沿った販売形態を構築したところに、井村屋の巧みさがありました。

癒し(になるかな?)

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 教室の僕の机になぜか、置かれていました(勝手にムーミングループに入れられています)。白い何かは、ニョロといいます。灰色の生き物は、「モラオ(?)」「モナコ(?)」だったか、です。ムーミンキャラクターですね。正直、僕自身「可愛さ」を感じるのかどうかは、微妙なところ…。皆さんはいかがでしょうか。

今日嬉しいことがあった

 今日は学校で、ちょっとした事を言ったら、クラスメートがすごく喜んでくれました。でも僕も、自分の表現で喜ぶクラスメートの姿を見て、嬉しかったです。その人に好かれようという想い以上に、何か表現したことに対しての嬉しさがありました。僕が20代から今まで、磨いていきたい、大切にしていきたと思ってきたのは、やはり何か言葉で伝えることです。それが人の生きる役に立ったり、また面白がってもらえたらという想いを内に込めて過ごしてきました。新聞記者やコピーライターの夢を追っていた時もありましたが、結局夢は叶わず。今は全く別の道を歩むことになりました。でもこのブログを通じて、何か言葉で伝えることは続けていきたいですし。また新たな道の世界で、日々人と接する中で、元気のない人を励まし、人を笑わせられる表現を見につけていたいと思っています。今新しい道を進むことになって、色々過去のことについて「後悔」の想いが時折生じることがあります。でも過去、僕は一生懸命にやってきた訳で、今の僕を培ってくれています。これからも驕らず、人を喜ばせられる人間になれるよう努めていく所存です。

やっぱり恋愛は

 ドラマ性がないと、つまらんですよ。寂しさ埋める為に、恋人をてっとり早く作っちゃうみたいな。どこがいいねん、こいつのみたいなの。よく見ませんか。もう、正直あきれてしまいます。これは大袈裟なことを言っているのではなく、ただ群れたいだけみたいなのは長く続きません。やっぱり互いの魅力がないとね。

 まともな恋愛したけりゃ、器量を磨けということです。器量で惚れさせろと、僕は思います。

今週はテストが2つ。負けないぞ、諦めないぞ。

 日、月曜日は学校が休みだったのですが、今週はテストが2つあるので、勉強に専念していました。集中してやれました。緊張感がようやく出てきたかなと思います。主要科目のテストも近日行われることが、LINEを通じて今日知る事になり、これから過酷な日々が待ち構えております。色々グループワークやら課題もありますし、きつくなってきています。でもこういうときこそ、踏ん張るところなので、しっかりと勉強時間を確保して、全力でぶつかっていく所存です。やっぱりですね。楽な方法で、逃げ切ろうなんて、何にもいいことないですよ。苦労して勉強して、グループワークも積極的に矢面立って、人生どんな時も器量を磨くチャンスはある訳です。まあ、おかしくなっていく、時間にルーズになったり、授業態度がいい加減になっていく人いますけどね。辛い時こそ、人間の底が割れるものです。僕は負けないぞ、諦めないぞ。

裏社会の中で重いプレッシャーを受ける身

 少し前になりますが、山口組2次団体・愛桜会の会長撲殺事件は犯人が捕まっていないことも加わって、僕の中では衝撃的なニュースなのですが、なぜか世間では注目度が低いです。パリのテロ事件というニュースが今は主流ということも影響しているとは思います。事件からしばらく経ちますが、犯人が捕まっていないということは、大変不気味です。山口組分裂前までは、山口組・2次団体のトップといえば、「裏社会の成功者」という象徴的なポジションでした。しかし現在は、神戸山口組に移籍を望む下部団体からの突き上げ、上部団体・山口組内では疑心暗鬼の空気が漂い、山口組2次団体のトップは一転裏社会の中でも、重いプレッシャーを受ける身になっています。その状況下で、同じ2次団体のトップが撲殺という壮絶な痛みを伴いながら死に至った事態を見て、他の2次団体のトップ達の想いは複雑でしょう。ともかく不穏な事態が色々と現れてきています。

新聞の折込チラシ

 新聞部数の低落基調が各方面に悪影響を及ぼしています。顕著に打撃を受けているのが広告です。新聞広告の波及効果は、新聞読者の数に相関します。新聞読者の数が減れば、新聞広告の波及効果は低下します。新聞に挟まれている折込チラシも同様です。しかし折込チラシを今一度見直すと、特長がいくつか浮かびます。自社商品・サービスを宣伝する際、チラシを作ったとします。チラシを作るのは簡単ですが、チラシを「配る」ことは簡単ではありません。独力で実行できる配布方法として、対象地域の家一軒一軒にチラシを投函するというポスティング作業や駅前での手渡しがあります。両方、人海戦術の要素が濃い業務です。自社社員に実施させると、多くの時間を割く必要があります。また外部業者に委託すると、高いお金を払わなければなりません。独力で情報を波及させることは容易ではないのです。

