住吉会内の相反する動き

 9月26日、山口組総本部を住吉会の関功会長ら10数人が訪れました。山口組離脱グループによって結成された新団体・神戸山口組ではなく山口組を住吉会は支持したことを住吉会幹部らの訪問は意味しています。一方、住吉会の中核2次団体である幸平一家の加藤英幸総長は先日の神戸山口組の会合に出席しました。加藤英幸総長は、今回の山口組総本部訪問には出席していません。住吉会内におけるこの相反する動きは、住吉会の内部事情によるところが大きいです。住吉会の2次団体がそれぞれ持つ縄張りの状況によって、山口組への温度差が異なることが、相反する動きの背景にあります。
*今回記事を作成するにあたり『六代目山口組ドキュメント2005~2007』(溝口敦、2013年、講談社+α文庫)、『黒幕』(伊藤博敏、2014年、小学館)の情報を参考にさせて頂きました。

 住吉会の中核2次団体である小林会は銀座を主に縄張りとしています。しかし銀座の縄張りの全ての権利を取得している訳ではありません。元々、銀座を縄張りとしていたのは、関東の独立ヤクザ連合組織である國粹会の2次団体生井一家でした。関東ヤクザ業界特有の貸しジマ制度により、戦後、國粹会生井一家が縄張りを住吉会の小林会に貸し出してきました。小林会は、地代を生井一家に払うことで、銀座で裏稼業をする権利を得てきたのです。住吉会に集うヤクザ組織の出自は多岐に渡ります。幸平一家や土支田一家のように伝統博徒組織を母体とするヤクザ組織もいれば、戦後に誕生した新興ヤクザ組織もいます。小林会は戦後に誕生した新興ヤクザ組織の1つでした。幸平一家や土支田一家は賭場を開場していた地域を歴史的に縄張りとして持つことができました。一方、小林会のような新興ヤクザ組織は繁華街の縄張りを借りる形で活動するのが、首都圏においては一般的でした。戦後の関西のヤクザ業界であれば、力による奪取が慣習として根付いていました。しかし首都圏では、主に抗争ではなく、貸しジマという制度によって、ヤクザ組織の勢力差を調整する方法がとられてきたのです。小林会は戦後、小林楠扶によって結成されました。小林楠扶は右翼業界にも大きな影響を及ぼしました。小林楠扶は現在でも右翼業界で最大勢力を持つと言われる日本青年社を1969年に設立して、初代会長に就任します。住吉会においても、1990年に亡くなる際には住吉会(当時は住吉連合会)本部長の地位に就いていました。小林会二代目会長に就任した福田晴瞭は1998年に住吉会会長、2005年に住吉一家七代目総長に就任し、近年の住吉会の顔として活動してきました。

 しかし2005年、小林会をはじめとした関東ヤクザ組織に激震が走ります。國粹会が山口組の傘下に入ったのです。國粹会は銀座以外にも、六本木、浅草、渋谷などに縄張りを持っており、住吉会や稲川会に貸し出していました。小林会をはじめ関東のヤクザ組織にとって、借りジマのオーナーが國粹会から山口組に変わったことを意味する出来事でした。縄張りの賃貸契約中止を山口組から通達されても、文句の言えない立場に、住吉会や稲川会は追い込まれたのです。以前から山口組は首都圏に進出していましたが、関東ヤクザ組織の既存利権には踏み入れず、周辺の裏稼業に専念してきました。しかし2005年、國粹会を傘下に収めたことで、首都圏において堂々と関東ヤクザ組織と対峙できるようになったのです。2007年、東京西麻布で小林会の幹部が山口組國粹会の組員により射殺され、両団体で抗争が起きます。数日で終結に至りましたが、緊張関係にあったことを示す事件でした。以降山口組と関東ヤクザ組織間で、組員による小競り合いは起きるものの、組織間の抗争に至る事態は起きていません。警察当局による厳しい締め付けが大きな背景としてあり、山口組と関東ヤクザ組織の間で、均衡が保たれてきたといえます。ともかく、幸平一家のような伝統博徒組織を出自としていない多くの関東ヤクザ組織は、國粹会や國粹会から派生してできた落合金町連合から縄張りを借りている為、山口組の影響を受けざるをえないのです。

 住吉会内部において、小林会のような新興ヤクザ組織を出自とする2次団体は親山口組となり、一方幸平一家のように伝統博徒組織を出自とする2次団体は山口組に対して中立的な態度をとれるという温度差が生まれているのです。山口組と住吉会はヤクザ社会の同盟関係を意味する「親戚」関係ではありません。つまり2次団体レベルでは山口組に友好的にならざるをえませんが、1次団体同士では友好的関係ではないのです。また住吉会は現在、1次団体と2次団体を垂直的な関係で結ぶ直参体制をとっています。しかし直参体制を導入したのは2014年です。以前から、幸平一家は住吉会の中でも独立色の強い2次団体でした。「1次団体レベルでの山口組と住吉会の関係の弱さ」と「住吉会と幸平一家の関係の弱さ」という2要素も今回の住吉会内の相反する動きに大きく関わっています。
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クラスメートと新福菜館に行ってきた

