アギレ新監督を選んだサッカー協会の狙い

 2018年ワールドカップ・ロシア大会での活躍を目指すサッカー日本代表の監督に元メキシコ代表監督のハビエル・アギレが就任することが決まりました。サッカー日本代表を主導しているのは日本サッカー協会です。日本サッカー協会がアギレを代表監督に選定した理由として、メキシコ代表を2002年日韓大会と2010年南アフリカ大会の両大会で、グループリーグ突破させた手腕が挙げられます。確かに、先のブラジル大会においてグループリーグを突破できなかった日本代表にとって、アギレの実績は現実的な要望に即しています。

 日本サッカー協会には他の思惑もあります。スペインのサッカーリーグ「リーガ・エスパニョーラ」との関係構築です。もちろん日本サッカー協会の認識としては、アギレが日本代表監督の指揮をとる事に伴う「副産物」といった程度で、主目的は日本代表の強化であることは変わりません。けれども強化と同時に、代表戦で沢山の客をスタジアムに呼び、大手企業にはスポンサーになってもらう努力が日本サッカー協会に求められます。日本代表の話題作りが鍵となります。日本代表を務めるサッカー選手がJリーグで活躍し、マスコミに大きく取り上げられることで、世間の関心が集まり、自ずと代表戦の話題も盛り上がるというのが理想です。しかし現実は、Jリーグで活躍しても、マスコミは大きく取り上げてくれません。世界上位リーグと比較したJリーグの実力・人気の低さ、Jリーグに加盟するクラブの堅実経営により、Jリーグの存在感はマスコミ内では薄いです。

 イギリスのプレミアリーグやイタリアのセリエAといった世界上位リーグは、実力が高く、人気が全世界的にあります。動く金も抜群に大きいです。世界上位リーグの層に日本人サッカー選手が入り込むと、一転マスコミは大きく取り上げます。長友佑都であればセリエAの有名強豪クラブであるインテル・ミラノに移籍した時、本田圭佑も同様にセリエAの有名強豪クラブであるACミランに移籍した時に、注目度が一気に日本で上がりました。この事実は、同時に日本代表への注目度を上げることにもなりました。スタジアムに足を運ぶ客はもちろん、スポンサーになる企業の数も増やしやすくなります。日本サッカー協会にとって、Jリーグを盛り上げるより、世界上位リーグに優秀なJリーグ出身の日本人選手を多く送り込むことの方がビジネスの面では奏功するのです。


 けれども日本サッカー協会が、Jリーグで活躍する日本人選手を世界上位リーグに直接売り込むことはできません。選手自身の意思、Jリーグの各クラブの方針、移籍を引き受ける海外クラブの要望、そして移籍をまとめる代理人の手腕によって、海外クラブへの移籍は決定されます。移籍の交渉現場に日本サッカー協会が介在する余地はありません。しかし「移籍しやすい環境」を日本サッカー協会は作ることができます。日本代表監督になるアギレは、2002日韓大会でメキシコ代表をグループ突破させた後、2002年からリーガ・エスパニョーラのオサスナというクラブの監督になります。それから2009年~2010年に再びメキシコ代表監督をつとめたのを除いて、2014年までリーガ・エスパニョーラで計4クラブの監督を経験します。リーガ・エスパニョーラという世界有数の上位リーグにおける約10年間の監督経歴は、アギレのもう1つのアピールポイントです。メキシコ人であるアギレがスペイン語を母語としていたこともリーガ・エスパニョーラでは役立ちました。

 リーガ・エスパニョーラにおけるコネクションをアギレは持っています。リーガ・エスパニョーラの各クラブの経営者層やクラブと関係の深い代理人とは、顔見知りです。もちろん日本代表監督になるアギレが、日本サッカー協会の意向を受けて、顔見知りのスペインの代理人達に直接、Jリーグで活躍する日本人選手を売り込むことはできません。けれども「アギレが日本代表監督になった」という事実は、アギレと顔見知りのスペインの代理人達に、日本への興味を持たせます。スペインの代理人達が、Jリーグで活躍する日本人選手に関心を持った際、非公式な形であれば顔見知りのアギレに相談することができます。スペインの代理人達にとって、以前より日本人選手を獲得しやすい状況下になります。アギレにとっても、リーガ・エスパニョーラで日本人選手が将来活躍することは、悪いことではありません。活躍する日本人選手の存在が、リーガ・エスパニョーラ内における「日本代表監督・アギレ」の認知度を上げるからです。日本代表監督退任した後のアギレは、リーガ・エスパニョーラのクラブで再就職をしやすくなります。

