西日本鉄道に乗りたい

 今週は、ある課題に対してしっかりと対策を講じて、取り組むことができました。クリアという具合にはいきませんでしたが、自分なりに良くやったと思います。自分はまだまだやれると思いました。大切なことは、「点数」という結果ではなく、「新しい事」に取り組める意欲なのかと思った次第です。「過去と他人は変えられないが。未来と自分は変えられる」とよく言われます。その通りだと思います。自分と未来を、少しでも良い方向に変えていこうと思います。もちろん驕りを持たずに。

 さてスポーツの話題でもしますか。野球は特に、あれですよね、今年はあまりFA移籍とかが、盛り上がらないですよね。大物FA選手がどっちの球団を選ぶのかなど、ないですし。スポーツ新聞の編集部もネタ探しで苦労してそうです。Jリーグは浦和首位陥落ですか。でも浦和と引き分けたサガン鳥栖って結構強いです。好きなチームです。九州にいれば、ファンになっています。ところで九州に行きたいです。そして西日本鉄道に乗りたいです。話を戻すと、で結局ガンバ大阪が首位。ガンバ大阪の次(最終節)の相手は徳島で、浦和は名古屋。うん、昨日の時点で、ガンバ大阪優勝決まりですね。

 Jリーグ発足当初のガンバ大阪は、さほど強くなかったですけど、2000年代から強くなってきましたね。当初は、ブラジル人選手のFWとMFに、大事な所は頼っていましたけど。次第に日本人の有力選手も多くなってきて、安定した力を出せるようになってきた印象です。思えば、Jリーグのチームの共通している問題として、「攻撃をブラジル人選手に頼ってしまう」ことがあります。そのおかげで一時は上位にいけるものの、そのブラジル人選手が移籍すると、急激に弱くなってしまうという…典型的なパターンがよく見られます。野球以上に、サッカーは個人に依存してしまう側面があると思います。

 あと久しぶりに、日本酒のカップ酒飲みました。いやーレンジで温めて飲むと、美味しいですね。体も温まります。それほど翌日、残らない気もします(飲む量を抑えれば、残らないだけなのかもしれないが)。でも温泉旅館に行って、温泉入って、部屋で日本酒を飲むとうのをやってみたいですね。やりたい事が沢山あります。

 いつか西日本鉄道に乗りに行く為に、来週も頑張りますか。
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俳優としての高倉健を振り返る

 俳優の高倉健が11月10日に病気で亡くなりました。個人事務所の高倉プロモーションが11月18日に発表し、悼む声が多いです。83歳でした。誕生は1931年。1954年明治大学を卒業後、貿易商の仕事を希望するものの、就職に失敗。芸能プロダクションのマネージャー職の面接に行った際、映画会社東映の職員に俳優としてスカウトされました。当時は、映画会社が俳優を社員として雇っており、他の映画会社には出演させませんでした。1955年、東映に入社。1963年『人生劇場 飛車角』から始まる任侠映画シリーズの主演を多く務め、当時の若者の多くに支持され、映画界のトップスターの道を駆け上っていきます。生涯出演した映画205本の大半が東映社員時代に撮られました。テレビが普及する前で、映画の大量製作がビジネスモデルとして成立されていました。1976年に東映を退社。東宝作品や松竹作品に主演して、活躍の場を広げていきました。

 高倉健は巷間言われるように、演技のみで評価された俳優ではありません。大作を何本も生み出した集客力の高さ、公私共に信頼される人柄の要素も加わって、俳優業界で高く位置づけられてきました。作品内の存在感は抜群ですが、演技の幅(キャラクターや演技の引き出しの多さ)や、演技の深さ(感情やテンションの調整能力)の点に関しては、歴代の名優に比べて、劣っていた事は否定できません。現在活躍する俳優と比べても、役所広司や渡辺謙の方が、演技の幅や深さの点で優れています。後年の主演映画作品で、セリフの少ない寡黙な役が続いたこともあり、「演技はイマイチ」の評が一層固まっていました。「長いセリフを話す」演技は、俳優の実力を見せつける為に、用いられている側面があります。素人の演技で賄えないのが、「長いセリフを話す」演技です。例えば堺雅人は「長いセリフを話す」演技に長けた俳優で、出演ドラマではそれを見せる場面がいくつか用意されています。逆に寡黙な役は、「演技の見せ所」が少なく、評価が下がりやすいのです。