 昨日はウイスキーを飲み過ぎたせいか、起きたのは11時前。昨日は結構早くに寝たのにも関わらず、普段の睡眠不足も関係しているんでしょうか。
 
 ところで昨日は、午前中で授業が終わり、土曜日ということで、クラスメートの男性1人と新福菜館という本店が京都にあるラーメン屋さんに麻布十番まで行ってきました。

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 東京には秋葉原店もありますが、土曜日の秋葉原は混んでいそうということで、麻布十番店にしました。僕達が行くと、店の前に他のお客さんが並んでいました。十数分程僕達も並ぶことにしました。

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 話しをしていると、時間はあっという間に過ぎ、店に入ることができました。注文したのは、ラーメン並、値段は700円ぐらいだったと思います。麺は僕好みの固めで、スープは濃い醤油味です。気になるのは、一緒に来たクラスメートの反応です。かなりのラーメン通で、学校内の雑談で「最近、ラーメン屋さんどこ行きました?」と尋ねると、いつも新しいラーメン屋さんの名前が出てくるほどです。今回誘ったのは僕なので、満足してくれるかどうかが気になるところでした。でも「美味しいです」と満足してくれた様子でした。ホッとしました。

 ただ、店を出た後に確認したのですが、量が物足りない感じです。焼きめしも販売している影響か、焼きめしとセットで頼ませようとする店側の思惑を感じました。その後麻布十番のスタバに入り、雑談をしました。主に音楽の話。32歳の僕の方がかなり年長になるのですが、20代半ばの彼は「昔の音楽」をよく知っていてくれて、共通の話題が多く楽しかったです。人と久しぶりに沢山話をしてリフレッシュできました。

飯能市に行ってきました

 昨日、埼玉県飯能市のある会社の施設で日雇いアルバイトをしてきました。都内から電車で約50分~1時間掛かります。飯能市には初めて行きました。新しめの住宅が多く、驚きました。ただ都内と違って、夜道が物凄く暗かったです。アルバイト先まで行きはバスを利用したのですが、帰りは歩きにしました。19時を過ぎていて外は真っ暗。想定外だったのは街灯の少なさです。都内以外の街ってこんな感じなのでしょうか。足元が全く見えませんでした。でも久しぶりに、夜の暗さを実感できました。

 日雇いアルバイトを通じてですが、飯能市の一端を知る事ができました。朝早く起きることもできたので、連休にアルバイトを入れて正解でした。バイト代の一部で何か美味しいものでも食べたいです。

色々なこと

 連休中に若干時間が持て余すことが分かったので、1日だけと思い、日雇いバイトに応募したところ。明日1日だけ、埼玉県飯能市で働くことになりました。学校の勉強の復習は連休中やっていますし、明後日に詰めれば、何とかなります。逆に時間があり過ぎると、メリハリがなくて、ダラダラ過ごしてしまいそうだったので。思い切って働くことにしました。バイト代によって多少日々の生活も潤いますし。

 ところで話は変わり、先週は反省すべきことがありました。朝通学路で女性のクラスメートに会って「おはようございます」と挨拶はするものの、そのまま速足で学校に1人で向かってしまいました。これまでも、こういうことは行っていました。しかし同じクラスになって、もう半年になるという時期で、さすがにこれは冷たい対応だったのかなーと思います。そのクラスメートは「勇気を持って。話しかけてこいよ。年上なんだから」という風に思っていなかったかなーと思います。恋愛とは全く関係なく、やはりクラスメートと朝通学路で会ったら、一緒に歩き緊張しながらも「今日は暑いですね」とか言うこと大切だと思うんですよね。会話の面白さの有無よりも、まずコミュニケーション自体を図っていくことが大切ですから。朝なかなか気分が上がらない時に難しいことかもしれませんが、頑張っていきたいです。

 あと恋の話でもしますか。といっても僕は相変わらず、何もありません。相変わらずの日々。でも若い子達は(20代半ばまでの子)、なんだか動きがありますね。一緒に帰っちゃったりしてる2人組が増えていますね。多少嫌味と言いますか、言わせてもらえば、恋愛にそこまで熱量を割けるのは、すごいなとも思ってしまいます。生活において、恋人の存在が大きいんでしょう。ただ裏返せば、自分の自信のなさが背景にあるんじゃないかとも思ったりします。自分を承認してくれる他人(恋人)をてっとり早く作って、自分を承認してもらっている。そんな安易な方法で、自分を慰撫しているように映ってしまいます。だいぶ辛口になってしまいました。でもやはり最後に言いたいです。恋人の存在は、複雑な人間社会の中では、何も担保してくれません。自分の信頼を築くのは自分しかありません。

このラーメンが上手い

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 上記の写真のカップ麺にはまっています。休日の朝は、前日が酒を飲んでいることもあって、だいたいボリュームがあって濃厚なカップ麺を好んで食べます。いつもはスーパーカップのトンコツです。この前、スーパーカップのトンコツが店で売り切れていて、仕方なく日清さんのデカブト黒マー油豚骨を手にしました。麺の良さを強調していたので、若干期待していましたが、期待通りの美味しさでした。

 麺の歯ごたえが抜群です。スープよりも、最近は麺の是非で、ラーメンの良さが僕の中で決まっています。カップラーメンの食べ過ぎはよくないですが、これからも美味しいカップラーメンは追い求めていきたいですね。