 一方、経費は掛かるものの、新聞やテレビに広告として出す方法があります。新聞やテレビが持つ巨大な情報経路によって、多くの人に情報を届けられます。マスコミの強みとして情報制作に加えて、情報経路の所有があります。新聞社の情報経路は、販売店を軸とする宅配制度です。購読営業地域に拡がる販売店から購読家庭に毎朝届く仕組みが確立されています。初期投資は掛かるものの、情報経路を所有しているメリットは大きいです。優先的に自社商品を届けられるのに加えて、情報経路の「利用権」を外部に売り出すことができます。例えば新聞の場合、新聞の間に「挟み込めるスペース」を折込広告枠として様々な企業に売っています。もし外部の輸送会社に新聞配送を委託していたら、折込広告枠を設定することはできません。テレビの場合に直すと、テレビ局と各家庭のテレビが電波によって結ばれている仕組みが、テレビ局の情報経路です。テレビドラマの小休止という「空き時間」をCM枠として売っています。しかしテレビドラマを、所有の情報経路から離れた場所(レンタルDVD店)に置くと、CM枠を設定することはできません。ともかく、情報経路を持っていることで、他社を巻き込む幅広い事業展開ができるのです。

 チラシは、紙という物質を伴う為、宅配業務の情報経路しか利用できません。低予算で作れるチラシで宣伝したい企業にとって、利用できる情報経路は、新聞の折込広告ぐらいしかありません。通販も利用できる情報経路ですが、宅配回数が少ないのが短所です。新聞は毎日宅配される為、スーパーマーケットの期間限定の特売チラシなど、短期間のみ有効な広告展開が、新聞の折込チラシは可能です。スーパーマーケットやパチンコ店などのレジャー施設、マンション販売会社は、新聞の折込チラシをよく出します。地理的制約を受ける業種の為、客層は決まっており、限られた地域のみ宣伝すれば良いです。新聞の折込チラシの場合、各地域の販売店がチラシを折り込む仕組の為、配布地域を細かく指定することができます。客層にならない地域に配られることはありません。その分、チラシ数も削減でき、印刷代金をおさえることができます。時間や地域を柔軟に指定して広告展開できるのが、新聞の折込チラシの特長です。また受動的に情報を摂取できるのも特長です。新聞に折り込まれていると、自然と目につきやすく、チラシが読まれやすいです。能動的な作業になるインターネット検索より情報を伝えやすいです。

 しかし新聞購読者が少なくなると、折込チラシの機能は低下しなくても、広告としての魅力は薄まっていきます。また電子媒体の飛躍的な発達で、新聞宅配制度の先行きは不透明です。新聞宅配制度がなくなれば、新聞の折込チラシもなくなります。新聞の折込チラシに宣伝を頼っていたスーパーマーケットやパチンコ店などのレジャー施設、マンション販売会社にも困った事態に直面することを意味します。新聞の折込チラシの特長(時間や地域を柔軟に指定して広告展開でき、低予算)を代替する広告枠はまだ生まれていません。

優先順位を間違えず、勉強していくぞ!

 年賀状をやめる決意をしました。やめるに至った理由として、手間が掛かることがあります。年賀状はここしばらくわずかな人とのやりとりしかしていないですが、そもそも年賀状を頂ける人の存在は貴重です。しかし忙しい12月の時期に手書きをするのは多少負担になっていたのが実際のところです。よって今日、年賀状をやめる趣旨のメールを毎年頂いている方に送りました。心苦しいですが、それでも人生において強く決断する事は時に必要です。

 それと今週は、学校の方で色々悩むことがありました。当たり前ですが、自分の思うとおりに事態は上手く運びませんね。

 あと学校の勉強ですが、自分のペースで、周りに流されないようにしていきたいですね。ただ、もう少し勉強時間を増やしていかないといけないと思っています。僕の場合、ネットサーフィンの時間を短くしていかねばなりません。「あー。無駄な時間を過ごしているなー」と思いながら、ネットサーフィンしていますから、ほんと無駄な時間になっています。今後、テストやグループワーク等も重なってきて、忙しくなっていきます。ブログ記事投稿を抑え気味にして、一層勉強に力を入れていかねばなりません。優先順位を間違えないようにしていきます。今は非常に危うい選考過程にあります。そのことを意識して、勉強に取り組んでいきます。正念場、修羅場、土壇場です。

食前胃腸薬という大きな収穫

 ツイッター組長、今日発売の週刊SPAに登場するのですか、びっくりです。さて日付は過ぎましたが、昨日はクラスメートと数人と飲み会をしてきました。鳥貴族という焼き鳥チェーン店で、焼き鳥などを食べてきました。なぜか、女性陣は前半にパンケーキや雑炊を食べるというおかしなことをしておりました。鳥貴族さんやっぱり、美味しかったです。お酒も今回、珍しくビール、焼酎水割り、ウイスキーの水割りを3杯飲みました。会話も、まあちぐはぐな感じもありましたが、最後の方は少し盛り上がった感じですかね。まあ、こんなもんでしょう。普段、接する機会が少ないクラスメートだったので、仕方がない部分があります。但し、こうやって場を設けたことで、再度飲み会をやりやすくなりました。何でも積み重ねです。

 また最近、どうもお酒の席で、飲んだり食べたりすると、ムカつきを覚えて体調が悪くなることが多かったです。会話も楽しめなくなるので、問題視しておりました。よって今回、事前に調べて、飲食する前に食前胃腸薬を飲みました。あとヘパリーゼも。すると、食べたり飲んだりしても、ムカつきを覚えず、お酒の酔いも悪化しませんでした。もう少し飲めるぞ、食べられるぞという感じです。今年、苦労することも多い反面、収穫もありましたが、お酒の席での食前胃腸薬はとてつもなく大きい収穫です。早めに知っておけば、もっと色んな席で楽しめたのに、残念です。最近、飲み会恐怖症だったのですが、食前胃腸薬によりもう飲み会が少し楽しみになってきました。よい事もあります。