 とはいえ高倉健が並の俳優以上の力量を持ったことを示すのが、1960年代半ばから1970年代前半の任侠映画作品です。1955年~1960年代半ばの期間、ハンサムな顔が手伝い、多数の映画に出演する機会に恵まれますが、「二枚目若手俳優」の域を出ませんでした。ヤンチャで、礼儀正しさに欠けて、女性に手を出す、という性格の青年役を演じる事が多かったです。後年演じる役とは180度違います。しかし東映が1960年代半ばに、時代劇映画から任侠映画に主流を切り替えた事が転機となります。高倉健は任侠映画の主人公に抜擢されます。30代半ばの年齢になり渋みを漂わせる中年の顔立ちになった高倉健は、硬派なヤクザ役が似合うようになっていました。

 1964年から始まる『日本侠客伝』シリーズ、1965年から始まった『昭和残侠伝』『網走番外地』シリーズで、主演した高倉健は任侠道に生きる男を演じます。正義感の強いヤクザで、弱い立場の人を助け、不正を働くヤクザ組織に対して切り込んでいく役柄でした。ヤクザを描く任侠映画の為、当時そして現在も好意的に見ない層がいます。確かに作品内で、主人公をはじめ「良心のあるヤクザ」が登場させることで、ヤクザを肯定的に解釈している側面があります。一方で「暴力への抑制」という色合いが強い映画でもありました。横暴なヤクザ集団が一般の人々に暴力を振るうシーンは悪意的に描かれ、主人公が「暴力で復讐する」行為を「許されてはいけない」という意味合いで描いていました。切り込みを終えた主人公は、痛手を受けた影響で最後死ぬか、警察組織に捕まりました。暴力を多義的に捉えていました。各場面が短く、テンポ良く展開して、現在でも冗長なく見られます。衣装やセットは、舞台となる時代を反映させて、細かく作られています。映画としての質は現在のものを凌駕しています。

 任侠映画における俳優の高倉健は、幅のある演技を見せています。長いセリフを上手くこなし、コメディタッチの場面も見事に演じています。切り込みの殺陣シーンでは、筋肉トレーニングで鍛えた上半身を露出させていました。時代劇映画の殺陣シーンは、スピード重視で虚構性が高かったです。一方任侠映画では、血が飛び合う肉感的で現実的な殺陣シーンを特徴としていました。高倉健の隆々とした上半身は、現実的な戦闘シーンを想起させ、新しい殺陣シーンに説得力を持たせました。肉体を演技面に活かした初めての俳優と言えます。

 共演者にも恵まれました。『日本侠客伝』シリーズで鶴田浩二、『昭和残侠伝』シリーズでは池部良という年長の俳優と共演しました。鶴田浩二と池部良は作品内で高倉健演じる主人公の「兄的存在」となる役を務めることが多かったです。鶴田浩二と池部良は演技の上手さを兼ね備えつつ、存在感を作れる俳優でした。いわゆる「男の渋み」を出すことに長けていました。この2人との共演が、高倉健の「男の渋み」を培いました。

 鶴田浩二は、高倉健主演作品に脇役で出演する一方、自らも主演として任侠映画に多数出ていました。演技の実力面では、高倉健よりも高く、特に観客の感情に響いてくる独特のセリフ回しは秀逸でした。違いを作れる俳優の1人だったと言えます。また女優では藤純子も任侠映画で活躍していました。高倉健、鶴田浩二、藤純子の3人が東映任侠映画のビック3として位置づけられています。1972年藤純子引退、1973年から始まる『仁義なき戦い』シリーズのヒットで、東映は任侠映画から実録ヤクザ映画にシフトしていきます。高倉健も、山口組組長の田岡一雄の人生を描いた映画に主演しています。

 東映をやめた後の代表作の1つとして挙げられるのが、1977年『幸せの黄色いハンカチ』です。任侠映画のヤクザ役を務めてきた高倉健を踏まえて作られた側面がある映画です。作品の詳細は、作品自体に譲りますが、任侠映画を見てきた人間にとっても感動的になる作品となっています。自分の立ち位置を踏まえて、演技を一生懸命して、先輩から学び、自己を確立させた後も、驕りを覚えず、立派な俳優でした。

表現者には、謙虚さと修正能力が必要だ

  昨日投稿した「いい夫婦の記事」ですが、リンク先である瓜田純士さんのブログの該当記事に上手く行けない事が判明しました。該当記事を読んでもらえないのなら、意味がありませんので、削除しました。