神戸山口組の概要

 日本最大のヤクザ組織である山口組を離脱したグループが9月初旬、新組織・神戸山口組を立ち上げました。山口組内において最多の組織人数を抱えていた山健組を筆頭に、離脱した山口組2次団体計13の組織によって主に構成されています。神戸山口組の体面的な特徴として、組織名称と代紋(紋章)があります。離脱元の山口組の名前を、新組織名に盛り込んでいます。またヤクザ社会で代紋と呼ばれる紋章については、離脱元の山口組の紋章を新組織の紋章として使っています。組織の存在を視覚的に訴えるのが代紋です。一昔前までは、代紋をデザインしたバッジがヤクザ組織の威光を示す物として機能していました。代紋はヤクザ社会で大きな意味を持っています。神戸山口組の行動から、山口組の正統性を主張していることが分かります。現在の山口組には歴代の山口組の正統性はなく、神戸山口組こそに歴代の山口組の正統性があるということを、神戸山口組は伝えています。神戸山口組側に立てば、「現在の山口組は従来の山口組と異なっている」ということを言いたいのです。神戸山口組を立ち上げた山口組2次団体は、親分(六代目組長・司忍)に逆らったという事実からは逃れられません。親分子分という絶対的な垂直的関係は、ヤクザ社会にとって大事な要素です。神戸山口組も親分子分の関係を否定することは、自らのヤクザ組織を否定することになります。神戸山口組としては、負の面を消去する大義名分が必要です。それが山口組の正統性です。
*今回記事を作成するにあたり『日刊ゲンダイ』2015年9月8日号(7日発行)、9月9日号(8日発行)の情報を参考にさせて頂きました。

 ヤクザ社会で「ヤクザ組織」として認められる為には、他のヤクザ組織から認められる必要があります。今回の山口組分裂劇報道でも活躍しているフリーライターの鈴木智彦が言う「相互認証」によってヤクザ組織は成り立っています。神戸山口組を構成する主要団体は山口組から絶縁処分(ヤクザ業界追放)を下されています。他のヤクザ組織にとって、神戸山口組の存在を認めることは、山口組の主張を無視したことになります。簡単に神戸山口組を認める訳にはいきません。しかし住吉会の中核組織である幸平一家の加藤英幸総長は、9月5日に行われた神戸山口組の初の定例会に参加していました。加藤英幸総長の行動は、幸平一家が神戸山口組の存在を認めたことを示しています。住吉会の傘下団体とはいえ、幸平一家の影響力は大きいです。神戸山口組がヤクザ社会で一定の立場を持ったことを意味しています。

 神戸山口組のトップには山健組組長の井上邦雄が就きました。神戸山口組の組員は約3000人と言われています。中でも山健組傘下の組員が半数以上を占めています。五代目渡辺芳則組長時代(1989~2005年)は、五代目組長を輩出した2次団体という立場を活かし、勢いがあった組織でした。神戸山口組の若頭は俠友会の寺岡修が就きました。俠友会は兵庫県淡路島の淡路市に拠点を置いています。神戸山口組の本部を淡路市に置くという話が持ち上がっています。山口組初代組長の山口春吉は淡路島出身です。本部の場所においても、山口組の正統性を主張していく神戸山口組側の狙いが透けて見えます。寺岡修は2007年に広島県尾道市を本拠地とする独立団体・侠道会の池澤望会長と五分の兄弟盃を交わしています。寺岡修が「山口組代表」としての色合いが濃かったとはいえ、兄弟盃を交わした中だけに、侠道会の動向は気になります。侠道会は愛媛県や高知県でも活動しています。副組長には宅見組組長の入江禎が就きました。宅見組の先代組長の宅見勝は五代目時代の若頭を務めていました。経済ヤクザの代表者とも語られ、資金獲得力が群を抜いていた人物です。しかし1997年8月、同じ山口組の中野会系組員により宅見勝は射殺されます。同年11月、宅見組組長の後を継いだのが入江禎です。分裂話が出た直後、情報戦の一環か、入江禎の引退話が浮上しました。しかし実際は、引退せずに、神戸山口組の幹部として働いていく模様です。関西の経済界に深く入り込んできた宅見組は、資金獲得面において神戸山口組を支えていきます。総本部長に就いたのは正木年男です。山口組時代には、マスコミとのパイプ役を務めるなど、知恵者として実力を発揮してきました。情報戦で鍵を握る人物とも言えます。