ツイッター組長の会食

 ツイッター組長(@6yamaguchigumi)のツイートを見ていると、先日の13日、美容整形の高須クリニックの高須克弥院長と漫画家の西原理恵子さんらと会食をしたことが明らかになりました。高須克弥院長のブログでも、会食の様子の写真がアップされています。高須克弥院長曰く「紳士」とのこと。ツイッター組長は後ろ姿しか写されておりませんでした。また14日には、ジャーナリストの鈴木智彦さんとツイッター組長の両方のツイッター上で、2人が会食したことが明らかになりました。

 2つとも公になっているので、取材目的の可能性が高いです。来週以降の週刊誌で、会食で話された内容とそしてツイッター組長についてのことが記事として出るかもしれませんね。現在は海外に旅行(?)に行っているというツイッター組長ですが、その事からしても、やはり神戸山口組内でもそれなりの実力者であることが窺えます。時代の流れでヤクザ組織の組長でも経済的に困窮している人は多く、特に現在の状況下ではさらに、金に困っている組長が大半です。その中で、海外に行くだけの経済力と余裕(文句が言われないということ)、ただものではありません。一体誰なのか。ますます気になる存在です。

トヨエツさんの新・仁義なき戦いを見たぞ

 昨日久しぶりに『新・仁義なき戦い』(2000年、東映、阪本順治監督)を見ました。豊川悦司さんと布袋寅泰さんが主演のものです。よく出来たヤクザ映画です。関西の広域ヤクザ組織トップの跡目を巡り、佐藤浩市さんと岸部一徳さんが演じる組長が争う展開が主な軸になっています。この映画に関しては、佐藤浩市さんより岸部一徳さんの方が演技力で優っていますね。岸部一徳さん、ヤクザの親分という雰囲気を醸し出せています。岸部一徳さんのキャラクターからして、真逆の役にも関わらず、いかにもいそうなヤクザの親分を演じられていました。あと、昔の東映任侠映画時代の脇役として活躍されていた志賀勝さんや曽根晴美さんの演技は作品に非常な安定感をもたらしていました。豊川悦司さんも良かったですね。刑務所帰りで不遇をかこつヤクザを演じた大和武士も独特な感じでよかったです。あと哀川翔さんや小沢仁志さんといったVシネマ方面の人も出ていて、良い味を出されていました。ヤクザ映画の新旧俳優陣が揃った貴重な映画です。テンポも良く、僕の中では上位に来るヤクザ映画です。

藤川球児さん阪神タイガース復帰

 13日夜(日本時間14日早朝)に起きたパリでの同時多発テロが被害の大きさによって反響を呼んでいます。犯行の主はISとフランス政府は見ています。パリという大都市で、またテロの危険性が認識されていた上で、大規模なテロを行える組織は多くありません。ISの可能性も大いにあり得ます。フランスも黙ったままではいないはずです。フランスがどう動くかはよく分かりませんが。一層きな臭い事態になりそうです。

 さて話題は変わり阪神タイガースです。藤川球児さん、阪神に復帰されました。阪神が毎年優勝争いに絡めるようになるまで強くなった2000年代後半以降、抑えの投手として大活躍していたのが藤川さんです。沢山試合に投げて、毎年防御率は0点台か1点台で、悪くても2点台と、素晴らしい投手でした。とくに直球の速さが突出していて、中日の強打者だったタイロン・ウッズさんでも振り遅れる姿が印象的でした(でもウッズ選手は大事な所で藤川さんを打ち崩していました。僕の中では、印象に残る外国人強打者です)。

 阪神では先発の役割を任せられるのも楽しみです。藤川さんは30代半ばということで、以前のように直球主体で三振を狙っていく方法はさすがに通用しません。なので抑えは難しい気がします。よって先発ということですが、藤川さん自身上手く先発仕様の投法に変わっていくことが求められます。阪神入団後、苦労された経験やメジャーリーグで活躍できなかったことなど、一流選手の中でも藤川さんには挫折と挫折の乗り越えてきた逞しさがあります。先発という課題に対しても、上手く対応できるんじゃないかなと思います。阪神時代同僚だった下柳剛さんのような変化球主体で、かわしてくる投法を見てみたいです。人気もある選手だったので、金本監督就任で沸く阪神ファンがさらに盛り上がります。