 日本代表前監督のアルベルト・ザッケローニの在任期間内(2010年~2014年)に、長友佑都はインテル・ミラノに、本田圭佑はACミランに移籍しました。ザッケローニは過去にインテル・ミラノとACミランの監督をした経験があります。ACミラン監督時代の1998年~1999年には優勝させています。事の詳細は分かりませんが、「ザッケローニが日本代表監督だった事」が両名の移籍に何かしらの影響を与えたはずです。過去にリーガ・エスパニョーラのクラブに移籍した日本人選手は複数いますが、活躍の域までには達しませんでした。活躍の未開拓地です。リーガ・エスパニョーラで活躍する日本人選手が現れると、自ずと日本代表も盛り上がります。
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「ポニーテールとシュシュ」にはまってしまった

 先日、職場でかけているFMラジオ番組で、AKB48の『ポニーテールとシュシュ』という曲が流れていてですね。「フン。AKB48の一昔前の曲かぁ。ケッ」と思っていたのですが、「でも、あれだな。メロディーというか聞きやすいな。自分の意思に反して、調子が上がっていく感じだな…」ということで、iTunesで買いました。それでユーチューブで、PVも見たのですが、結構良い出来具合じゃないですか。まず、皆若いです。篠田麻里子さんにいたっては、髪の毛ロングですよ。PVの4分25秒から4分28秒にかけての渡辺麻友の表情も微妙な感情を顔に出していて、思わず「渡辺麻友やるじゃないか」と思った次第です。それで他にもユーチューブで、『ポニーテールとシュシュ』を歌っている歌番組やライブを見ました。結構ダンスの難易度、難しいですよ。手数多いですし、振り付けもメンバー間で分かれていていますし、練習を沢山したのだなという事が伝わってきます。確かに、こういうのを見せられると、20歳前後の女の子に全く興味のない中年男性も心を揺さぶれるものがあります。このブログで辛辣にAKB48を批判してきましたが、良い所は素直に認めたいです。そして、ふと思いました。もし自分が20歳前後の時、AKB48に出会っていたら、どうなっていたのかと…。何もかも捨てて、熱心なファンになっていたり…。人生変わっていたのかもしれませんね。

 『ポニーテールとシュシュ』に関しては、歌詞と曲も上手く作られています。他のAKB48の曲の歌詞同様に、若い女の子達が歌っているにも関わらず、「若い男の子目線」から書かれた歌詞です。それも「若い男の子」は繊細な心の持主で、行動的な男の子ではありません。ヤンキー青年のような「いい女の子を彼女にしてぇ」「地元でリスペクトされてぇ」という性格と180度違います。AKB48のファン層にぴったり当てはまります。ファン目線で、歌詞は作られていますね。ちゃんとマーケティングされた上で作られた歌詞ですね。曲単純な調子であれば、あるほど好きな人って多いと思うので、良いですね。いわゆる「神7」がきっちり残っていて、AKB48 の全盛期だったと言われることでしょうね。

 暑い日々が続いていますが、こういう時こそ、負けじ魂でやっていくしかありません。僕たちは働かないといけません(AKB48歌詞調)。見栄を張るな、意地を張れで頑張っていきましょう。

守勢に回ったロシアとプーチン

 日本時間7月17日にウクライナ東部のドネツク州でマレーシア航空機が墜落し、乗客と乗員が全員死亡した可能性がある惨事が起きました。墜落したマレーシア航空機はオランダのアムステルダムからマレーシアのクアラルンプールに向かっていました。地対空ミサイル等で撃墜された可能性が高いです。今回の発端は緊迫化したウクライナ情勢にあります。
*今回は記事を作成するにあたり、外務省のサイトの情報を参照させて頂きました