 さて話題は変わり、先日このブログとは関係なく、他人の方々に私の文章を評して頂く機会がありました。「装飾する言葉が多い」「文章が…」(おそらく下手という意味だったはず)という厳しい結果でした。とても「でもブログやって、文章練習しています」と言い返すことはできませんでした。確かに、雑誌で使われている単語を沢山文章に盛り込んでいる為、不必要に過度な文章になっているのかもしれません。沢山物を買ったものの、収納術を知らないので、部屋が物で散乱している状況と似ています。評価を聞いた時は、ショックでした。土曜日の数時間を割いて、練習してきたので、報われない思いがしました。しかしよくよく考えてみると、まだまだ練習時間が足りないだけかもしれません。それこそプロのライターさんなんて、毎日厳しい評価を受けながら書き続けて、長年やられている訳です。謙虚になっていこうと思いました。

 先日の厳しい評価を受けて、再度その文章を見直したら、確かに校正不足もあり、ひどい文章でした。手直ししたら、多少まともな文章になりました。こういった修正能力は大事だと思いました。文章をはじめ表現は、少しの違いで、受け止められ方は変わってきます。どんなに論理的に優れた文章でも、漢字間違いが多かったりすると、信頼性が落ちてしまいます。常に「修正するぞ」という気持ちを持たないといけないと思いました。振り返れば、演劇サークルの時も、上手い役者さんほど公演本番でも演出からのダメ出しを真摯に聞いて、脚本を読み返したり練習を繰り返ししていましたね。「俺の表現に時代が追いつていないだけだ」「読む人間が分かっていない」とか言い訳していたら、口だけ達者な駄目な大人になってしまいます。誰からも相手にされなくなります。

 先日亡くなられた高倉健さんではないですが、私は不器用な人間です。不器用なら、しっかりと「1万の軍勢で10万の敵の軍勢を倒す」という練った戦略を立てる、やれる準備・練習はやって本番に臨む、確認を怠らない事をしないといけないと改めて思いました。

通貨ルーブルの制度を変えたロシア

 11月10日ロシア中央銀行は、通貨ルーブルの為替相場体制の変更を発表しました。これまでの「管理変動相場制」をやめて、来年1月から「完全変動相場制」に改めます。ウクライナ領であったクリミア地域を今年3月にロシアが併合した事で国際社会の反発が起きました。ロシアからの資金引き揚げ・投資回避が始まり、通貨ルーブルの下落が止まりませんでした。2013年は1ドル=30ルーブル代に留まっていたのが、40ルーブル代まで下落、11月7日には1ドル=48ルーブルという過去最安値を記録する事態になりました。毎日新聞11月11日の記事によれば「今年に入って対ドルで4割以上下落していた」とのことです。日本円に直せば1ドル=100円から1ドル=140円に変動する事態です。
*今回は記事を作成するにあたり、毎日新聞2014年11月11日朝刊の記事、日本経済新聞2014年11月12日朝刊の記事、JETRO(日本貿易振興機構)の情報を参照させて頂きました。

 通貨安には良い側面と、悪い側面があります。ルーブルではなく日本円に直して考えてみます。1ドル商品を日本の会社が輸出販売している場合、1ドル=100円から1ドル=120円という円安の為替相場に変動したら、日本の会社は商品1個売る度に「100円」ではなく「120円」を受け取れます。もしくは「100円」の受け取りを維持して、現地での販売価格を「1ドル」から「0.83ドル」に下げて、販売拡張を図ることもできます。通貨安は輸出産業に恩恵をもたらします。一方、通貨安は輸入産業にとって不利に働きます。1ドル商品を輸入していた所、1ドル=100円から1ドル=120円という円安の為替相場に変動したら、これまでの「100円」の支払いでは済まず「120円」の支払いを余儀なくされます。通貨安による「値上げ」は、流通各部門に波及して、消費者が買う商品価格の上昇につながります。物価上昇が起きます。景気を冷え込ます要因になります。