山口組元最高幹部の大石誉夫とは

 日本大学の名誉教授が10年前山口組の元最高幹部から2000万円を借りたものの、返済していない問題が、先週の報道で明らかになりました。山口の元最高幹部とは、1次団体・山口組最高幹部に値する顧問職と2次団体・大石組の組長を務めていた大石誉夫のことです。現在82歳の大石誉夫は2012年にヤクザ社会から引退しています。一方、大石組は現在も山口組2次団体として、岡山を拠点に活動しています。組織名が表すように、大石組は大石誉夫によって立ち上げられた組織です。大石組が山口組2次団体に昇格したのは1971年です。山口組三代目組長・田岡一雄の時代です。1971年から2012年までの41年という長期間に渡り、大石誉夫は山口組2次団体・組長として山口組の中枢部に関わってきました。現在の山口組六代目・組長である司忍が2次団体トップに就いたのが1984年です。近年の山口組において、大石誉夫同様に経験の長さを活かして、大所高所から助言・調整の役割を果たしてきた人物に、岸本才三がいます。2005年の六代目体制発足後、岸本才三は最高顧問に就任します。顧問の大石誉夫より格上の地位にいた岸本才三が2次団体トップに就いたのが1973年であり、大石誉夫の2年遅れです。大石誉夫が2012年までの山口組において相当な古株であったことを物語っています。
*今回記事を作成するにあたり『完全保存版 TOWN MOOK 山口組 百年の血風録』(週刊アサヒ芸能・特別編集、2015年、徳間書店)、『山口組の100年 完全データBOOK』(2014年、メディアックス)、『実話時代』各号、『週刊実話』2015年11月26日号、『日刊ゲンダイ』2015年11月10日号(9日発行)の情報を参考にさせて頂きました。

 大石誉夫は愛媛県新居浜市で、実兄の大石宮次郎とともに独立団体を結成、ヤクザの気キャリアを開始します。新居浜市時代の主な稼業として、映画館のスライド広告業がありました。テレビが普及する前、娯楽としての映像を提供する主要な場は映画館でした。映画館は日本各地に多数存在していました。今と比べて媒体としての存在感は大きく、映画本編の間に地元企業のCMフィルムが放映されていました。映画館側は対価として、地元企業に広告料をとります。広告を巡り、映画館と地元企業の間を介在したのが、大石誉夫が率いるヤクザ組織でした。つまり大石誉夫は現在の広告代理店ビジネスを稼業としていたのです。現在実業領域においてヤクザ組織の活動範囲は狭まり、詐欺などの犯罪領域でヤクザ組織の活動範囲が広がる状況下です。現在と比べて、戦後の日本はヤクザ組織が入り込める実業は多かったです。実業に絡めた経験は、後に経済ヤクザと呼ばれる大石誉夫にとって、大きな財産となったはずです。1961年、大石誉夫は岡山県に活動範囲を移します。当時岡山県のヤクザ社会で勢力を持っていたのが現金屋という組織でした。岡山県児島市を拠点とする現金屋は三宅芳一組長によって率いられていました。三宅芳一はヤクザ組織の親分であると同時に、1956年に児島市の市議会議員に当選し市議も務めていました。市議になった三宅芳一は児島市議会に大きな影響力を及ぼし、児島市の利権を現金屋に差配します。地方政治にまで関与することで、現金屋は岡山県にとどまらず、香川や愛媛、徳島まで勢力を伸張させます。大石誉夫の組織も、この頃現金屋の傘下団体になります。しかし三宅芳一が現金屋組長を引退した後、1964年現金屋は山口組の傘下に入ります。結局、現金屋は1965年に解散します。その後、岡山県内で基盤を構築した大石誉夫の組織が1971年、山口組2次団体に昇格することになります。

 現在の大石組は山口組側に残留していますが、大石組から内部昇格した池田組が山口組を離脱し神戸山口組側にいます。1992年に2次団体に昇格した池田組は、池田孝志を組長とし、大石組と同じく岡山に拠点を置いています。2次団体昇格後、池田組は全国各地に進出し、広域化しています。池田孝志は1982年大石組の若頭に就任し、1992年までの約10年間大石誉夫の片腕として活動していました。一方、現在大石組のトップを務めるのは井上茂樹です。2012年大石誉夫の引退に伴い、大石組組長に就任しました。井上茂樹も大石組で若頭を務めていました。山口組分裂の結果、現役時代の重要側近達が敵対関係に陥っている状況に大石誉夫は直面しています。分裂騒動後、大石組は窮地に陥っています。大石組の多くの組員が神戸山口組側に移籍したのです。大石組若頭であった前谷祐一郎が率い、愛媛県四国中央市を拠点にする功龍會は神戸山口組側に移籍しました。若頭がトップを務める組織が抜けた跡は大石組にとって大きいです。池田組という関係の深い組織が神戸山口組にいたことも、移籍の大きな誘因として働きました。当然分裂騒動は、大石誉夫にとって好ましくない事態です。最高顧問であった岸本才三は2007年に引退、2014年に死去しています。数少ない山口組有力OBである大石誉夫には、調停者としての役割を期待する声が上がってくるかもしれません。

風邪の治し方

 寒くなってきました。学校の方では、風邪を引いている人が多くなっていますね。毎年僕も、どこかの時点で、引いていますね。ただ治し方のパターンが確立していて、それなりに風邪になったとしも対処できるようになっています。もちとんなった時は、直るかどうか不安で仕方がありません。

 以下は私の個人的な治し方なので、ご注意ください。まずひいたら、風邪薬をしっかり飲みます。1回の食事の飲み忘れもないように注意します。当然、眠くなりますが、そこは我慢です。そして水分を沢山飲みます。水だと、味気がなく辛く感じるので、スポーツドリンクを大量に飲みます。そしてお風呂に入り、よく寝ることですかね。あと加えて、葛根湯も飲みます。治すことだけに、集中して、負担になるようなことはしません。そうすれば、だいたい1~2日で治っていますかね。病院で出してもらえる薬の方が効果的なので、ほんとうは病院に行きたいのですが、行けないですね。でもヤバイ時は、行った方がよいです。