 神戸山口組の月会費(上納金)は、山口組と比べて、格段に低いことが明らかになりました。『日刊ゲンダイ』2015年9月8日号(7日発行)の記事でジャーナリストの溝口敦は「役付き30万円、中堅20万円、若中10万円と安い。弘道会が支配する従来の山口組では若中が支払う最低額でも100万円以上だから、その10分の1といえる」と述べています。神戸山口組の若中つまり2次団体の組長は、現時点で3名います。真鍋組(尼崎市)組長の池田幸治、雄成会(京都市)会長の高橋久雄、大志会(熊本県八代市)会長の清崎達也の3名です。3名は山口組時代においては、月に100万円以上の上納金を1次団体・山口組に支出していました。しかし神戸山口組の若中になった2015年9月からは、月に10万円の上納金で済みます。真鍋組、雄成会、大志会の3団体の経済的負担は格段に軽減されます。また山口組で存在していた雑貨用品の購買、中元や歳暮等が、神戸山口組では禁止となりました。しかし神戸山口組の2次団体の下部団体(3次団体)の上納金額が軽減されることは意味していません。あくまでも1次団体と2次団体の間の資金移動に変更があったに過ぎません。山口組の全2次団体は等しい組織内容を有していません。弘道会のように下部団体(3次、4次団体)を全国に多く持ち資金力豊富な2次団体がある一方、組員が少なく経済的苦境に陥っている2次団体もあります。神戸山口組にとって「上納金の低さ」は求心力となります。神戸山口組への移籍を秘かに望む山口組2次団体が出てくるはずです。対抗措置として、山口組は上納金やその他の経済的負担を減らしてくる可能性もあります。

連休が始まった

 長い連休に入り、学校もお休みです。昨日は一限だけ授業でしたが、学校に残って心理学のレポートを作成していました。17時には終わりました。一番の懸念事項だったので、ホッとしています。現在、勉強関係で遅れているのは、主要科目の復習だけなので、連休中に追いつきます。言い訳はしたくないのですが、やはり就職説明会の準備に追われて、なかなか復習に時間をとれなかったのが要因の1つです。とはいえ、子育てをしながら勉強しているクラスメートの方も、僕以上に忙しい訳であり、反省したいですね。どんな時があっても、その日のうちに復習することを心掛けていきたいです。

 ともかく連休中でやるべき事は、その復習と来週の小テスト対策勉強のみです。長い連休期間、全てを費やすほどではありません。なので空いた時間、どこかに行こうかと思うのですが、お金がないですし、人も多そうなので。いつも通り、海外ドラマのDVD鑑賞をして過ごそうかなと思っています。お酒も飲みながら。ワインとか飲もうかなと思います。お酒も飲み過ぎは良くないですが、適度に飲むのはストレス解消になります。尊敬する前会社の社長が昔「お酒は一番安く済む娯楽だ」と言っていたのを今でも覚えています。お金がかかるのは、ギャンブルと女性だそうです。

 5月の連休は学校生活、勉強に不安要素が多く、正直楽しむ余地は少なかったですが。今は、ある程度、学校生活や勉強で分かってきた所があります。もちろん険しい道には変わりありませんが。この秋の連休は、少し落ち着いて休めそうです。休む時に、休むのも大切です。ゆっくり休もうと思います。

天ぷらひらお

 九州の福岡市を中心に2015年9月現在、6店舗を展開する天ぷら料理チェーン・天ぷらひらおの存在を最近、知りました。

天ぷらひらおの主なメニューは、以下の通りです。
定食には、ご飯と味噌汁が付いています。

お好み定食(えび・いか・豚・白身・野菜3品) 830円
天ぷら定食(きす・白身・青魚・いか・野菜3品) 720円
あじわい定食(えび・鶏もも・白身・いか・野菜3品) 720円
あなご定食(あなご・ささ身・野菜3品) 720円
とり天定食(とりもも4枚・ササミ1枚・野菜3品) 720円
野菜定食(野菜7品) 670円
えび定食(えび4匹・野菜3品) 890円

↓が天ぷらひらおのサイト
http://www.hirao-foods.net/

 沢山の天ぷらをそれなりの価格で食べることができます。特長としては、天ぷらの揚げたてを、客の手元まで運んでくれます。熱い天ぷらを食べることができます。天ぷらは、大根おろしたっぷりの天つゆで食べます。またいかの塩辛や総菜などが、取り放題になっています。

 よく考えれば、具材も調理も安く済む天ぷら料理なので、客単価700円以上だとそれなりに儲かっていそうです。天ぷらを普段家で食べることのできない僕のような独身中年にとっては、有難いお店です。といっても、九州の地に足を踏み入れたことのない僕は、てんぷらひらおに行ったことがないのですが。是非九州旅行に行った時に、食べてみたいです。

ラグビー日本代表すごいです

 ラグビーワールドカップで日本が世界の中でも強豪中の強豪である南アフリカに勝利しました。はじめ、「日本、南アに勝利」の画面を見た時、「ウソーだ」と思ってしまったのですが、ほんとだったんですね。実は、東京に上京したての頃(2008年~2009年頃)は、よく秩父宮ラグビー場にラグビーを見に行っていました。野球、サッカーと好きですが、ラグビーも好きな競技です。

 いつだったか、ウェールズ代表が日本にやってきて、日本代表が破って、その時も快挙ではありましたが。今回は舞台がワールドカップなので、相手もあまり手を抜くことができません。ほんとうに今回の勝利はすごいことだと思います。

 ラグビーの試合は波乱が起きにくいと言われています。つまり、一般的に実力差通りの試合結果になります。前評判がいまいちでしたが、日本代表が着実に力をつけていった証拠です。とはいえ、今後戦う相手は日本より格上のチームばかり、ここからの全敗も大いにありえます。気を引き締め直して、臨んでもらいたいです。