 2013年のロシアにおいて原油や天然ガスの「燃料・エネルギー製品」が、輸出品目の約7割を占めています(日本貿易振興機構)。資源商品価格がロシア経済の行方を握っている仕組みです。ロシア経済は脆弱な側面を持っています。世界的に原油価格の下落が続いています。ロシアにとって通貨安の恩恵は、主要輸出商品・原油の価格下落によって相殺されています。一方、通貨安による物価上昇が容赦なくロシア国民に直撃しています。ロシア政府としては、ルーブルのさらなる下落は阻止したいです。ロシアの管理変動相場制とは、為替相場が「一定の価格変動幅」に収まるように、ロシア政府が日々調整することを意味します。ルーブルが下落基調の場合、例えば「1ドル=40ルーブル」に戻すことを目標に、ロシア中央銀行が「ドル売り、ルーブル買い」の為替介入を規則的に実施しています。一方、完全変動相場制を採るアメリカや日本も為替介入をしますが、不規則に実施されます。

 ロシア中央銀行はルーブル下落阻止の為、「ドル売り、ルーブル買い」の為替介入を規則的に実施し続けていました。ロシア中央銀行の動きを利用して儲けを得ていたのが投機筋です。投機筋が儲けを企む際、複数の手順を経る必要があります。考えられる1つの手法を例え話にして挙げます。まず1ドル=30ルーブルの為替相場の時に、①投機筋の1つMファンドは「30ルーブル売って、1ドル買う」為替取引を実施します。30ルーブルの元手は、ロシアのA銀行から借金して調達します。Mファンドは「30ルーブルの借金」「1ドルの所有」の状態です。その後、為替相場はルーブル売りが激しくなり、1ドル=40ルーブルの為替相場に移行しました。②Mファンドは「●月に、1ドル=40ルーブルの価格で取引する」為替オプション取引をロシアのB銀行と結びます。③ロシア中央銀行は管理変動相場制に則り、「1ドル=35ルーブルまで戻す」ことを目標に、「1ドルで35ルーブルを買う」注文を大量に為替市場に出します。為替介入です。④Mファンドは、35ルーブルを再びA銀行から借金して、ロシア中央銀行の「1ドルで35ルーブルを買う」注文に応じ、新たに1ドルを得ます。Mファンドは「65ルーブルの借金」「2ドルの所有」の状態に変わりました。その後ロシア中央銀行の為替介入の結果、1ドル=35ルーブルの為替相場に戻りました。⑤為替オプション取引期日の●月になり、MファンドはB銀行に対して約束通り「1ドル=40ルーブル」の価格で、手持ちの2ドルをルーブルに交換させます。2ドルは80ルーブルになって、Mファンドに戻ってきました。MファンドはA銀行に借金総額65ルーブルを返済します。残りの15ルーブルがMファンドの儲けとなります。

 2014年の通貨ルーブルは、下落基調でありながら、ロシア中央銀行によってルーブル高に戻される動きを、繰り返し描いていました。完全変動相場制の場合、投機筋にとっても、相場の動きを読みにくいのが特徴です。一方管理変動相場制の国の通貨が下落に陥った時は、「読める相場」に変わります。「次の相場の動き」に備えて、数々の取引を駆使すれば、投機筋は簡単に儲けられます。ロシアがルーブルを完全変動相場制に移行させた背景には、投機筋の動きを抑える思惑もあります。

保守政治家ではなく「保身政治家」です

 それにしても安倍首相のやる事は、「ひどい」の一言に尽きます。衆議院の解散期限が来る頃には、人気も景気も悪くなるから、選挙に勝てる今の時期に衆議院を解散する動き。節度とか矜持とかを安倍首相から垣間見ることができません。安倍首相は靖国神社行に行き、さも「自分は国を想う誇り高き人間だ」というアピールをしています。しかし大義のない衆議院解散をして、自己保身に走る首相は、それに全く値しません。まあ、そもそも「靖国神社に行くこと」が保守政治家を担保する事として機能している現状も可笑しい訳ですけど。日々の言動や仕事を積み上げて、評価されるのが、保守政治家としての資質じゃないのでしょうか。この間の安倍政権下で、特定秘密保護法や集団的自衛権行使の問題など、乱暴な事をやってくれました。次の選挙は、「日本を戦争する国にするのかどうか」を争点にするぐらい、野党はバシバシ攻めて行って欲しいです。ほんとに腹が立つ話です。

 さて不愉快な事を書いた後は、お酒の話でもしますか。昨日はワインを飲みました。休日はまずビールを飲んで、その後は別の酒というパターンなのですが。最近知った「炭酸のお酒」による酔いの早さを敬遠して、昨日はお風呂上りにビールを我慢して、ワインから始めました。ワインは「頭が痛くなる」「酔いやすい」というイメージだったのですが、意外と程よく酔えました。やはり自分は「炭酸のお酒」で酔いを悪くしていたことが分かりました。とはいえ全く飲まないのも、楽しくありません。場所や環境を選んで、ビールや炭酸系チューハイを飲んでいこうと思います。とりあえず長居する宴会では、「炭酸のお酒」は控えていきましょう。乾杯のビールは、一口だけですね。

