今年一年ありがとうございました

 今年もアウトロー(もっともっと声を小さくして言えば任侠道←このご時世使いにくい言葉になってしまった)精神を忘れずにやってこれたと思います。真面目に働く人達の邪魔をせず、影からそっと支えることです。そして修羅で鍛えた己の才覚と意地でやっていくことです。このブログを見ている人も、おそらく日向に咲く花のようにリア充な人ばかりでなく、日陰に咲く花のようにアウトローとして生きる人が多いはず(と断定させて頂きます)。ますます厳しくなるアウトローへの風当たり。それでもアウトローとしての矜持を忘れずに、頑張って生きる人に優しくしましょう。例えば運良く電車の席に座れても、座ったらまず周りを見回して、マタニティマークのカバンがないか確認し、いれば席を譲るなどです。アウトローにもできることがあります。そして己の器量を高めることを忘れずに、どこかで時間を見つけて、己を高める努力をして下さい。自分なら文章力向上ですね。私も貪欲にやっていきますよ。

 このブログをご覧の皆様方の、来年のアウトローとしての誇りある生き方をお祈りしております。今年一年ありがとうございました。
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芸能スキャンダルを報道できる週刊文春の背景

 週刊文春が傑出している点は「芸能面におけるスキャンダルの発掘力」です。ジャニーズ事務所のアイドルやAKB48の女性アイドル、有望若手俳優・女優、また大物芸能人などの隠したい一面を真っ先に報じています。週刊文春が報じて初めて、芸能ニュースとして確立された例は多数あります。他誌が報じていない段階で、世間が注目する特定情報を流せる週刊文春は、マスコミの中で希少性のある媒体です。

 政治家の醜聞も時に報じる週刊文春ですが、量の面から見れば、芸能人のスキャンダル記事が多いです。週刊文春に限らず雑誌全般において、新聞などの他媒体と差別化できるのが芸能情報です。経済や政治情報は、人員を多数割ける新聞社が優位に立っています。経済や政治のスクープの多くは、新聞社によってもたらされています。他媒体に存在しない独自の情報を載せないと、雑誌は買ってもらえない宿命です。一般紙と呼ばれる新聞は、「社会的な公器」という印象を保つ為に、芸能人のスキャンダル情報を報じません。一方、雑誌は大いに芸能情報を報じることができます。芸能人のスキャンダル情報はどんな時代でも需要があります。私達の生活に関わってくる経済や政治情報と異なり、芸能人のスキャンダル情報は無責任に楽しむことができるからです。

 ただし雑誌全てが週刊文春のように芸能人のスキャンダルを扱っている訳ではありません。多くは芸能人側の宣伝情報の類を載せることに終始しています。週刊文春という発掘集団が他の発掘集団よりも、「芸能人のスキャンダル」という山に対して発掘スピードが速い印象を世間は持っています。しかし週刊文春は「速報性に優れた媒体」ではありません。発掘集団自体の数が少なく、競争が低い状況下にあります。ライバルが少なければ1位になれる確率は高まります。「1位という結果」は人々に「速い」印象を与えます。「週刊文春は速報性に優れている」と見えてしまう仕組みがあるだけなのです。週刊文春の希少性の拠り所は、速報性ではなく、「多くが発掘したがらない山を発掘できる力」にあります。

 週刊文春の発行元は株式会社文藝春秋(以下、文藝春秋)です。出版業界における存在感は大きいです。同社は、『恩讐の彼方に』『父帰る』等の作者である菊池寛によって1923年に創立されました。同年に関東大震災が起きています。1935年に芥川龍之介賞、直木三十五賞を作ったのは同社です。芥川龍之介賞は純文学作品を対象とし、直木三十五賞は大衆文芸作品を対象としています。現在まで続く2賞は文学界の中で抜群の知名度を誇ります。受賞した作家は一躍有名人となり、本人の器量次第では多方面で活躍することができます。出版業界において主導的な役割を果たしてきた会社です。大きい会社は雑誌に掛けられる予算も大きいです。長年培われたネットワークもあります。芸能情報に限らず様々な情報が集まりやすい会社です。

 「芸能人のスキャンダル情報」と「文学界に顔が利く老舗の大手出版社」との組み合わせ、「不真面目」と「真面目」という要素の組合せでもあり、一見奇妙に映ります。芸能人のスキャンダル情報は、特段得意分野を持たない新興出版社と相性が良さそうな印象を持ちがちです。しかし新興出版社では芸能人のスキャンダル情報を扱えません。芸能人のスキャンダル情報を嫌う勢力はいます。標的になった芸能人本人はもちろん、その芸能人を傘下に置く大手芸能事務所、広告代理店、その芸能人をCMに採用しているスポンサー企業です。新興出版社や中小出版社にとって敵に回せない存在です。例えば、新興出版社や中小出版社であればあるほど、部数が見込める芸能人の著作を出版したい動機を持っています。対抗できるのは、既存の有力媒体となっている、大手出版社だけです。週刊文春以外で、芸能人スキャンダル情報を扱う雑誌として『FRIDAY』が挙げられます。『FRIDAY』の発行元は業界大手の講談社です。芸能人のスキャンダル情報を扱えるか、扱えないかの基準は、出版社の規模で決まってくるのです。