見てくれている人はいる

 今日(日付的には昨日)学校に行ったら、嬉しいことがありました。朝、ある人に挨拶したら「土曜日(就職会)、お疲れさまでした」と言われ、一瞬何だと思いました。しばらくして、僕が就職説明会のリーダーをしたことに対しての労いの言葉だったことに気づき、恐れ多いですが「ありがとございます」と返しました。その人は隣のクラスの人で、僕よりも年長で、年齢にふさわしく立派な性格の持ち主なので、隣のクラスメートから慕われています。今回、同じ就職説明会のリーダーではなかったのですが、僕のことに気づいて声を掛けてくれたのでした。でもなかなかできることじゃないなと思います。正直、すごくうれしかったですね。

 また同じくリーダー職と務めた隣のクラスの人からも、「大変な所を任せてしまいましたが。よくやられましたね」と褒めて頂きました。これもほんとうに嬉しかったです。逆に、その人には、ほんとうに色々備品に関してお世話になりました。よく「見てくれている人はいるぞ」と言いますが、ほんとなんですね。とりあえずやってみることが大切だと思った次第です。

東芝社債

 不適切会計処理で市場から問題視されている東芝が15日に東証から特設注意市場銘柄に指定されることが、14日明らかになりました。問題が発覚した5月以降、500円台に届きそうにいた東芝の株価は下落し続けています。14日の終値は314.8円となっています。
*今回記事を作成するにあたり『日刊ゲンダイ』2015年9月12日号(11日発行)「プロはここを見る 経済ニュースの核心」(小林佳樹)の情報を参考にさせて頂きました。

 今後も東芝の株価の動向は予断を許しません。一方『日刊ゲンダイ』2015年9月12日号(11日発行)「プロはここを見る 経済ニュースの核心」(小林佳樹)によれば、冴えない株価とは対照的に、現在東芝の社債が注目を浴びています。社債とは企業が投資家に行う借金の1種です。例えば、東芝は2014年 7月25日に「第60回無担保社債」を発行しています。総額300億円の社債を投資家に買ってもらい、4年後の2018年7月25日に東芝が投資家に300億円を返済する仕組みの社債です。もちろん投資家にとって不可欠な利率もあります。年0.40%で、50万円分の社債を購入した投資家は1年に2000円の利子を得ることができます。4年間で8000円の利子となります。

 社債の特長は、期日の償還日に「戻ってくる金額」が確定していることです。つまり50万円分の社債を購入したら、期日には「50万円」が返済されることが大方読めるのです。特に東芝のような大企業であれば、社債が返済されない確率は低いです。一方、株の場合は、未来のある日に「売れる金顎」を確定することは難しいです。株は「借金」ではなく「出資」である為、社債とは異なる性格を有します。株は不確定要素が多いです。東芝の社債は現在3700億円発行されており、社債市場に流通しています。しかし不適切会計処理問題で、東芝の社債は格付け機関から格下げの指定に遭う可能性が高いです。投資機関によっては、「格下げになった社債」を売る決まりになっているところもあります。その流れから、東芝の社債は現在売られて、社債市場において東芝の社債は安くなっています。

 返済金額が確定している社債で儲ける為には、安く購入することが重要です。期日に「50万円」返済される社債が、社債市場において40万円で購入できるのであれば、10万円儲けることができます。東芝の社債は今そういう状況下にあります。夕刊紙に掲載された時点で、海千山千の投資家達はすでに先回りしています。一般人がこの動きに付いていくのは危険です。しかし大企業の不祥事において、該当企業の株と社債の価格は下がるものの、社債に至っては運用の機会になりうるということです。もちろん社債が返済できない、つまり企業自体が潰れないことが大前提にはなります。

就職説明会が終わりました

 昨日は、学校の就職説明会がありました。全体集合の12時の少し前にいって、前日やり残したことをやり、ようやく落ち着くことができました。全体集合後は、各施設の来場者の出迎えをしました。これもこれで大変でした。その時間帯の僕の仕事は、就職説明会を指揮する先生の「フリー」と呼ばれる任務です。忙しい先生に代わり、「●●と伝えてきて」「この紙をあのブースに貼ってきて」「椅子を教室に持ってきて」など、いわゆる何でも屋です。先生の前だけに緊張しました。来場者を迎えてからの14時から16時までは、就職説明会で、僕達1年生も参加しました。勇気を持って、空いているブースに飛び込んでいきました。でも各施設の担当者とのコミュニケーションの仕方は、もう少し勉強していかないといけないなと痛感しました。話を聞いている際も、後片付けのことが気になっていたことがあったのですが、緊張していたり、不適切な発言をしてしまったりと散々でした。実習やその先にある就職活動に向けて、日々コミュニケーションを磨いていかなければならないと思った次第です。

 就職説明会終了後は、後片付けをしました。しかし僕は先生の「フリー」の任務で、先生が来場者向けに行う講演の補助として、講演の方に行くことを余儀なくされました。よって後片付けは、別のリーダー職に任せました。講演の仕事が終わって、戻ってくると、きれいに後片付けが終わっていました。返却物もきちんとなっていました。混乱なく、やってくれたことに、同じリーダー職やクラスメートの協力に感慨深いものがありました。今回、色々協力してくれた人に対しては、今まで以上に信頼感が増しました。