 2014年当初のウクライナ国内では、当時のウクライナの大統領ヤヌコーヴィチ政権への抗議運動が活発化していました。ヤヌコーヴィチ政権は親ロシア派で、ウクライナが一層ロシアに依存する国家運営の方向性をとろうとしていました。一方もう1つの勢力として、親EU(欧州連合)派がウクライナに存在していました。ロシアに依存する国家運営から脱却しEU加盟を目指す派です。親EU派がヤヌコーヴィチ政権への抗議運動を担っていました。2014年2月抗議運動に耐えられなくなったヤヌコーヴィチ政権は退陣し、親EU派がウクライナで実権を握ることになりました。面白くないのはロシアで、対抗措置として、ウクライナ領のクリミア半島にロシア軍を派遣し実効支配をします。実効支配した後に、クリミア半島でロシアへの編入を問う住民投票が実施され、ロシア編入への賛成が上回り、クリミア半島はロシアに編入されました。実質武力により領土を奪取したロシアは、アメリカやEU諸国から非難され、経済制裁を科されました。けれども旧ソ連の継承国であるロシアは今も軍事大国で沢山の核兵器を保有しています。EU諸国にとって、自国でエネルギーの源とする天然ガスの主な供給源がロシアです。ロシアに対して本格的な経済制裁を科せられないのが実態です。

クリミア半島を奪われたウクライナでは2014年6月、ヤヌコーヴィチ政権退陣後不在となっていた大統領に、親EU派のポロシェンコが就任しました。同時に、ロシアと歴史的関係が深いウクライナ東部の州で、親ロシア派武装勢力の動きが活発化していきます。ウクライナのポロシェンコ政権は、親ロシア派武装勢力の存在を許すことはできません。ウクライナ軍と親ロシア派武装勢力との内戦がウクライナ東部で開始されました。その内戦下でマレーシア航空機は墜落しました。現在までの報道において、「親ロシア派武装勢力がウクライナの軍用機を狙って地対空ミサイルを発射した所、間違ってマレーシア航空機を撃墜してしまった」という親ロシア派武装勢力による誤射説が多く伝わってきます。


 内戦の戦火が、内戦の当事国ではない他国の民間人に及んだ場合、内戦の様相は一転します。国家権力は、加害側が特定された惨事に自国民が遭った場合、自国民の恨みを解消させる為に加害側に報復を行います。1995年に起きたオウム真理教集団による地下鉄サリン事件では、国家権力は徹底的に加害側のオウム真理教を叩く形で、報復しました。報復する力を保持、そして実行できることが、国家権力を支えている重大要素です。国家権力が加害側に報復できなければ、被害者側は加害側への恨みを残すのと同時に、報復できない国家権力に不信を持ち始めます。

 2001年の9.11アメリカ同時多発テロに対するアメリカの報復は、アメリカ軍によるアフガニスタン攻撃の形をとりました。同時多発テロの実行集団アルカイダのリーダーを、アフガニスタンのタリバン政権が匿っている疑いから、タリバン政権は攻撃されました。アメリカ国家にとって、多くの自国民が殺された事で、関係の薄かったアフガニスタンのタリバン政権が急遽「敵」になったのです。当時のアフガニスタンは、タリバン政権と反タリバン勢力との内戦下にありました。けれどもアメリカ軍の参戦により、反タリバン勢力が逆転して、内戦の様相は一転したのです。アメリカとしては、報復という「国家権力の機能」を保つ為に至った結果が、戦争だったのです。

 親ロシア派武装勢力による地対空ミサイル発射によって、マレーシア航空機が撃墜されたことが確定されたとしましょう。被害者の当事国の怒りは収まりません。民間の航空機は多国籍の人々が乗っています。その民間機の1つが撃墜された事は、他人事ではない事として世界の人々を震撼させるでしょう。大国アメリカやEU諸国が親ロシア派武装勢力に軍事的制裁という報復をするのは必至です。ただ複雑なのは、親ロシア派武装勢力の後ろ盾としてロシアがいることです。この段階で、ロシアが親ロシア派武装勢力と共に、アメリカやEU諸国と戦争をする事はありえません。大規模な戦争になり、誰もそれを望んでいません。ロシアが親ロシア派武装勢力を見限る選択肢が現実的です。しかしその場合、ロシアは「傘下に収める者を真剣に保護してくれない」というイメージが世界に波及します。ロシアの威信は低下します。今年から上昇基調だった「プーチン株」も暴落です。