 大手出版社の中でも週刊文春を持つ文藝春秋がとりわけ多方面の芸能人を攻撃できる背景には、漫画雑誌・ファッション誌を持っていないことがあります。少年・青年漫画雑誌の表紙に、AKB48所属女性アイドルや大手芸能事務所の若手女優の写真が掲載されます。女性ファッション誌の表紙も同様に、彼女達の写真が使われます。またジャニーズ事務所のアイドルのインタビュー記事が、女性ファッション誌に掲載されます。漫画雑誌・ファッション誌を持つ大手出版社は、コンテンツを提供してくれる大手芸能事務所が嫌がることを避ける側面があります。一方、漫画雑誌・ファッション誌を持たない文藝春秋は、大手芸能事務所を臆する必要がありません。もちろん週刊文春でも諸事情によって載せられなかった芸能人のスキャンダル情報はあるでしょう。Bという人物のスキャンダル情報を提供する替わりに、Aという人物のスキャンダル記事掲載を撤回してもらうという交換取引が、日々行われている事は想像に難くありません。

携帯電話料金が高杉

 この前通帳を記入する機会がありました。記入された通帳を眺めていると、引き落とされた携帯電話料金の金額が目に入りびっくりしました。なんと7千円を超えていました。高過ぎです(タイトルはふざけてみました)。遡ってみると、最近はだいたい7千円前後の金額でした。そういえば昔は紙の請求書が毎月送られてきて、料金確認する機会がありました。しかし、いつからか紙の請求書がなくなったので、最近携帯電話料金を確認していませんでした。

 詳細な料金プランを忘れてしまったのですが、確か電話を頻繁に使うと高額になってしまいます。しかし最近電話を長く掛けた覚えがありません。気になるのは、長い文のメールを何回かしたのと、ツイッターを見ていることです。とはいえ、どちらもコストが掛かるようなことではないと思うのですが。ガラケーにも関わらず、7千円は非常に辛いです。スマホを使っている料金と変わらないんじゃないですか。
 
 今度auショップに行って、現在の料金プランの詳細や見直しの是非を聞いてみます。ちなみにau田中社長の実家は、大阪で米穀店と弁当屋をやっているらしいとのこと。au社員はそこで弁当を買って、それをスマホで撮ると、社長決裁がスムーズになるという都市伝説級の噂があります。大企業なので、そんな事は絶対にないでしょうが。ともあれ、携帯電話料金安くしてもらいたいものです。安く済めば、値段の高い弁当も買えます。

 皆さんの携帯電話の料金はいくらぐらいですか。どうやって安くしていますか。いい知恵があったら教えて下さい。さて寒さが続きます。皆さんご自愛下さい。今週は年末年始休みなので、雑感のブログ更新を30日か31日にしたいと思います。なので今年の振り返りはその時に。まあ特に何もないので、「●●食べてきましたー」とか、「来年こそ青森に旅行に行きたい」とかの話になりますが。よし、散歩行って体鍛えてきますかね。

渡辺麻友がパチンコばかりやって借金苦に陥ってしまった女性役を演じることはない

 何気に今週は真面目な事で忙しいです。さて雑誌『FACTA』の最新号の記事で、興味深い事を知りました。アイドルグループAKB48を運営する会社はAKSです。現在、AKSの親会社になっているのが京楽産業という会社です。『FACTA』(2015年1月号)によると「名古屋でパチンコ・パチスロ機の製造・販売や直営ホール6店舗を展開する」会社です。ちなみに社長榎本善紀は、女優伊東美咲の夫。2011年からAKSの株を取得しはじめ、現在は完全に支配しています。狙いの1つがAKB48をモチーフにした遊技機の販売です。実はその前の2008年に、京楽産業は子会社を通じて同じ名古屋を拠点とするSKE48の運営をしていました。