 また講演から後片付け現場に急いで戻る際、専任の女性の先生とエレベーターが一緒になったのですが、「お疲れさまだったね」と労いの言葉を頂きました。先生と生徒の関係ですので、専門学校といえども、上下関係は明確です。勉強を頑張るのは当たり前なので、勉強面で先生から褒めて頂くことは通常ありません。なので先生から労いの言葉をもらえるのは、就職先の決定や資格試験の合格の時ぐらいかなと思っていたので、素直にとても嬉しかったです。就職説明会の仕事を引受けてから、約2週間と短かったですが、その期間は心休まることはなかったですが。しかし引受けたことで、良い経験と自信になりました。人によってはきずなも深くなったと思います。といっても、たかが2週間の準備で済むイベントですし、設営準備では戸惑うことが多く反省点も多かったです。それを踏まえて、今後の学校生活などを送っていきたいです。

就職説明会の設営が終わった

 今日は18時頃から20時30分頃まで学校で、明日の就職説明会の設営をしていました。正直、自他ともに僕が担当するエリアが一番大変です。実際、一番時間が掛かりました。またリーダーということで、色々指示を出さなければならず、苦労しました。冷静でいられなくなりましたが、なんとか平静を保ち、設営を終了させることができました。準備はやはりしといて正解でした。それでも、準備不足だなと痛感するところも、多々ありその時間帯はほんとにきつかったです。

 ただ協力してくれた人が沢山いたので、ほんとうに助かりました。優しい言葉もかけてくれて、精神的にも楽になりました。難事の解決は、1人ではできないなと思った次第です。とりあえず、就職説明会のリーダーの仕事は明日で終わりです。明日は来場者の案内と後片付けがありますが、今日に比べれば断然楽です。なんとか見えてきた感じです。今日はゆっくり休んで、明日に備えたいと思います。ともかく、協力してくれたクラスメート及び隣のクラスの方々には感謝です(とはいえ学校の人にはこのブログを教えていないのですが)。あと、多少、作業中感情的になったことがあったので、それは明日謝ります。

 その点は、まだまだ自分は甘いなと思いました。反省したいです。

就職説明会

 新学期早々、僕は学校の就職説明会のクラスの運営リーダーになって、色々就職説明会の準備を進めてきました。主に就職説明会の対象となるのは2回生で、僕達1回生は参加しますが、裏方も務めることになっています。明日は夜から会場づくり、明後日が就職説明会当日で、就職先となる病院や福祉施設から来られる方々を案内する仕事があります。なので、まだ何も終わっていません。しかしそれらの仕事をクラス全員で行うので、リーダーはそれを滞りなく進めることが求められます。

 正直に言えば、僕のクラスは仲が良くありません。隣のクラスは、クラス主催の飲み会を何度も開いていますが。僕のクラスは一度も開かれていません。僕自身、入学当初の4~5月は全くクラスに馴染めませんでした。和気あいあいと、皆で助け合って、という雰囲気が全くないといっていいます。今回なってみて、やっぱり辛いなと思うことが多かったです。でも、今回立候補した僕を含めて5名のリーダー職を選ぶ必要があり、1人は立候補してくれた男の同級性がいて、残り3人は僕が誘った所、引受けてくれました。誘った3名の同級生に関しては、その場で引き受けてくれました。このことは、すごくうれしかったです。

 色々、難しいことを潰していって、今日(日付的には昨日)、ようやくメドがつきました。配線やら、ブース作りやらと、情報も色々と変わり大変でしたが、準備万端で迎えることができました。でも隣のクラスのリーダーと今日話したら、「まあ、その場で」みたいないことを言っていて、こちらと比べて楽観的に構えているなと思いました。まっ、皆がついてくる組織だと、それで賄えるんでしょうね。でもうちのクラスは、うちのクラスで、頑張ってやってくれると信じています。その為にやってきました。あと今日1人で、色々準備し、借りた延長コード類を台車で事務局に返しにいこうと、教室に寄った際。若いクラスメート3人が「手伝えることありますか?」と言ってくれました。準備期間も1週間で、リーダー職以外のクラスメートは前日と当日以外手伝う義務はなく、実際声を掛けてくれる人はいなかったのですが。今回、初めてそういう声を掛けてくれて、正直嬉しかったです。

 まだ終わっていないので、気を抜かずに、最後まで就職説明会の為に、頑張っていきます。

新学期始まったけど…

 新学期がスタートして、少し経ちました。元々、群れる形で、人間関係を構築していなかったせいか、人と話す機会が少ないです。新学期早々、学校のイベントのリーダーを務めることになり、今気持ちの余裕を学校で持てないのも大きな理由ですが、以前よりは人が寄ってこなくなったような…。とはいえ、前期の4,5月もこんな感じでした。でも今、人間関係が固定化される中で、新しい友達を作っていくのは難しいような…。

 男一匹という言葉が好きな訳ですが、正直に申せば、周囲が楽しくしているのを見ると、少しばかり、羨ましい気持ちが芽生えなくもないです。「自分はこのまま、本当に独り身なのかな…」など悲観的に思ってしまいます。駄目ですね。今日は終始暗いです。