 ワインとか、詳しくなりたいなー…とか思うのですが、醸造酒なので一度開けると早く飲まないといけないのがネックですよね。あの1本の量、1人身の人間は簡単に飲みきれません。あと色々選ぶと、高価格になるのが嫌ですね。まあ、でも安めの合ったワインを探す手もありますからね。いつか「安いけど、美味しいワインあるよ。それも簡単に手に入るよ」と人に紹介できる男になりたいものです。

明日からも気合いを入れて、寒さに負けず、皆さん頑張っていきましょう!見栄を張るな、意地を張れ。

新宿で友人と会ってきました

 今週木曜日の夜、久しぶりに大学の演劇サークル時代の同級生の友人N君に新宿で会って、メキシコ料理を食べてきました。普段大阪に住むN君は、その日私用で日東京に来ていました。今年はなぜか、旧友によく会います。メキシコ料理を食べながら、楽しい話を沢山してきました。趣味の話や人生観についても話しました。またお互い独身ということで、結婚に関する話も出ました。サークルの同級生に話が及び「●●さん結婚したよね」とか、飛躍して「どうする。もしかして僕達以外皆結婚していたりしたら」「ありえる。ありえる」など。私もN君も頻繁にサークル時代の仲間と連絡を取り合ってはいないので、同級生の近況には疎いのです。その席で「僕は結婚なんてしないぞ」「孤高に1人、人生裏街道生きていくんだ」「アウトローとしてこれからも生きていくんだ」というような事をN君の前で熱く語ったものの、やはり同級生の結婚の有無は若干気になります。結婚している人が少なければ、ほっとするのかな…とか思いつつ、いやいかんですね。周りに影響されては。孤高にアウトローに生きていくんだ。

 思えば演劇サークル時代は、文化系半グレ集団の様相を呈していた集団という事もあり、人生裏街道に属していました。しかし自分の人生の中で覚悟という要素を備えることができた期間でもありました。辛いことも多かったですが、楽しい事もありました。サークルにあるイベント事、クリスマスパーティーはやはり楽しかったと言っておきましょう。時間が経っても会える人は、人生の中で限られています。頑張っていても、何事もなかったかのように、消えてしまう人間関係も多いです。再び会ってくれる、地位も名誉も金も彼女もいない、ないない尽しの自分にもそういう大切な人がいたのだと、木曜日の夜気づかされたのと同時に、あの時代は貴重だったのだと当時思えなかったことが今になって思った次第です。大事な資産です。辛い事やままならない事も多いですが、頑張っていこうと思いました。N君ありがとうございます。

アメリカやウルグアイで進む大麻合法化の動き

 現在日本の薬物問題で話題を占めているのが、危険ドラッグです。危険ドラッグ使用者が引き起こす事件・事故が度々マスコミで報じられています。一方外国では、従来の薬物根絶体制とは異なる方向に展開している大麻が注目を浴びています。漠然とした名称の危険ドラッグと異なり、大麻という名称は自身の薬物由来を的確に物語っています。衣服の繊維にも使用されている麻を原料として、麻の花穂を乾燥したものが大麻です。鎮痛作用を持っているので、昔から医療用として人々に使用されてきました。20世紀から陶酔目的での悪用が顕著になり、大麻は禁止薬物とされ、世界各国で生産・流通・使用行為は処罰の対象となりました。
*今回は記事を作成するにあたり、『週刊エコノミスト』2014年4月1日号「米コロラド州で大麻解禁 関連ビジネス活況で、税収増」(金田善裕著)、「廃絶から使用容認へ 薬物規制は現実路線にシフト」(佐藤哲彦著)の情報を参照させて頂きました。

 長らく違法領域に留まっていた大麻でしたが、変化が訪れます。1996年にアメリカのカリフォルニア州で医療用大麻が合法化されます。現在アメリカの20州と首都特別区が医療用大麻を許しています。主にエイズ患者が鎮痛、食欲増進目的の為、医療用大麻を使用しています。痛みに苦しむ患者が麻薬組織から大麻を買わなくて済む措置であり、人道的配慮の色合いが濃い制度です。しかし今年からアメリカのコロラド州とワシントン州で嗜好用大麻が合法化されました。犯罪行為である大麻使用の主目的は陶酔に浸ることで、元々嗜好的要素が強いです。両州の嗜好用大麻合法化は、大麻を違法領域に留めてきた従来の施策と180度異なる側面を持っています。とはいえ両州の嗜好用大麻には規制の網が掛かっています。コロラド州の場合、嗜好用大麻を店で販売する為には、医療用大麻店として実績を積むことが条件になっています。その上で、州政府への開業申請が必要となります。