 そういうことで、皆さまご自愛くださいませ。

今乗ってみたい鉄道

 僕は鉄道好きで、JRではなく私鉄や第三セクターが好きです。個々の特有の歴史があり、そこに興味を感じるからです。まだ乗っていない私鉄が沢山あります。今特に、興味があるのは。千葉の芝山鉄道(2駅しかありません)、徳島の阿佐海岸鉄道(こちらも3駅しかありません)、長崎の松浦鉄道、大阪の水間鉄道です。

 ただお金が…。まあ今は勉強あるのみで、「いつか行くぞ」という想いを持って、日々一生懸命過ごすのみです。でも、まあ行かずとも、あれこれ知るだけで、充分楽しいのですが。

明太子の話をしました

 今日はクラスメートのある人に、明太子についてプレゼンをしました。医療系の専門学校に通って、なぜ明太子について語ったのだという疑問が持ち上がると思います。最近読んでいる『博多学』(岩中祥史、2011年、新潮文庫)という本の影響で、昨日の雑談中、博多の話を振ったところ、明太子の話になりました。本には明太子を巡る話も書かれていましたので、明太子の話を僕がする約束を昨日したのです。

 受け流しても良いのでしょうが、せっかくの機会だったのと、実際明太子の開発に至るまでの経緯が面白いこともあり、『博多学』(岩中祥史、2011年、新潮文庫)からの情報を基に、放課後数分の時間をとってもらい、そのクラスメートにプレゼンしました。まずクラスメートがちゃんと興味深く聞いてくれたことは、嬉しかったです。凄く性格の良い方で、入学からずっとお世話になっていて、全く心配はしていなかったのですが。それでも改めて、自分がまとめてきた話を興味深く聞いてもらえたのは、表現者冥利に尽きます。

 ブログでも同じです。読んでいる人に、少しでも楽しんでもらえればと思っています。その為にも、日々情報を収集、分析し、文章表現力を磨かねばと思います。今は将来の経済的自立の為に、学校の勉強や演習を最優先にしなければなりません。よってブログは後回しですが(それでも、以前よりやっているような…)。読んでいる人を楽しませることを忘れないようにしていきたいです。

 今日は表現者としての原点を振り返ることができた良い経験でした。あと、何事も臆せず、チャレンジすることも大事だなと思いました。

明日はテスト

 明日はテストということで、先ほどまで勉強しておりました。でも休日だったので、午前中にはじめておけばよかったのに、と後悔しています。ダラダラ過ごして、ようやく夕方になってやり始めた具合です。テスト前は緊張しますね。テストに落ちると、再試があります。同時に新たな課題やテストを受けますので、負担が一層重くなります。ちょっとした躓きが大きく響いてきます。専門学校の過程は予想以上に厳しいです。油断せずに、一つ一つの難題を確実にクリアしていかねばなりません。ともかく頑張るのみです。

癒し(になるかな?)

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 写っているのはムーミンと「ご先祖様」。
 僕のクラスでは、ムーミンが流行っています。
 ちなみにムーミングループ内では、ムーミンは「カバ」と呼ばれています。

山口組分裂騒動を巡る他団体の動向

 8月末に起きた山口組分裂騒動後、山口組とその「親戚関係」にある他団体が結ぶ関係に変化が生じています。脱退した神戸山口組を支持、また好意を持つ団体が出てきているのです。分裂騒動前に、山口組が同盟関係を結んでいたヤクザ組織は11団体(都道府県公安委員会による指定暴力団に限ります)でした。ヤクザ組織は疑似家族制度をとっていることもあり、他団体を「親戚」と見なす形で、同盟関係を結びます。分裂騒動前に山口組と「親戚関係」にあった団体は以下の通りです。()内は本部所在地です。稲川会(東京都港区)、松葉会(東京都台東区)、双愛会(千葉県市原市)、会津小鉄会(京都市)、酒梅組(大阪市西成区)、親和会(高松市)、浅野組(岡山県笠岡市)、侠道会(尾道市)、共政会(広島市)、合田一家(下関市)、福博会(福岡市)。日本の指定暴力団は21団体あり、山口組と「親戚関係」を結んでいない指定暴力団は9団体あります。しかし「親戚関係」の非締結は、敵対関係を意味している訳ではありません。親戚関係の有無に関わらず、日本のヤクザ組織は他団体と交流しています。山口組も親戚関係のないヤクザ組織の弔事には幹部を送っています。山口組と「親戚関係」を結んでいない9団体は以下の通りです。()内は本部所在地です。住吉会(東京都港区)、極東会(東京都豊島区)、東組(大阪市西成区)、工藤会(北九州市)、太州会(福岡県田川市)、道仁会(久留米市)、浪川睦会(福岡県大牟田市)、小桜一家(鹿児島市)、旭琉会(那覇市)。
*今回記事を作成するにあたり『実話時代』2015年7月号、『日刊ゲンダイ』2015年11月3日号(2日発行)の情報を参考にさせて頂きました。