 まあ、今週末の学校イベントが終われば、気持ちが凄く楽になるので。それまでは、色々考えずに、イベントの為に男一匹の意地見せていきます。

 日陰に生きる者らしく、隠れた役割を称賛されることなく、コツコツとやっていく、それのみです。

ブログ名変えました

 「男一匹 おたの申します ブログ」というブログ名に変えました。なんとなくの気持ちで変えましたが、ともかく今後ともよろしくおたの申します。

幸平一家の新団体加入の動きは薄まったか

 9月5日神戸にて、山口組を離脱したグループで結成された新団体の初の定例会が開かれました。山健組の傘下組織の内部昇格もあり、計14団体が新団体を構成することになりました。内部昇格組織を除いた13団体は、山口組より先日絶縁・破門処分が下された13団体のことだと思われます。絶縁(ヤクザ業界からの追放)、破門(山口組からの追放)と、山口組が処分に違いを出したことで、離脱派の切り崩しを図っていると推測されていました。しかし現時点では、13団体に限っては、切り崩しには応じなかった模様です。

 また新団体に加入するという噂が出ていた住吉会幸平一家の加藤英幸総長も新団体の定例会に参加していました。テレビのニュースでは、新団体の長になる井上邦雄(山健組組長)が、帰りの車に乗り込む加藤英幸を見送る映像が流れていました。井上邦雄の対応からは、丁重さが漂っていました。ヤクザ組織の慣習に従えば、幸平一家が新団体に加入すると、井上邦雄の下に置かれることになります。ヤクザ組織のトップ(親分)が、今後子分になる予定の者に対して、特に公の場において、丁重な見送りをしません。また加藤英幸のノーネクタイの衣服からも、新団体加入の意思が薄いことが読み取れます。この映像がニュースで流れた背景には、「幸平一家は新団体に参加せず、新団体とは親戚関係(同盟関係)の結び付きでいくようだ」ということを世間に伝えたい警察当局の意図があったと推測します。抗争を未然に防止したい警察当局にとって、幸平一家の新団体加入の動きは、対立を激化させる大きな材料です。幸平一家の加入の動きが薄まったと思われる映像(井上邦雄の見送り)は、警察当局にとって、有難いのです。

 山口組が新団体の中核組織である山健組や宅見組などに下した「絶縁状」は、他のヤクザ組織に、「対象になった集団をヤクザ組織と認定しない」ことを要求するものです。つまり幸平一家の新団体の定例会参加は、山口組の要求を無視したことを意味します。新団体加入の動きは薄まったものの、幸平一家が山口組と敵対関係に陥ることは必至です。幸平一家の上位団体である住吉会は、日本の中で山口組と親戚関係(同盟関係)を結んでいないヤクザ組織の1つです。親戚関係にないという関係の緩さも、幸平一家が今回とった行動の背景にありそうです。一方、新団体側は、旧在籍組織から「絶縁処分」を下されたものの、幸平一家という大組織により「ヤクザ業界の一組織」と認められたことは今後の活動にプラスに働きます。

雑務も真剣に取り組んでいきますよ

 本格的な授業がスタートして、2日目ですが、思った以上に授業内容に入り込んでいけています。眠くなったりもせず(当たり前ですが)、夏休み明けですが、集中できています。ただよく考えると、前期過程をクリアした身としては、後期が実践的な内容とはいえ、知識が付いているので、結構内容を吸収しやすくなっているのかなと思いました。ただ、さすがに、疲れているのか、夜になるとどっと疲れが出てきますね。

 それとクラスの就職説明会のリーダーになりました。1学年上の2年生が利用する説明会なので、1年生の僕達は裏方の業務を担います。専任の先生の授業中に、「各クラスでまず1人のリーダーを決める」という話が出て、今回勇気を持って立候補しました。こういうのは苦手で、避けていたのですが、そろそろやっていかないといけないかなと思って立候補した次第です。もちろん立候補した背景には、自分自身、クラスの人間関係に慣れてきたことが大きいです。普段から、挨拶をはじめコミュニケーションをとっておくことの大切さを実感しました。また就職説明会で共にリーダー職として、協力してくれるメンバーを募ったら、1人立候補してくれて、本当に有難かったです。また僕の方で、3人のクラスメートを誘ってみたところ、快く応じてくれました。僕を含めて、5人でまとめていく感じです。僕らも学業があるので大掛かりなイベントではなく、ちょっとしたお手伝いだと思いますが、僕が最終的な責任を持つリーダーなので、気を抜かずやっていかねばと思っています。

幸平一家は果たして新団体に加入するのか

 8月下旬、突如表面化した日本最大のヤクザ組織山口組の分裂劇は日本の裏社会に衝撃を走らせました。離脱派は山口組内で最大勢力を誇る2次団体・山健組や有力2次団体・宅見組をはじめとした10超のヤクザ組織で構成されています。離脱派は新団体を結成する予定で、団体名は「神戸山口組」となるようです。その新団体に山口組以外のヤクザ組織が加盟するという話が、噂の域を超えないですが、インターネット上で持ちあがっています。多数の組織名が挙がっていますが、中でも注目の的は住吉会の2次団体・幸平一家です。幸平一家は「武闘派組織」と形容されるヤクザ組織で、新宿・歌舞伎町や東中野など都内を縄張りとしています。
*今回記事を作成するにあたり『新装版 ヤクザ崩壊 半グレ勃興―地殻変動する日本組織犯罪地図』(溝口敦、2015年、講談社+α文庫)、『六代目山口組ドキュメント2005~2007』(溝口敦、2013年、講談社+α文庫)、『実話時代』各号の情報を参考にさせて頂きました。