 ロシア側が高い代償を払うことを提案することで、アメリカやEU諸国に報復を避けてもらう展開も考えられます。報復自体は避けられ、ロシアが主導した形を見せることができます。その場合でも、ロシアが高い代償を払う事実が残り、ロシアの威信は低下します。これまでウクライナ情勢で優位に立っていたロシアですが、一転守勢に回ることになってしまいました。

鳥貴族コイサー、8月イベント頑張る、衝撃の近況報告に負けない

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 先日、会社の上司と鳥貴族という焼き鳥チェーン店に行ってきました。東京都内に沢山あるのですが、ある時まで知らなかったです。鳥貴族の存在を知ったのは、鳥貴族が最近ジャスダックに上場した時です。上場の際、鳥貴族関連で取りあげられた話題が、鳥貴族の社長の息子がアイドルグループ・関ジャニのメンバーの1人ということです。アイドルである息子も株を持っている為、上場でお金が入ってくるとのことです。ちなみに、鳥貴族の社長は「世襲はしません」とある媒体で言っていました。
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 メニューは焼き鳥がメインで、その他のおかずメニューは豊富ではありません。けれども焼き鳥が、物凄く美味しかったです。肉質は柔らかく、鶏肉自体に臭みや癖がなくその上に、塩味やタレがのっており、バクバクと食べることができました。居酒屋によっては、美味しくない焼き鳥を出す所もありますが、鳥貴族は専門店だけに美味しかったです。人にもお薦めできるので、飲み会の候補が1つできました。


 あと夏の帰省が近づいていますね。私は先日、実家京都に帰省する際の、新幹線のチケットを買いました。乗車する1か月前から切符を買えるのですが、夏のお盆休みは混むので、1か月前にもう買わないと席がなくなっていきます。今回は学生時代に属していた演劇サークルの人達とお笑いイベントやったりと、楽しみが多いです。あー、同級生の近況を聞かされるんでしょうね。全くと言ってよいほど、連絡を他人ととらない私ですので、同級生の近況が疎いです。どうしよう、皆結婚して、自分だけ独身だったりして…。いや、おそらくそんな事はないはずです。この前、仕事の打合せで、ある女性に今回の話をしたら、「大丈夫だよ。半分ぐらい結婚してるだけだって」と答えてくれました。

 まあ、孤高に生きる私にとって、他人の幸せ云々などは気にする事では全くないのですが。それでも同級生の近況が少し気になった31歳の日曜日の昼でした。

文章技術論

 ブログでもしくは企画書で受け手を納得させる為には、文章が上手であることがまず最低条件だといえます。どのような文章を「上手」と定義するのかは、難しい問題です。ただ「さらっと読めて、内容をさらっと理解できる文章」は、「上手な文章」の1つに収まります。どうやったら、「さらっと読めて、内容をさらっと理解できる文章」に近づけられるのかという方法を、現時点で私が思い浮かんでいる範囲内で話していきます。


 以前のブログにも書いたことですが、まずどんどん書いていくことが文章上達の最良の方法です。しかしそれは本格的に書くことをスタートした人だけに当てはまる方法でもあります。初心者限定の文章上達方法なのです。書く技術が何もない文章初心者に、沢山の文章技術論を伝えても、その内容の浸透具合は低いです。そしてその沢山の技術論の教えが、書く上での制約となり、窮屈な書き方を最初からさせてしまうことになります。それよりは、制約を一切なしで自由に文章を書く方が、今後の文章上達をする上では有効です。文章を書き切る事自体苦労します。それをまず経験する、そしてその表現の楽しさも知ることが最初は重要です。楽しさは、文章を書き続ける上での担保となるからです。