 なるほどSKE48でアイドルビジネスの旨みを知って、AKB48まで買った流れです。パチンコ会社とAKB48は一見不釣合いなイメージを持ってしまいますが、よく考えれば、客に極端に金を使わせるという両者のコアな部分は共通しています。気になって大阪を拠点とするNMBを調べてみると、主力メンバー山本彩、渡辺美優紀を含め多くのNMBメンバーがKYORAKU吉本.ホールディングスという会社に所属していました。京楽産業と吉本興業の2社が関わっている会社です。またNMB公式サイトの「会社概要」には、KYORAKU吉本.ホールディングスの名が記されています。一方HKT48、SKE48の公式サイトの「会社概要」には、AKSの名が記されていました。大阪芸能界で圧倒的な地位を占める吉本興業側への配慮か、それとも吉本興業の入り込みか、真相は分かりませんが、吉本興業の影響力の強さを物語る話です。ともかく京楽産業が日本のアイドルグループを支配している実態があります。

 AKB48グループのアイドルが出演するドラマで「パチンコばかりやって借金して人生おかしくなってしまった」というエピソードは流れないということです。もちろんパチンコばかりやって借金苦に陥ってしまった若き女性役を演じることはないということです。本当は、そういう事こそドラマで伝えるべきなのでしょうが。

利益を見込める舞台公演とは

 舞台公演は収益性が低い事業です。舞台公演の売上は言い換えると、「席数の販売」であります。例えば、席数1000の劇場で10公演を実施した場合、販売できるチケットは1万枚です。人気があり1万を超える予約があっても、音楽CDや映画DVDのように増産して対応することができないのが、席数商売の宿命です。1万枚のチケットを全席5000円の価格で販売して、仮に完売した場合、売上は5千万円になります。5千万円が売上の上限額です。また舞台公演における費用部分は小さくありません。劇場を一定期間借りる為の劇場使用料、舞台美術や照明に掛かる費用、俳優に払う出演料等、舞台公演の主催者は多額の金を必要とします。売上に上限があり、費用部分が大きいので、舞台公演は少ない利益しか生み出せないのが実態です。

 舞台公演のチケットを売るのは至難の業です。映画は1枚2000円未満の料金です。一方、席数が限られ費用が高い舞台公演は、薄利多売の手段でチケットを販売する映画事業とは、性格を異にしています。限られた客を相手にして利益を生み出すのなら、自ずと1枚3千円~1万円という高価格帯でチケットを販売することになります。無料でテレビドラマを視聴できる現在において、数千円を払って見る舞台公演の需要は決して多くありません。舞台公演から人の足を遠ざけている要因として、鑑賞に伴う身体的・精神的負担は見逃せません。映画鑑賞も同様ですが、約2時間同じ席に座り続ける行為は、身体に負担を掛けます。さらに舞台の内容は、映画以上に鑑賞する人に集中力を求めてきますので、精神的にも負担があります。この負担を嫌って、舞台公演に行かない人は多いです。舞台公演の主催者はこれらのマイナス要素を抱えてチケットを売っていかないといけません。

 利益を生み出している舞台公演もあります。劇団四季をはじめとした大規模劇団や有名俳優が主演する舞台公演です。有名俳優という「広い市場を持つ商品」×舞台公演という「限られた市場」の組合せは、商売上優位に立つことができます。テレビドラマの主役を何度もつとめた事がある有名20代俳優は全国的に知られた存在です。日本全国という市場で商売している存在と言えます。その有名20代俳優が東京と大阪の劇場で一定期間公演される舞台に主演することになったとします。先ほど述べたように、舞台公演の席数(チケット)は「限り」があるのが特徴です。基本的に席数を増やしたくても増やせません。舞台公演とは「限られた市場」です。広範囲から客を呼べる一方、売れる場が限られていれば、買う難易度は高くなります。人々の購買意欲を促進させます。「舞台公演に出演する有名20代俳優」を見たければ、チケットを購入するしかありません。

 他分野でもこの組合せは採用されています。観光地で有名な京都は、「観光市場の中で知名度の高い存在」(=「広い市場を持つ商品」)×「京都という特定の土地」(=「限られた市場」)の組合せで、日本内外から沢山の観光客を呼び込んでいます。行列のできる有名個人ラーメン店の場合も同じです。「ラーメン業界では伝説的な店として知られている」(=「広い市場を持つ商品」)×「限られた地域に限られた店舗数のみ存在する」(=「限られた市場」)の組合せで、ラーメン好きな人達を沢山連れてきています。組合せを構成しているのは、「広い市場を持つ商品」と「限られた市場」です。この構成内容を変えて、考えてみましょう。まず「広い市場を持つ商品」×「広い市場」であれば、どこでも買える状況下になる為、人々の購買意欲を促進できません。また「限られた市場、つまり狭い市場しか持たない商品」×「限られた市場」の場合、商店街での商売同様、売上規模が小さくなります。最後の「限られた市場、つまり狭い市場しか持たない商品」×「広い市場」の場合、商品の波及効果が全く発揮できません。