 両州が大麻使用を半ば合法化した背景には繁栄する麻薬組織の存在があります。アメリカの隣国メキシコにおける麻薬組織が巨大化していく度合いは、アメリカにおける麻薬問題の深刻さ度合いと比例しています。世界中の裏社会組織にとって、近代から現在まで麻薬ビジネスは主要な資金獲得源です。違法と指定される為、表社会において麻薬は供給量が減少します。一方裏社会では、最大の暴力的装置を持つ組織が麻薬の生産・流通を牛耳り、麻薬供給量のバルブを握ります。表社会に流す麻薬の量を唯一制限できる裏社会組織が、麻薬の価格決定権を得るのです。材料・生産コストに比べて、麻薬の売り値が高い理由は、不均衡な流通システムにあります。よって政府がとるべき対策は、まず裏社会組織への徹底的な取り締まりとなります。しかし悪の存在は雨後の筍で、大幅な改善を期待できません。

 供給元を叩くのでなく、流通システム自体を見直すことで、麻薬問題を解決する施策が両州の大麻合法化です。アメリカの場合、従来大麻の供給元はメキシコの麻薬組織だけと限られていました。メキシコ麻薬組織が大麻供給量のバルブを握って、大麻の価格決定権を持っていました。けれども合法化により、公的に許可された大麻農家も供給元になりました(今後両州において「大麻農家」は合法的職業となります)。供給元が増えることは、メキシコ麻薬組織が大麻の価格決定権を失ったことを意味します。流通システムは健全になり、人々は大麻を安く買えるようになります。メキシコ麻薬組織の衰退を期待できます。両州の財政を潤す効果も見込まれています。嗜好用大麻の税収や観光業などの関連ビジネスの盛り上がりから、両州の税収は多くなると推測されています。

 大麻合法化の流れはアメリカ以外でも起きています。アメリカより先立って、大麻使用を認めたのがオランダです。1970年代から公的機関の若者文化センターで大麻が販売され始めました。1980年代からはコーヒーショップという名の大麻販売所がオランダ各地に設立されました。しかしオランダの場合、大麻使用は認められていますが、「違法」という位置づけにされています。「非犯罪化」(犯罪ではないが、違法)と呼ばれる政策で、複雑な解釈になっています。南米の国ウルグアイは2013年に大麻を全面合法化しました。生産、流通、使用の全ての面で国が管理する形で合法化されたのです。佐藤哲彦氏の記事によれば「登録した個人は1ヵ月40グラムまで所持でき、年間6株まで栽培できる」とのことです。大麻は他の麻薬と異なり、「依存性が低い」「害が少ない」と形容されることが多いです。弊害の少ない麻薬なので、一部の地域で合法化された側面はあります。現在の日本は、賭博行為を建前として禁止している背景から、認められていなかったカジノを認めようとする動きが近年加速しています。この動きに乗じて大麻ビジネスも日本で合法化する動きが始まるかもしれません。

*現在の日本において大麻は非合法です。麻薬である以上、害は必ずあります。忘年会シーズンがはじまり、羽目を外す事が多くなってきます。大麻の誘惑が目の前にやってくるかもしれませんが、断固拒否しなければなりません。一度の大麻の使用が、裏社会との接点になります。大麻喫煙の動画を撮られて、脅迫の被害に遭う可能性もあります。くれぐれも注意したいです。

演劇道に生きろ

 先日、京都の大学の演劇サークル時代のW先輩からメールで、W先輩が出演する芝居の観劇依頼がありました。しかし現在経済的余裕がない為、今回はお断りすることにしました。次回はいきたいです。その内容をメールで返した所、返信があって「こちらも相変わらず厳しいけど、何とか続けているよ。お互い頑張ろう」という文面があって、心に染みました。演劇サークル時代に、演技の上手さで一目置かれていたのがW先輩です。またW先輩は研究熱心でもありました。その後、W世界はプロの世界に入りました。しかし名が知られるようになった訳でもなく、俳優稼業だけで暮らしていけていないのが実情です。俳優の世界は厳しいです。努力そして実力が、そのままキャリアに反映しない世界です。