 どんどん書き続けていけば、それなりに評価されます。今ブログやツィッターなどで、面白い事を書いている人は、この段階です。けれども次の段階には簡単にはいけません。例えば、文章量を多くしようとした場合、行き詰ってきます。私自身いつも苦労するのですが、やはり1000字以上を超える文章を書くと、色々な「つじつま合わせ」をする必要が出てきます。最初の方では「フィレオフィッシュバーガーはタルタルソースが重要だ」と言っていたのに、何の説明もなく最後の方は「フィレオフィッシュバーガーはチーズが重要だ」という主張にいつの間にか変わっているようではいけません。よって「フィレオフィッシュバーガーはタルタルソースが重要だ」から「フィレオフィッシュバーガーはチーズが重要だ」の間に、その変更したしっかりとした説明を入れたりする作業が発生します。また数千字の長い文章を書くようになると、1つ1つの文章が単調になっていることに気づきます。「●●です。」という語尾で終わる文章が、続けて書いてしまうのです。同じ調子で書かれると、読み手は読みづらいものです。

  書くことに慣れてくると、「言葉を自由に扱えるようになった」感覚を手にします。ちょっとしたメールの返信でも、気の利いた言葉(ex新年は信念をもって頑張ります)がすぐに思い浮かび、それで送り返したりできるようになります。しかし、いざ長い文章になると、途端に悩み苦しんできます。高い壁にぶち当たります。そこを突破するのに、役立つのが文章技術論です。とりあえず書くこと自体には慣れていて楽しみも知っている、しかし長い文章を上手く書き切れないで悩んでいる、こういう環境にいる書き手には文章技術論が利きます。書き手は、その文章技術論の内容を、これまでの書いてきた経験とすり合わせながら取り入れることができます。また行き詰っている環境下にいるので、文章技術論を学ぶ動機を十分に持っています。書き手への浸透度は高いです。文章技術論とは、文章初心者ではなく文章中級者にとって必要なものだったのです。


 私なりに考えた文章技術論を話していきます。それは「1つ1つの文章に変化をつける」ことです。1つ1つの文章が単調にならないように気を配ります。「私は12時になりお腹が空きました。なので私はいつも行く牛丼やさんに行きました。そこで私はいつも頼む牛丼並、サラダセットを頼みました」という文章があるとしましょう。「お昼ご飯に行った」という内容を詳細に伝えることが目的にされています。しかし中学校の国語の時間で先生に注意される文章レベルで、単調な印象を受けます。まず「」内の文章は3つありますが、3つの文章とも「~ました。」という同じ語尾で終わっています。また3つの文章量もだいたい同じ量です。1つの文章の読み切り方が同じ調子で、1つの文章を同じ時間で読めてしまう、この2点が単調な印象を読み手に受けさせてしまう原因です。ある内容を伝える時、私達は苦労します。その時、知らず知らずに、同じリズムで人は表現してしまいがちです。読み手にとっては「なぜこんな単調な文章を書くのか」と疑問に思いますが、その読み手がいざ書き手に回れば同じような単調な文章を書いてしまうものなのです。そこで重要なのが「1つ1つの文章に変化をつける」ことを書いている際に意識することです。例えば先ほどの文章も「空腹でした。時間も12時になっていたので、いつもの牛丼やさんに行くことにしました。頼んだのはいつもの牛丼並、サラダセットです」と変えれば、単調な文章の印象を抑えることができます。「続けて同じ語尾で終わらない」「文章量に変化をつける」の2点だけを意識して文章を書いてみてはどうでしょうか。おすすめです。

  「文章量に変化をつける」ことで、もう一つ話しますと、効果的なのが「長い文章が2つ3つ続いた後の、短文」です。この「短文」に、伝えたい事の核心を載せるのです。例えば「今回食べたラーメンは、スープはコッテリで飲み応えがあり、麺にもしっかり絡まり充実した食べ応えがある。しかし残念なことに、スープがぬるい為このラーメンの魅力をそいでいる。特に冬のこの時期、ラーメンに求める1つとしては冷えた体を温かくしてくれることである。ぬるいスープは客への裏切りだ。上手いスープはそうそう意識して作れるものでない、しかしスープを温めることは意識していれば誰にでもできる。…」というラーメンレポートがあったとします。このラーメンレポート内で目立つ文章が、「ぬるいスープは客への裏切りだ」という短文です。「ぬるいスープのラーメンは許されない」というレポートの核心が、この短文に載せられています。これは他の文章が長いので、その比較として目立ってしまう仕組みになっています。週刊誌の記事でよく見かける技法です。