 先程の有名20代俳優の場合、主演してきたテレビドラマにおいては「広い市場を持つ商品」×「広い市場」の組合せで展開していました。一方主演する舞台公演では「広い市場を持つ商品」×「限られた市場」の組合せに切り替わります。この経路こそが利益のある舞台公演を実現させます。舞台公演は、有名になった俳優(だけ)が稼ぐには良い手段なのです。逆に、有名ではない俳優が舞台公演に主演した場合、「限られた市場、つまり狭い市場しか持たない商品」×「限られた市場」の組合せの展開になるので、利益を出すことは難しいです。

 無名な劇団が新規の客を呼び込む為には、まず所属する劇団員がテレビに出ることが重要です。「無名な人」を短い期間に「有名な人」へと変換させる機能を「テレビという場」は持っています。テレビドラマの脇役として出演して知名度を上げることで、劇団に新しい客を連れて帰って来ることができます。

エンターテイナーは奢られてはいけない

 東京は昨日、雨と相変わらずの寒さで、散歩するのに苦労しました。ところで、今回の年末年始は事情やスケジュールがあって、実家の京都には帰らず東京で過ごすことになりました。本当は帰りたかったのですが、残念です。そういえば、出席はできないけど、劇団の後輩が確かそろそろ結婚式を挙げるとのことで、二次会辺りに呼ばれていました。実は硬派を気取る私も一度だけ、結婚式の二次会に呼ばれたことがあります。オトナの領域でした。もちろんHな意味ではなく、大人のちゃんとした出会いの場みたいなことです。男女の出会いの場として、「結婚式の二次会」>「合コン」という序列が世間一般にありますよね。でも何もなかったですけどね。うん、知らない人には話しかけられない性格です。とても前向きな感じ(もしくはカジュアルな感じ)で、連絡先とか聞けません。何度行っても同じです。やはり体の半分が意地と気合いで出来ている自分は誇り高くアウトローの道を生きていきます。

 もちろん上の文章で、同情を売っている訳ではありません。私はアウトローであり、エンターテイナーでもあります。エンターテイナーは同情ではなく、夢を売るのが仕事です。皆を意地でも楽しませないといけません。でも偽エンターテイナーも多いのも事実。「売れなくて、貧乏してまーす」と言ってアピールする人、皆さんの周りにもいませんか。エンターテイナーである以上、おそらく貧乏である場合が多いです。貧乏であることは仕方がないし、そこは責められません。しかし堅気の人々に同情を買わせるような真似はしてはいけません。もちろん自虐ネタで人を笑わせるのはOK。しかし「もしかしたら俺だけ。奢ってもらえるんちゃん」という期待を抱いて、堅気の人ばかりの飲み会に出て、あらかさまにそういったアピールをして、堅気の人を困らせたりしてはいけません。堅気の人も色々と苦労するご時世です。

 ヤクザもエンターテイナーも堅気の人を困らせてはいけないです。金がないエンターテイナーは、飲み会に誘われても意地でも行かない、これがエンターテイナーの矜持です。SNS等で奢られ自慢をする偽エンターテイナーをちょくちょく見掛けますが、この上なくカッコ悪いです。奢られている限り、「奢られている器」から脱することができません。いつまで経っても、立派なエンターテイナーになれません。人としての大きい器にならないといけません。私もエンターテイナーである限り、同情を売る生き方はしません。人から奢られたりしません。また大人として、偽エンターテイナーが飲み会の場にいたら、「君。何を同情買うマネしてるんだ。君、勘違いしている」としっかりその場で叱っていきます。

 今日は熱くなってしまいました。エンターテイナーである以上「堅気の人に奢ってもらわない」は徹底すべきだと思っています。もちろん、堅気側から好意にしてもらう場合もある時は、受けたらよいです。しかしその時は、きっちりお礼及びお返しをすることは忘れてはいけません。このブログをどれだけエンターテイナーが見ているのか分かりませんが、もしかして見ているエンターテイナーの人がいたら。「堅気の人に奢ってもらわない」ことを心掛けて、忘年会シーズンを送って欲しいです。日夜額に汗して働く堅気の人々を楽しませることのみがエンターテイナーの役割なのであり、存在理由なのです。

エンターテイナーになる

 今日は寒いですね。お腹もすきますね。おでんとか、ラーメンとか、食べたいです。あと鍋ですね。あー、食べてないですね。白身魚、カキ、鶏肉、実家ではよく鍋食べてました。

 あと僕はエンターテイナーになります(武井壮さんの影響です)。学生時代は演劇サークルに入っていたので、実力や覚悟はともかく、エンターテイナーの端くれでしたので。復活です。もちろん気持ちだけの変化に過ぎないのですが。僕も武井壮さんに倣って、周りの人を楽しませる人になります。武井壮さんが昔西麻布の坂道の道路で夜中ダッシュしていたように、僕も何か笑いやトークの部分でストイックに鍛えていこうかなと思っています。負けないぞ。

 とにかく。皆さんどこも寒いと思いますが、気合いで乗り切っていきましょう。フレー、フレー!