 堅気の世界で生きる私としても、30代になったのだから、W先輩にはヤクザな俳優稼業から足を洗って堅気の暮らしをして欲しいというのが偽らざる本音としてあります。今は堅気の世界でも、生きるのが辛い時代です。ヤクザな俳優業界に居続けることによって、人生の選択肢が狭まっていかないのか、他人事ですが心配になります。それでも、京都に残って学生時代のコネや人脈を頼りに群れて演劇活動している人達も多い中、コネや人脈を捨てて一本独鈷でプロの世界で勝負している姿に、応援したくなる気持ちもあります。自分も堅気の人間とはいえ、先程述べたように、厳しい中生きています。

 観劇依頼メールという性格を差し引いても、厳しい中前向きな言葉をW先輩からもらえたことに、素直に元気づけられました。苦しいのは自分だけじゃないのだと思いました。私も演劇サークルで末席を汚していた人間。どこにいようが、何をしようが、周りの人を楽しくさせる事を忘れてはいけないなと思い返しました。真面目なヤクザの人達が使う任侠道ではないですが、私も演劇道(エンゲキドウ)を貫いていかないといけません。頑張るぞ!負けないぞ!

矢口真里復帰問題から見る芸能人の生き方

 不倫相手と自宅にいる所を偶然帰ってきた夫に見られるという大失態を世間に晒してしまった結果、芸能活動を停止していた矢口真里が、10月23日「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)に生出演しました。不倫騒動から1年5か月の時を経ての登場となりました。番組では、不倫騒動の内容を明かさない取決めを前夫と交わしたという事で、肝心な内容を話すことはありませんでした。
*「モーニング娘。」の表記ですが、固有名詞の後ろに句点があるので、文章を読む際混乱を招きます。今回の記事では、句点を除いた「モーニング娘」という表記にしております。

 現在31歳の矢口真里を語る際に、まず形容されるのが「元モーニング娘」です。モーニング娘は、ロックバンド・シャ乱Qのボーカリストつんく♂のプロデュースの下、1990年代後半に誕生した女性アイドルグループです。程なく、矢口真里は2期目メンバーとして加入します。後藤真希が加入した直後の1999年に発売された7thシングル「LOVEマシーン」が大ヒットして以降、モーニング娘は根強い人気を獲得していきます。2000年前代の女性アイドルグループにおいて、モーニング娘は突出した存在でした。特徴として、既存メンバーの脱退や新規メンバーの加入を頻繁に行う、新陳代謝の高さが挙げられます。話題性を投げ続けることで、求心力を維持していた側面がありました。矢口真里は2005年にモーニング娘を脱退します。

 脱退の発端は、俳優・小栗旬との交際発覚でした。週刊誌によって暴露されたのです。今や人気と実力を兼ね備えた小栗旬ですが、2005年時点では知名度は低く、「モーニング娘・矢口真里の恋愛発覚」が焦点になった芸能ニュースでした。男女問わず日本のアイドルグループの恋愛は名目上禁止されています。当時モーニング娘のリーダーでもあった矢口真里の立場は危うくなる所でした。しかし脱退という自らを罰する形で、事態は収まります。元々入れ替わりの激しいグループ特性に加えて、2005年当時20代前半というアイドルとして「高年齢」になる矢口真里にとって、モーニング娘に居続ける魅力は少なかったのです。

 小栗旬との交際は終わるものの、その後の矢口真里の芸能人生は順風満帆でした。モーニング娘全盛期の一員であった知名度の高さを活かして、芸能界の仕事を着実に得ていきました。バラエティー番組のひな壇を主戦場に、バラエティータレントとして活動し始めます。実力に左右される歌手や女優という領域ではなく、話の上手さや芸能界の社交術が物を言うバラエティーの領域を選択したことが吉と出ました。アイドルグループの一員だったにも関わらず、気取らない性格で面白い話を披露できる矢口真里は、バラエティー番組側にとって重宝される存在でした。アイドルグループのエース格の元メンバーは、過去の影響を引きずり、競争の激しい歌手・女優の領域で勝負する傾向があります。しかし多くは行き詰り、成功している例は少ないです。モーニング娘のエース格ではなかったからこそ、矢口真里は芸能界における「自分の位置取り」を適切に行えたと言えます。そして私生活では2011年に前夫と結婚しました。