 幸平一家のトップは、十三代目総長の加藤英幸です。十三の代目の数が示すように、幸平一家は博徒組織として明治時代から活動してきた伝統あるヤクザ組織です。幸平一家の傘下団体として、加藤英幸総長の出身母体である加藤連合会、歌舞伎町で活動する義勇会、新宿や東中野を縄張りとする堺組などがあります。加藤連合会は、歌舞伎町の中でも、突出した戦闘力を持つヤクザ組織と言われています。加藤連合会の存在こそが、幸平一家を武闘派組織と呼ばせています。『六代目山口組ドキュメント2005~2007』(溝口敦、2013年、講談社+α文庫)によれば、幸平一家の組織人数は約800人(245P)です。上位団体の住吉会は、警察庁の「平成26年の暴力団情勢」によれば、構成員3400人、準構成員5100人の計8500人を抱えています。幸平一家の組織人数を明らかにした書籍の情報が古いので正確性を欠きますが、単純に比較すると住吉会全体の約10%の組織人数を擁しているのが幸平一家です。加えて、他のヤクザ組織との抗争や内部抗争が少ない住吉会において、「武闘派組織」と形容される幸平一家の存在は異彩を放っています。

 現在の住吉会は、2次団体を「傘下団体」とする垂直的な組織形態をとっています。住吉会の現会長である関功が会長に就任した2014年に、開始された体制です。2014年以前は、一時期を除いて、住吉会自体は「連合会型の組織」であり、2次団体は「参加団体」として位置づけられていました。とはいえ近年は、住吉会を構成する大半のヤクザ組織が、住吉一家という巨大2次団体の「傘下団体」になっていました。唯一、住吉一家の「傘下団体」にならなかったのが、幸平一家でした。つまり2014年までは、住吉会の中で、唯一「参加団体」という立場にいたのが幸平一家だったのです。現在、幸平一家の加藤英幸総長は、住吉会において総本部長という最高幹部級の地位に就いています。

 関東のヤクザ業界の特徴の1つに、「貸しジマ」という縄張りの賃貸システムがあります。老舗博徒組織を母体とするヤクザ組織は歴史的に縄張りを沢山持っています。一方、新興のヤクザ組織は縄張りを持っていません。関西の場合、抗争などの強硬的手段により、縄張りを奪う方法が一般的です。しかし関東の場合、抗争という選択肢に加えて、縄張りの貸し借りにより解決する方法が存在しました。それが「貸しジマ」です。老舗博徒組織を母体とするヤクザ組織が新興ヤクザ組織に既存の縄張りを貸し出し、代わりに賃料を受け取ります。一方、新興ヤクザ組織は借りた縄張りで資金獲得行為をすることができます。つまり老舗博徒組織を母体とするヤクザ組織は「縄張りの所有権」を維持するものの、「縄張りの利用権」を新興ヤクザ組織に貸し出すという仕組みです。表社会では認められない「縄張りの所有権」ですが、関東のヤクザ業界内では、長年強く認められてきた権利です。都内の繁華街の縄張りを「貸しジマ」として主に提供してきたのが國粹会です。國粹会は老舗博徒集団が集った独立団体でした。しかし2005年、國粹会は一転山口組の傘下に入ります。國粹会の山口組入りは、都内の繁華街の「縄張りの所有権」が國粹会から山口組に移転したことを意味します。関東ヤクザ業界の慣習に従えば、國粹会の縄張りを借りている住吉会、稲川会傘下のヤクザ組織は、縄張りの返却を山口組から告げられたら、返却しなければなりません。山口組は強引な縄張り返却を実施しませんでしたが、2005年以降、首都圏において山口組の影響力は増していきました。

 現在、旧國粹会を母体とする組織として、國粹会と落合金町連合という2つの山口組2次団体が存在しています。今回の山口組の分裂劇では、この2団体は、山口組に残留しています。おそらく幸平一家も國粹会や落合金町連合から縄張りをいくつか借りていると思われます。もし山口組と敵対する神戸山口組に幸平一家が加入すれば、当然國粹会や落合金町連合から、縄張りの返却を求められます。しかし幸平一家は老舗博徒組織という顔も持っている為、すでに所有している縄張りも多いです。加えて、旧國粹会の縄張りは銀座や六本木が多く、幸平一家にとって大事な歌舞伎町に旧國粹会が影響力を持っていたという話は聞きません。ともかく國粹会と落合金町連合が現在幸平一家に貸し出している縄張りの数によって、幸平一家の今後の行方は左右されます。もし國粹会と落合金町連合が幸平一家に貸している縄張りの数が多ければ、神戸山口組に加入する可能性はないでしょう。一方、國粹会と落合金町連合が幸平一家に貸している縄張りが皆無か少なければ、神戸山口組に加入する可能性は残されています。しかし神戸山口組に加入となれば、住吉会を脱退しなければならず、幸平一家は住吉会を敵に回すというリスクを背負うことにもなります。
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