田岡一雄組長の「正業を持て」の意味

 ヤクザ社会の最大組織である山口組は現在、誕生時の組織と異なる様相を呈しています。現在の山口組は広域団体で、各地域の裏社会を治める2次団体によって構成されています。一見、連合体の形態に映りますが、各2次団体の上に1次団体を設けています。1次団体が各2次団体を支配する形にして、指揮命令系統を単純化させているのが特長です。各2次団体の単独行動を防ぐ役割を果たしています。1次団体名が「山口組」です。この1次団体「山口組」の組長こそが、広域団体山口組を束ねる、絶大なる権力の持主です。しかし1次団体「山口組」の組織としての実態はありません。つまり、1次団体「山口組」の現組長が引退すると、有力2次団体の組長の1人が、1次団体「山口組」組長に昇格する仕組みになっています。広域化する前の山口組はどんな組織だったのでしょうか。
*今回は記事を作成するにあたり、『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、洋泉社)、『実話時代』2014年5月号、『山口組概論―最強組織はなぜ成立したのか』(猪野健治著、ちくま新書)、『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(鈴木智彦著、文春新書)を参考にさせて頂きました。

 山口組が初代組長・山口春吉によって兵庫県神戸で結成されたのは1915年です。その後、1925年、春吉の実子である山口登が二代目山口組組長に就任します。組織名が示すように、当初は「山口家」をオーナーとするヤクザ組織でした。山口登は1942年に死亡します。登の子どもが後を継ぐ年齢に至っていなかった為、1946年に山口家とは血縁がない田岡一雄が三代目組長に就任するまで、組長不在期間がありました。結成当初から山口組は、幕末以降重要な港として発展してきた神戸を拠点にしていた背景から、港湾荷役を主要な稼業としていました。港湾荷役とは、船の積荷を陸に揚げる、また船に荷物を積み込む仕事です。芸能興行も得意分野としていました。山口春吉の時代から芸能興行に進出し、芸能興行事業を巡り他団体から山口登が襲撃される事態も起きました。

 両方の事業内容を現在、ヤクザ組織は一切行えません。当時、港湾荷役の現場で、機械化が発達する前だったので、労働者として多くの男達が求められました。労働者が多くなると、その管理は容易ではありません。現場作業を円滑化させる為、労働者管理に暴力的要素を取り込むことを余儀なくされます。暴力こそヤクザ組織が有する最大の資産です。当時の港湾荷役事業とヤクザ組織の親和性は高かったのです。現在の特定のヤクザ組織を対象に厳しく取り締まる法律はなく、表社会の中でヤクザ組織が入り込める余地が十分にあった時代でした。一般的に、ヤクザ組織の出自は博徒組織かテキヤ組織です。つまり、江戸時代以降のいくつかの博徒組織やテキヤ組織が現在のヤクザ組織に変形していったのです。対して、山口組は博徒組織やテキヤ組織を母体とせず、実業を主要とする新興型のヤクザ組織と言えます。田岡一雄組長時代になっても、その路線が継承されます。

 田岡一雄組長時代の山口組に、岡精義という有力幹部がいました。岡精義はヤクザ組織の上部層の人間にも関わらず、自前の組や子分を持っていませんでした。しかし三友企業、神戸生コン運輸という2つの会社を持っていました。また他の会社の役員も同時に勤めており、有力企業家が岡精義のもう1つの顔でした。山口組という暴力的装置が後ろに控えていたことで、岡精義の実業が有利に働いていた側面はあります。実業で得られた表の世界の金が、山口組に流れていたのです。田岡一雄が組員達に発していた言葉として知られているのが「正業を持て」です。正業を持つ事を避ける目的で、ヤクザ組織に入った人間も多いのに、意外な印象を受ける言葉です。良心的に解釈すれば「ヤクザ組織の一員でいる時は任侠道に則った行動をして、生活費は正業で賄え」という意味になります。暴力的手段を用いた裏稼業を否定しています。しかし冷静に解釈すれば「正業を持つことで、視野を広げ、裏稼業の機会を増やせ」という意味が妥当です。