 しかし先ほども話しましたが、このような文章技術論は初心者には、表現する上での障害物になります。また文章中級者にとっても、これからの技術にこだわる余り、書き殴るように書いていた時の文章の面白さが失われてしまうかもしれません。その辺りのバランスのとり方が大切です。

最近見た映画の話

 最近ゲオさんで『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』と『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を借りて見たのですが、どちらも面白かったです。『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』の主演女優の女の子が容赦ない残酷なシーンを演じているのですが、子どもにあんな演技やらせて大丈夫なのかーと思ってしまいました。日本だと芦田愛菜さんがその役をやるような感じですからね。芦田愛菜さんが悪い奴をバシバシ倒していく光景を想像するのは難しいです。

 『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は、レオナルド・ディカプリオさんの薬物でハイになった演技は迫力がありました。巷では彼の演技が評価された映画でした。アメリカの映画界隈では、発狂気味の演技をできるようになった俳優・女優は「実力派」と形容されます。でも発狂気味の演技って、勢いでやれてしまう要素があります。清純派だった女優や好青年役しかやらなかった俳優が、汚れ役で発狂気味の演技をすると、高評価されているのが、毎回私は不思議です。何か評価基準が単純じゃないですか。抑制的な演技で見せられるようになってこそ、「実力派」だと思うのですが。

 話は変わり、だいぶ暑くなってきましたね。昨日は夕方、夕食を食べたら、お腹が痛くなったのか、胃がもたれたのか、分からないですが。お腹の具合が悪くなってしまいました。急にアイスクリームや冷たい飲み物をガブガブ飲んだのがいけなかったのでしょうか。暑さで体の機能が低下していたのかもしれないですね。気をつけましょう。

集団的自衛権行使容認を憲法解釈で行ってはいけない理由

 集団的自衛権行使を可能とする憲法解釈の変更が安倍内閣で閣議決定されました。日本は憲法9条に記載されている戦争放棄の概念によって「戦争を行えない国」という縛りをかけられています。ただし他国から日本が攻められた場合における「自国を守る為の武力行使」は可能という憲法解釈が日本では認められてきました。「自国を守る為の武力行使」を具現化された存在が自衛隊です。自衛隊は名前の通り「専守防衛のみを目的とする国営武装組織」として位置づけられています。「自国を守る為の武力行使」をできる権利を個別的自衛権と言います。第二次世界大戦に敗戦して以降の日本は、日本国憲法の下、個別的自衛権に基づく戦争しかできない統治国家になっています。よって尖閣諸島や沖縄に他国が武力を持って攻め入った場合、日本は個別的自衛権を根拠に、攻め入った他国の軍隊に対して、堂々と武力を行使できます。

 一方の集団的自衛権は、例えば日本の同盟国が敵対する他国から攻撃を受けた時、日本の自衛隊がその同盟国を軍事上支援できることを意味します。集団的自衛権で重要な点は、軍事上支援する国側が「敵対する他国から攻撃を受けていない」状況下でも、敵対する他国に対して武力行使をする事です。逆に軍事上支援する国側が、同盟国同様「敵対する他国から攻撃を受けた」状況下であれば、武力行使の根拠は個別的自衛権です。例えば、敵対するA国がアメリカ軍を攻撃して、なおかつA国が日本の領土にも攻撃した場合、日本は個別的自衛権でA国に対して、何の問題もなく武力で対処できます。この場合、集団的自衛権は必要とされません。つまり集団的自衛権は、「自衛する」要素より、「同盟国を軍事上支援する」要素で占める割合が大きいです。「集団的自衛権」という言葉で示されている概念は、「同盟国軍事支援権」という言葉の方で示された方が的確です。一旦、集団的自衛権行使が可能となれば、今後の政府次第で「行使の範囲」が拡大することは容易です。集団的自衛権という名の下で、日本の自衛隊がアメリカ軍の戦争に加わる可能性があります。