 しかし2013年の不倫騒動で芸能活動停止を余儀なくされます。歌手や女優は、本人と離れた作品で評価されます。歌手であれば楽曲、女優であれば演技の内容で、支持・不支持の判断を下されます。私人として好ましく思われなくても、作品に関しては支持されるという側面があります。一方、バラエティータレントは異なります。「私人としての評価」が重要になります。バラエティータレントの活躍の場として、バラエティー番組の他に情報番組があります。情報番組は特に、「私人としての評価」が高い人を、出演者に選定します。
多くのママタレントが情報番組に出演していることがそのことを実証しています。

 とはいえ1年5か月の芸能活動停止期間で禊が済んだという解釈もできます。追い風の存在も感じます。長年芸能レポーターとして活躍する井上公造が、今回「情報ライブ ミヤネ屋」に出演の話を持ちかけて、芸能界復帰を画策したと言われています。芸能界における井上公造の存在は小さくありません。井上公造を担保として、矢口真里は芸能界での仕事探しを行えることを意味しています。矢口真里の懐事情も復帰の背景にあります。現在、不倫相手だった俳優と同棲していますが、相手は無名の存在です。稼ぐ役割が矢口真里に回ってきます。名が知られた芸能人が、引退して、一般人として稼ぐ事は苦労を伴います。一方、多少の我慢を強いられますが、芸能界に居続ければ多額の金を手にすることができます。一度名が知られた芸能人は、人気がなくなって一線の場から退いても、利用価値があるのです。「名が知られている」という要素だけは残っている為、「宣伝・PR」の役割を果たす仕事に事欠きません。パチンコ店の営業や通販番組の出演などは、一線の場から退いた芸能人の稼ぎ場所です。

 一応の芸能界復帰を果たすことはできるでしょうが、どのような形で芸能界に残り続けるのかは、予断を許しません。再度の失態をすれば芸能人生は終わりとなります。私生活を誠実に、与えられた芸能界の仕事を確実にすることが求められます。

ラーメンの量は増やせ、学級人数は増やすな

 小学校1年生の学級人数を35人から40人に変更する動きが財務省主導で行われているニュース、ひどい話ですね。30人学級とか、25人学級とか、もっと少人数学級にするなら良いですが。40人とは多過ぎです。先生の更なる負担になります。要するに、小学校の先生の人数減らして、予算を減らしたい財務省の思惑が背景にあるのでしょう。でも教育の予算を減らしてはいけませんよ。他は我慢できますが。と書いているうちに浮かんできたのですが、これも消費税10%増税実施のキャンペーンの一環で、流した話かもしれませんね。世間であえて反対される話題を投げかけることで、「教育予算が削られるぐらいなら、消費税増税も仕方がないわね」と人々に思わせるという戦略です。財務省狡猾です。消費税増税もちろん反対です。40人学級反対。他に削れる予算あります。

 あと最近エースコック社のスーパーカップを土日によく食べるのですが、気づいたことがあります。昔より、麺が美味しくなっている気がします。そう10年前、大学生だった私は、夕食時にスーパーカップばかりを食べていました。実家通いの学生だったのですが、毎日夕方から夜活動していた演劇サークルに所属していたので、夕食はお腹が一杯になり財布に優しいスーパーカップになっていました(あとカップ焼きそば系も沢山食べていました)。日清のカップヌードルは量が足りなかったですよ。スーパーカップでも足りなかったので、1個上の女性の先輩に「バケツサイズのカップ麺が食べたい」とか馬鹿な事を言ったりもしたものです(ちゃんと聞いてくれて、今思えば、いい先輩がいたものです)。

 つまり私にとってスーパーカップとは「味重視」の食べ物ではなかったのです。しかし最近食べたら、麺にコシがあって、噛み応えがあります。主観的なものなので、麺の内容は何も変わっていない可能性もあるのですが。でも明らかに、麺が進歩しています。あとサークル時代、お金がなくなると、100円のポップコーンでお腹を満たすこともありましたね。実家生なのに、親から月に数万円の小遣いをもらって、アルバイトをしていなかったので、裕福な学生の部類に入っていましたが、お金には困っていましたね(でも大学生の後半はアルバイトしてましたよ)。そういえば大学生の奨学金が事実上借金になっている話は社会問題になっていて、解決しないといけませんよね。集団的自衛権より、やること沢山あります。

さて来週も気合いを入れて頑張りますか。
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