 実業の中でも、ヤクザ組織が有する暴力の需要はあります。例えば1980年代後半のバブル期における強引な地上げという裏稼業は、実業の世界がヤクザ組織の力を必要とした典型的な例です。実業の規模は大きく複雑で、ヤクザ組織周辺で生きているだけでは、実業の様子をつかめません。実業の中で裏稼業の活路を見出す為には、実業と接点を持つことが鍵となります。実業の世界の「土地勘」を養うべしという山口組の風潮は、自身の経済力を増大させました。一方、他のヤクザ組織の多くは、お金を作るのに、母体となる組織から続く稼業に頼っていました。博徒組織を母体とするヤクザ組織の場合は違法賭博を主要な稼ぎとしていました。しかし違法賭博への摘発が厳しくなると、収入減となる宿命があります。田岡一雄組長時代の山口組の特徴の1つとして、広域団体化が挙げられます。山口組は本拠地神戸を出て、暴力抗争を伴いながら、日本各地のヤクザ組織を傘下に収めていきます。圧倒的な武力を作り出したのが経済力です。山口組は母体が博徒組織ではなかった為に、実業の中で多様な裏稼業を見つけ出すことができ、それで築き上げた経済力で勢力を拡大させていったのです。

嫌な結果だ

 衆議院選挙の結果出ました。自民党の圧勝、嫌な結果です。「安倍政権退陣、この道しかない」と常に思っていますので、本当に困った事態です。低投票率もウンザリです。大人なんだから、選挙行かないと。私が個人的に好きな政党は共産党です。弱い人の味方ですし、言動も一致していますし。応援したくなります。いつもは小選挙区で民主党、比例で共産党のパターンです。しかし今回は比例で民主党に入れました。現実的に民主党に頑張ってもらわないといけませんからね。憲法変えられたら、たまったものじゃありません。と、自分の政治志向を披露しつつ、残念な気持ちを述べました。でも、私は安倍政権を認めないぞ。抵抗していくぞ。

コッテリしたラーメンは、やはり美味しい

 今週は久しぶりにラーメン店のラーメンを食べてきました。やはりお腹一杯になり温かくなるラーメンを食べるのは、季節的に冬が一番です。お店は大勝軒まるいち新宿店です。大勝軒グループですね。本家の大勝軒のラーメンも一時期、毎週のように食べていました。本家の大勝軒のラーメンの特徴は、「熱いスープ」「太麺で固めの麺」「多めの麺量」「アッサリした醤油味」です。大勝軒まるいち新宿店はそれをほとんど踏襲していますが、スープの味を変えています。「アッサリした醤油味」ではなく、「コッテリした味」になっています。コッテリ味好きの私にはたまりません。

 人はラーメンにコッテリした味を求めている気がします。アッサリしたラーメンが普及しないのは、その背景があるからだと思いますね。大学生の時、演劇サークルの仲間が天下一品のコッテリラーメン(大変濃い味のトンコツラーメン)をよく食べていました。ある時天下一品に一緒に行った後輩の1人が「疲れ気味なので(それか風邪気味だったか)、コッテリラーメンを食べます」と言っていました。「そうか滋養強壮目的で食べる人もいるのか」と思いました。まあその後輩は、ちょっとしたノリで言ったとは思いますが、それから私は天下一品のコッテリラーメンを食べるたびに、元気になっているつもりです。言葉は信じる方ですので。

 さて明日からも、意地を張って頑張りますか。同情を売っては生きてはいけない厳しい社会。皆さんそれぞれに厳しい事あると思います。安易な言葉だと思うけど、「負けないで」「頑張れ」と伝えたいです。頑張っている人に対して、茶化したり皮肉ったりする人間がいますが、そんな人の言う事は気にしないで下さい。所詮、賢く見せたいだけの、魅力の足りない残念な人ですから。頑張っていても、年齢(時間)、お金、友人を奪われるかもしれません。年齢が経てば、もう取り返せない人もいるかもしれません。でも希望や前向きな気持ちだけは、自分さえしっかりしていれば、誰からも何からも奪われません。死ぬまで。それだけ失わなければ、生きていけます。誰かが評価してくれます。それでは寒さに負けず、寝坊に注意して、頑張っていきましょう。

行こうぜ。投票所の向こうへ

 明日は、私達にとって大事な衆議院選挙があります。成人の人は、できれば行って欲しいです。どこの党であろうと、選挙権を行使することは大事な大事な事です。政治の主役は私達国民です。選挙に行かない人が多くなれば、いつか時の政府に選挙権を取り上げられてしまうかもしれません。このブログをどれだけの人が、どういった人が見ているのか、分からないですが、明日選挙に行くことの大切さを訴えさせて頂きました。ちなみにタイトルは評論家の常見陽平さん風に言ってみました。

俳優としての菅原文太を振り返る

 東映実録ヤクザ映画の始まりとなった『仁義なき戦い』シリーズの主演を務めた俳優の菅原文太が病気の為11月28日に亡くなったことが、12月1日明らかにされました。81歳でした。近年は革新的な政治運動の携わりで、マスコミの露出が目立っていました。しかし1970年代の10年間、比肩する存在がいない、映画界のトップスターでした。1933年に宮城県仙台市で誕生。早稲田大学を中退後、劇団四季の在籍を経て、1958年に映画会社新東宝に入社します。しばらくして新東宝は倒産。1961年に松竹へ移籍するものの、脇役が多く、目立った活躍を残せませんでした。1967年に東映に移籍。当時テレビの普及で、映像の独占を経営資源にしていた映画会社の多くが苦境に陥っていました。テレビで放送できない内容を含む任侠映画を確立させた東映だけが気を吐いており、無名な俳優達にとって活躍の余地が残る場所でした。