 山口組が他団体と「親戚関係」を結ぶ際にとっている方法は、主に2つあります。1つは義兄弟盃を交わす方法です。山口組と他団体の重要幹部同士が盃の交わしにより義兄弟になります。義兄弟の結び付きを、両団体の関係にまで発展させて、両団体が「親戚関係」になる仕組みです。山口組と稲川会の場合、2006年に山口組2次団体・弘道会若頭・竹内照明と稲川会2次団体・山川一家若頭・内堀和也の五分の義兄弟盃を交わしています。2人とも2次団体のナンバー2という立場でしたが、弘道会と山川一家はともに1次団体トップの出身母体です。トップを輩出した両団体の優位性を基に組まれた義兄弟盃でした。当然、他の2次団体の反発は生みます。ちなみに2006年時点で山口組と稲川会は初めて「親戚関係」になったのではありません。1972年から両団体は「親戚関係」を結んでおり、2006年の義兄弟盃は「親戚関係の更新」の意味合いが強いです。山口組は親和会とも義兄弟盃による「親戚関係」を結んでいます。侠道会とも結んでしましたが、山口組側の結んだ人物が現在神戸山口組の若頭・寺岡修だった為、この関係については微妙になっています。また松葉会とは組織間同士の親戚縁組をして、「親戚関係」を結んでいます。もう1つは後見人を務める方法です。山口組トップの司忍やナンバー2の髙山清司が他団体トップの後見人を務めることで、両団体を「親戚関係」と見なす方法です。後見人という意味から、山口組と後見される団体との関係が対等的でないことが窺えます。司忍が後見するのは双愛会、侠道会、共政会です。一方、髙山清司が後見するのは会津小鉄会、酒梅組(現在は後見を断っています)、浅野組、合田一家、福博会です。

 山口組と「親戚関係」にある団体で、神戸山口組を正式に支持したのが酒梅組です。また酒梅組は山口組の後見を断りました。近いうちに山口組との「親戚関係」は解消、両団体が緊張状態に陥ることは必至です。『日刊ゲンダイ』2015年11月3日号(2日発行)の溝口敦氏の記事によれば、侠道会は神戸山口組寄りと見られており、浅野組や共政会も神戸山口組側に近いとのことです。一方、稲川会や松葉会、会津小鉄会等は山口組支持を強く打ち出しています。

 山口組と「親戚関係」にない団体で、神戸山口組に協力的なのが浪川睦会、住吉会の幸平一家、旭琉会です。工藤会、道仁会、太州会、熊本会(非指定団体)の親睦組織「四社会」は、山口組と神戸山口組の両方とも交流しないことを決めました。テキヤ組織の極東会、鹿児島県内のみで活動する小桜一家、一本独鈷の色が強い東組の3団体は、組織風土から推測するに、中立・非干渉の立場を貫くと思われます。住吉会は中核2次団体の1つである幸平一家が神戸山口組に近い位置にいます。しかし幸平一家を除く住吉会の勢力は山口組を支持しています。山口組の2次団体・國粹会や落合金町連合からの「借りジマ」が大きく影響を及ぼしているからです。

 山口組にとって外交面において不利な風が吹いています。逆に、神戸山口組にとって、有利な風が吹いています。しかしこの構図も、今後様々に加わる要因によって、変化していきます。

一歩も退かないぞ

 最近の雑感記事では、ちょっと軽い非モテネタが続いていますが、今の生活の主流である学校生活はいつも楽しいものではありません。有難いことに、僕を慕ってくれる人、頼りにしてくれる人、一定数いて、その人達のおかげで30過ぎてからの学校生活をなんとか過ごすことができています。でも人と人が時にはぶつかり合う場でもあります。僕は何事も逃げずに、取り組んでいます。そうなると、当然色んな事が起きる訳です。色々、精神的に負担になることもあります。
 
 とはいえ、逃げてちゃいけません。器量を磨くチャンス。一歩も退いちゃいけない時は、退く気はありません。修羅場の数はそれなりに踏み越えてきました。自分に自信を持って、積極的に、生きていきます。常に奮闘です。

恋人がいなくても、強くなれる

 TBSラジオ『文化系トークラジオ』「なにが君のしあわせ?〜いま、承認問題を蒸し返す」(2015年10月25日放送)のポッドキャストを聞いていたら、「恋人がいるやつは強い」という内容のリスナーメールが紹介されていました。就職活動で落ち込んだ時でも、恋人の存在が自己を承認してくれるから、「恋人がいるやつは強い」ということです。

 確かに、恋人がいる人は強いし、周囲からも一定の承認を得ている気がします。服装とか、コミュニケーション能力も高い人に、やっぱり恋人はいる気がします。

 しかし、あえて言いたいです。もちろん「恋人がいないやつは、強い」とは言いません。ただ「恋人がいないやつも、強くなれる」とは言いたいです。さすがに、僕も「恋人がいなくてもOK」とは自己に向かっては言えても、このブログを通じて第三者にまで言えなくなってきました。

 一般的に、大人になれば(20歳過ぎれば)、恋人もしくは配偶者がいる人の方が、しっかりしています。生きていて、強く感じます。しかしだからといって、恋人がいない人はあきらめないで欲しいです。もし恋人が欲しい人は恋人を持つことを、恋人が欲しくない人でも強くなりたい人は強くなることを。強さがなければ、強くなれば良いだけです。まずは諦めない気持ちです。