 1960年代後半における東映任侠映画の柱は鶴田浩二、高倉健、藤純子の主演作品でした。藤純子主演の作品で、菅原文太は準主役の機会を得ます。当時、俳優としての菅原文太の長所は、2枚目な顔と約180㎝の身長だけと言えました。画面映りの良さで役を得られたものの、肝心な演技は拙かったです。任侠映画の性格上、準主役は礼儀正しい正義感の強いヤクザを演じることになります。敵役の悪徳ヤクザと対照的にする為です。礼儀正しい正義感の強いヤクザ役は、感情を抑制した演技が求められます。感情やテンションの出力は小さいものの、観客へ鮮明に伝わる演技をしなければなりません。その演技を菅原文太は苦手としていました。セリフが役に馴染んでおらず、「演技が固い」印象を与えていました。この手の演技を得意にしていたのが鶴田浩二です。高倉健も次第に得意としていきました。

 同時に1969年から始まった『現代やくざ』と1971年から始まった『まむしの兄弟』の2シリーズで菅原文太は主演を務めます。ヤクザ映画の枠内に入りますが、東映社内では低い位置づけの作品でした。幸運なことに、2シリーズでは菅原文太は、自身と相性の良い役を演じることができました。本流の任侠映画と差別化する為、2シリーズの作品内容と主人公は新しい要素を求められました。菅原文太が2シリーズで演じたのは、感情が激しいヤクザでした。世間が一般的にイメージするヤクザ像です。演技面では、感情を抑制せずに素直に表出させることが重要となります。演技の幅が狭い俳優でも、テンションを高くすれば、勢いで演じられる側面があります。他の俳優に対して演技面で劣る菅原文太にとっては、演じやすい役でした。2シリーズ作品で、拙さは残るものの、ドスの利いた発声で、怒気を全開にした演技を披露しています。画面に迫力を持たせていました。菅原文太が物にした演技は、鶴田浩二や高倉健が得意とする抑制の演技とは比較できず、領域を別にします。差別化に成功した菅原文太の俳優としての価値は高まっていきました。

 1973年『仁義なき戦い』シリーズが始まり大ヒットします。迫力ある演技と、40代に入ったことで渋みが出てきた顔で、菅原文太は観客を魅了します。また深作欣二監督による斬新な演出方法や、松方弘樹、千葉真一、梅宮辰夫、北大路欣也などの東映若手俳優の演技面での活躍も、ヒットの要因として挙げられます。これを機に、東映は任侠映画から実録ヤクザ映画に軸を移動させました。任侠映画の特徴は「現実のヤクザとは遠い(美化された)役・演技」「時代設定が明治~昭和初期」「固定的な物語の進み方(時代劇に似ている)」です。一方、実録ヤクザ映画の特徴として、「現実のヤクザに近い役・演技」「時代設定が現代」「流動的な物語の進み方(結末を予想しにくい)」が挙げられます。任侠映画は時代劇の要素を多く受け継いでいました。一方、実録ヤクザ映画は、ヤクザという要素だけを残した、革命的色合いが強いです。『仁義なき戦い』シリーズ以外でも、菅原文太は1975年『県警対組織暴力』などの多くの実録ヤクザ映画に主演します。

 同時に1975年に『トラック野郎』シリーズが始まり、主演を務めた菅原文太の人気は不動のものになります。『トラック野郎』は東映作品ですが、ヤクザ映画ではなく、コメディ色の強い作品です。気性の荒いトラック運転手の役なので、基本的にヤクザ映画の演技と同様です。演技に慣れて余裕が出てきたのか、軽妙な演技をして、笑いを取れる俳優になっています。トップスターになったものの、細身の体格を変えないストイックな姿勢も評価された点です。1980年にはNHKの大河ドラマ『獅子の時代』に主演します。東映だけでなくNHKにも頼られていたことは、当時の菅原文太の人気の高さを物語っています。1980年代以降、出演する映画作品は減っていきます。達成感や経済的な安定を得たことで、演じる欲が低下した側面はあったでしょう。後年は、主演ではなく、脇役で出演していました。30代半ばまで売れず、本格的に売れ始めたのが40代という、まさに「遅咲き」の俳優でした。その人生にも、何か人を惹きつける要素がありました。