 なんだが熱く語ってしまったです。明日からも「恋人がいなくても、強くなれる」で頑張っていきますか。

カップ酒

 学生ということもあって、贅沢はできないので、お酒に関しては色々と手を出せないですが。土曜日の夜だけは特別にいつものお酒(蒸留酒)に加えて、ビール1缶(350ml)と日本酒のカップ酒を飲んでいます。日本酒のカップ酒はレンジで温めて飲むので、寒くなってきた最近は特に美味しいです。なぜか、程よく酔えますね。いい気分になります。これまでも、それなりにカップ酒は飲んできましたが、温かい日本酒は悪く酔わない気がします。ゆっくり飲むからですかね。もちろん一番安いものを買ってしまうので、日本酒を極めていく方向に行っていないですが。また働きだして、お金を得たら、色んなカップ酒を飲んでみたいですね。全国各地のカップ酒とか。でも年末年始は少し飲もうかな…。アルバイトしますか。お金はなくとも、希望だけは捨てずに。色んなことに僕はあきらめないぞ。

恋する仕方

 恋する仕方、忘れちゃった

 という以上(↑)のセリフをどこかで、上手く言って、クラスメートのお腹が痛くなるぐらい笑わせてみたいです。でも意識すると、駄目なんだなー僕は。

ハロウィン

 ハロウィンでしたね。先週の土曜日は学校で授業でしたが、隣のクラスでは仮装した人達が沢山いて、びっくりしました。一方、僕のクラスは皆無でした。僕個人の意見としては、ハロウィンは毎年正直、虫唾が走りますね。変わったことを群れてしようとするのは気にくわんです。なんかそんなエネルギーあるんなら、もっと別のところに費やせよと思います。

 僕が専攻している学科は1学年2クラスあります。隣のクラスは、明るいですし、クラスメートが仲良く、良い雰囲気のクラスです。一方、僕のクラスは暗いというか、非協調的な範囲気があります。土曜日に隣のクラスを覗きに行って、「ふん。オメデタイ連中だな」と少し見下していました。一方僕のクラスでは仮装している人が1人もいなかったので、「僕のクラスはハロウィンというイベントに踊らされていない。クラス全体で確かな良識を示したぞ」と思っていました。

 ところが、僕のクラスの人に何人か聞いたら「いや。皆がするっていうなら、するよ」という声が返ってきました。恐らく、隣のクラスでは誰かが仮装をクラス全体に発案したのでしょう。一方、僕のクラスでは、クラス全体に向かってそういう発案する人がいないので、今回誰も仮装してこなかったのが実情のようです

 でも今回その話を聞いたら、一層ハロウィンに対して、嫌悪感を持ちました。正直「仮装したいのなら。独りでしてこいよ」という思いです。予定調和的に群れて可笑しな事をする。年中、はみ出したことに専念している表現者の僕に言わせると、ウザイの一言に尽きます。腹立たしいです。僕は今後も群れずに、孤高に毎日、影ながらの皆さんの応援を背に、はみ出す勇気を持ち、面白い表現にひたすら務めていく所存です。

織田絆誠とツイッター組長

 ヤクザ業界及び関連する実話誌で現在注目を浴びている人物の1人として、神戸山口組の若頭代行を務める織田絆誠がいます。8月末に起きた山口組分裂騒動後、神戸山口組の中核組織・山健組の傘下組織がある各地を織田絆誠自ら回っています。傘下組織の組員に直に会い、連絡事項を伝えている模様です。裏社会の組織にとって「直に会うこと」の価値は近年高まっています。電話・メール上の連絡では、敵対組織や警察当局から盗聴される可能性があるからです。織田絆誠は各地の傘下組織を鼓舞する一方、対立する山口組の2次団体の本部事務所付近に姿を見せるなど、挑発的行動もとっているという情報もあります。神戸山口組の活発的な動きを象徴する人物となっています。分裂騒動後、実話誌で織田絆誠が取り上げられ、知名度が上がっています。織田絆誠は1966年大阪で生まれ、現在49歳です。18歳で某ヤクザ組織(ネット情報によれば酒梅組)に入るものの後に脱退します。1988年頃山口組の傘下組織・倉本組に入ります。
*今回記事を作成するにあたり『週刊実話』2015年10月15日号、『実話時代』2015年3月、12月号、『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社)の情報を参考にさせて頂きました。

 倉本組は、1960年代山口組の全国侵攻において大きな役割を果たした2次団体・柳川組を源流としています。柳川組は大阪で独立団体として活動後、1959年山口組の傘下に入ります。1960年の明友会事件で収めた実績で、柳川組は同年に早くも2次団体に昇格します。以降、時には武力行使を用いる形で、全国各地に侵攻していきます。しかし警察庁による第1次頂上作戦が1964年に開始され、伸張が著しい柳川組は警察当局の標的にされます。1969年柳川組は解散に至ります。とはいえ、旧柳川組の勢力は山口組内に残り続けます。現在も柳川組を源流とする2次団体が山口組には存在しています。石川県金沢市を拠点にする昭成会、大阪や北陸を地盤とする一会、大阪を拠点にする章友会などがあります。ちなみに章友会のトップを務め山口組では顧問の立場にある83歳の石田章六は「柳川組四天王」と呼ばれた1人で柳川組の重要幹部でした。柳川組を源流とする倉本組は、倉本広文が設立した組織で奈良を本拠として、山口組四代目体制時(1984~1989年)に2次団体に昇格します。五代目体制時に、倉本広文は山口組の若頭補佐に就任し1次団体の執行部入りを果たします。1998年の倉本広文の死去後、倉本組は倉心会と貴広会に二分します。二分したものの、両団体は1999年に2次団体に昇格します。貴広会は後に、組織名を倉本組に改称します。ヤクザ社会では、一度途絶えた組織名を復活させることが度々あります。その際「名跡の復活」という言葉が実話誌で用いられます。しかし現在の倉本組は10月に山口組から除籍処分を受け、山口組から離れています。倉心会は現在も山口組の2次団体として活動しています。

 倉本組時代に織田絆誠は、1990年山波抗争において、敵対組織である波谷組傘下組織の幹部銃撃事件により、長期服役に至ります。懲役期間は「15年近く」とされています。抗争時の活動はヤクザ社会では「実績」となります。懲役中、織田絆誠は倉本組の若頭補佐の地位に引き上げられたと言われています。出所後、旧倉本組の組織には入らず、山口組の有力2次団体・山健組の傘下組織である健竜会に移籍します。山口組の3次団体にあたる健竜会ですが、山口組五代目組長の渡辺芳則が1970年に興した組織です。神戸山口組のトップであり山健組組長も兼任する井上邦雄は、山健組の組長に就任する2005年までは、健竜会のトップを務めていました。当時の山口組における健竜会の存在は大きいです。織田絆誠が健竜会に移籍できた要因の1つとして、服役中に同じく長期服役の身であった井上邦雄と知り合えたことがあります。井上邦雄は2000年に出所、健竜会の会長に就任します。1990年から「15年近く」服役していた織田絆誠は、その後出所して、井上邦雄がトップを務める健竜会に身を寄せたのです。織田絆誠としては、二分した旧倉本組の組織に戻るより、服役人脈を活かして有力2次団体の山健組内で活動するほうが、ヤクザとしてのキャリアを積めると判断したと思われます。織田絆誠は健竜会で幹部を務め、2004年頃健竜会から山健組の2次団体のトップに昇格します。その後、山健組の若頭補佐などを務め、井上邦雄を支えていきます。そして2015年9月5日、神戸山口組の初の定例会で、織田絆誠は山健組からの唯一の内部昇格者として執行部入りを果たします。9月24日、2回目の定例会で、織田絆誠は若頭代行に就任します。スピード出世を果たした人事から、井上邦雄の信頼が厚いことが窺えます。織田絆誠自身は邦道連合という組織を持っています。邦道連合が現在、神戸山口組の2次団体か、山健組の2次団体かは確認できません。

 織田絆誠の風貌も世間の耳目を集める上で上手く機能しています。織田絆誠の風貌は精悍な顔つきで、スタイルもよく、メディア映えします。また49歳という年齢よりも若く見え、50代以上の人物が実話誌の写真を占めることが多い中、新鮮に見えてしまいます。山口組側でその役割を果たしているのが弘道会の竹内照明です。同じく精悍な顔つきで、スタイルが良く、メディア映えがします。織田絆誠に比べてソフトな印象もあります。両者とも、現在の立場を考えれば、将来のトップ候補という共通点もあり、今後比較されることが多くなりそうです。

 ヤクザ業界でもう1人注目を集めるのがツイッター組長(@6yamaguchigumi)です。本人曰く「構成員18人ほどの某組長です」とのことで、また神戸山口組側の人物と告白しています。なりすましの可能性も高いですが、ツイッター上で発信される情報からは、ヤクザ業界に近い人間であると推測できます。ツイッター組長も織田絆誠同様に、分裂騒動後、全国各地を回っていることがツイッター上で明らかになっています。ツイッター上で発する「名古屋なう」は、神戸山口組の人間が弘道会の本拠地に来たことを示します。つまり山口組を挑発する行為であります。ツイッター組長はツイッターに2011年5月に登録しています。分裂騒動の前から、ツイッターをしていたことになります。仮にツイッター組長が、実際神戸山口組の傘下組織の組長であったとすると、当初は個人的な趣味でツイッターを始めたと思われます。分裂騒動後、ツイッター組長の存在は有名になってしまいました。ツイッターとは情報発信ですが、情報が不意に漏れてしまう側面もあります。よってヤクザ組織とツイッターは本来、親和性は高くありません。さすがにツイッター組長の存在が組織内で露見して、処分されそうですが、現在もツイッター組長はツイッターを続けています。このことを考えると、やはりヤクザの組長説は弱くなります。しかし仮にツイッター組長の存在が神戸山口組内で露見しても、神戸山口組に不可欠な人物もしくは地位の高い人物であったとしたら、話は別です。ツイッター使用の禁止を命じることはできません。ツイッター組長が今もって、ツイッターをできていることは、ツイッター組長が地位の高い人物であることを窺わせています。実際、ツイート内容から、頭の良い人物であることが分かります。ツイッター組長が「名古屋なう」など、各地に来たことを写真付きでツイートするたびに、山口組側に心理的不安をもたらしています。組長という反社会的組織の人間を名乗れている背景には、ツイッター組長の正体が今もって「不明」だということがあります。組長ではなく、一般人が組長を装って名乗っている可能性も否定できません。一般人である可能性が残っている以上、暴力団排除の動きが強まる中でも、「ツイッター組長(@6yamaguchigumi)」の存在を消すことはできないのです。つまり正体が「不明」であることが、組長としてツイートできる担保になっています。しかし正体が明らかになった時点で、ツイッター組長は恐らく消えるでしょう。
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