低価格理髪チェーンが受け入れられる背景とは

 1080円(税込)という低価格を武器に理髪業界を席巻しているのがQBハウスです。1996年に第1号店をオープンさせてから、現在まで国内400店舗を超える規模まで成長しているヘアカット専門店です。髭剃り、洗髪、マッサージなどを省き、ヘアカットのみのサービスを提供しています。所要時間は10~15分と、時間がない人にとって重宝な存在です。通常の理髪店はヘアカット以外のサービスも提供するので、約4000円の料金で所要時間は約40分となっています。簡略化すれば、10分単位で1000円の料金となっています。QBハウスの収益構造と違いはありません。QBハウスは40分の間に4人の客から1人1000円の料金を受け取り、4000円を回収する仕組みをとっているのです。コストや利幅を下げずに、サービス時間の圧縮化によって1080円という低価格を実現させています。

 QBハウスの手法を模倣した理髪店が増えています。客側からしても、需要の高いサービスです。髭剃りや洗髪やマッサージなどは、自分で賄えるので、不要でも困りません。唯一自分で賄えないのが、自分のヘアカットです。約1000円という料金は小遣いが少ないサラリーマンにとっては助かります。髪型にこだわる人達が一定数いる一方、髪型にこだわらない人がいます。会社員であれば個性的な髪型は許されません。また個性的な髪型を維持するのは難しく、中年になれば時間の制約から髪型へのこだわりを持つことが難しくなります。「伸びた髪を切ってもらうだけ」を望む中年以降の男性は多いです。実際、中年以降の男性の客でQBハウスは活況を呈しています。懸念すべきこともあります。洗髪がない分、切られた細かい髪の毛をQBハウスでは特殊な吸引機で処理しています。しかし洗髪に比べて、細かい髪の毛が体や服に付着してしまいます。髪の毛の付着が気になる客はすぐに自宅に戻り洗髪する必要があります。

 通常の個人営業の理髪店に通う人もいます。サービスを受けている約40分間、会話という要素は不可欠です。世間話が中心ですが、個人的な話で盛り上がる場合もあります。そこで客と店主は顔見知りの関係になります。客と「顔見知りの関係」を構築できる事が、他のサービス業にない理髪店の強みです。客側としては他店に乗り換えることの気まずさから、同じ理髪店に通い続けることになります。ただ客側は慣れてくれば、自分の名前を覚えてもらい自分の話をしっかり聞いてもらえるので、理髪店内での会話が楽しくなってきます。正反対に位置するのが、QBハウスです。個人営業の理髪店が「関係の濃密さ」を特長としている一方、QBハウスは「関係の希薄さ」を特長とします。

 個人営業の理髪店に通うことで、店主と顔見知りの関係になる事を嫌う人はいます。その人達にとって、QBハウスの干渉の少ないサービスは居心地が良いです。10~15分の所要時間では、十分な会話ができません。多数の従業員が沢山の客のヘアカットをする仕組みなので、従業員側そして客側も「顔見知りの関係」にはなりません。希薄な関係です。客側としては気まずさを一切持たずに、他店に乗り換えることができます。けれども、その希薄な関係ゆえに、「関係の希薄さ」を求める客はQBハウスを利用し続けます。ちなみに個人営業の理髪店の場合は、濃密な関係ゆえに、「関係の濃密さ」を求める客が利用し続けることになります。

 サービス業は客と濃密な関係を築くことが重要だと考えてしまいます。しかしサービス業に「関係の希薄さ」を望む消費者は多いです。「関係の希薄さ」を具現化した商売をしているのがチェーン店です。マニュアル化された接客が特徴で、客と従業員の関係が濃密になることはありません。希薄な関係の場は「入りやすく・出やすい」要素があります。一方濃密な関係の場は「入りにくく・出にくい」要素があります。知らぬ土地に来た人間にとって助かるのは、濃密な関係の場ではなく、希薄な関係の場です。「入りやすい」からです。旅行先で飲食をする際、無難な選択肢は、希薄な関係の場であるチェーン店の居酒屋です。味の良し悪しはともかく、知っている味なので、「期待外れ」が起きません。また接客も他の客と平等にしてくれます。希薄な関係の場とは、言い換えれば、「寛容な場」と言えます。一方、旅行先で個人営業の居酒屋に入るのは勇気がいります。料理の味、店の接客内容、客筋を全く知らないからです。料理はまずく、店主は常連客ばかりに接客して相手にしてくれず、常連客からは不審な目で見られるという、残念な事に遭ってしまう可能性があります。濃密な関係の場とは、言い換えれば、「排他的な場」と言えます。

 QBハウス躍進の背景には、低価格や簡略化したサービス以外に、従来濃密な関係の場だった「ヘアカットの空間」を希薄な関係の場に変容させた事があります。
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