 今回の安倍内閣の決定には2つの問題点があります。1つ目は「集団的自衛権という内容を憲法解釈の変更で行った」ことです。「国民の行動を縛る」権限は政府にありますが、権限の基になるのが法律です。ただしその仕組みだけでは、時の政府に都合の良い法律だけを量産させる危惧が残ります。それを防ぐのが憲法です。法律は憲法の考えに従う必要があります。「法律の法」という役割を憲法は果たしています。憲法と法律の主従関係が機能している国が法治国家です。根本である憲法の改正は困難になるように設定されています。特に硬性憲法と呼ばれる改正基準が高い日本国憲法は、制定以来一度も改正されていません。

 現実の状況と憲法の考えが乖離している事例に関しては、政府は憲法解釈という手段で対応してきました。「憲法9条で戦争しない戦力を持たないと書かれているので、日本は戦争しないし軍隊を持たない」とする見解を、「憲法9条で戦争しない戦力を持たないと書かれているが、個別的自衛権は例外で認められる。そしてそれを可能とさせる自衛隊が必要だ」という見解に変更をするのが、憲法解釈です。安倍内閣も集団的自衛権行使容認をこの憲法解釈の延長線上で実現しました。しかし「同盟国を軍事上支援する」要素が強い集団的自衛権は、明らかに憲法9条の考えに反しています。「憲法解釈による集団的自衛権の容認」は非論理的です。集団的自衛権を筋道立てて実現させるには、9条自体を根本的に見直せる憲法改正しかないのです。憲法解釈自体は悪い事でありません。「憲法改正という層」で解決されるべき「集団的自衛権という内容」が、肌の合わない「憲法解釈という層」で解決されたことが問題なのです。今回の件を契機に、他分野における「憲法解釈の不当な変更」の拡大が懸念されます。


 2つ目の問題点は、先程も述べた「集団的自衛権そのものが日本を戦争に至らせる危険」があることです。集団的自衛権の背後にはアメリカの思惑が働いていると噂されます。GDP世界第3位の経済大国で、「アメリカ陣営の一員」である日本の軍事的貢献を、軍事予算が縮小傾向にあるアメリカ側としては期待する部分はあります。けれども、これを機会とした「日本の軍事大国化」をアメリカは全面的には支持しません。第二次世界大戦で大国アメリカ相手に戦争を仕掛けた事、戦後日本が有数の経済大国になった事、これらの事実によってアメリカは傘下に収める日本を潜在的脅威と見なしています。日本が核兵器を持てない背景には、アメリカの意向が強く働いていると見るのが妥当です。日本はすでに多大なる「軍事的支援」をアメリカに実施しています。沖縄をはじめとして存在する在日米軍基地です。もし在日米軍基地がなければ、東アジアでのアメリカ軍の存在感は薄まっています。アメリカは日本に今以上の貢献を期待していないと見てよいでしょう。

 閣議決定された集団的自衛権行使容認の問題は、方向性が決められた段階です。今後、方向性の意思を汲んだ法律の成立を巡って、国会で話し合いがなされます。野党の追及が始まります。国民の命に関わる重要な事柄だけに、与野党はもちろん、国民の我々も真剣に考える必要があります。

非モテという至福な生き方

 集団的自衛権行使容認が結局閣議決定されましたね。もちろん私は反対です。所詮安倍首相のエゴじゃないですか。その為に、戦争に巻き込まれるなんて、たまったものじゃないです。集団的自衛権の問題は、明日投稿する記事で書いております。世間ではかなり説明されていて古い情報ですが、丁寧に私なりの視点でまとめました。是非明日の記事ご一読を!

 集団的自衛権の話は終わりです。週刊誌で気になった記事は、新宿歌舞伎町の女子大生昏睡事件です。明治大学と日本女子大学の合同テニスサークルの飲み会で起きた事です。男子側によるお酒の「飲ませ過ぎ」が原因でしょう。また睡眠薬を盛ったのではないかとの疑いの声もあります。もし睡眠薬を使ったのなら、盛った側の目的は、大方予想はつきます。未だに、こういう事をしている連中がいるのかと、あきれてしまいます。もし私が娘を持つ親の立場であれば、そんな危険で破廉恥なサークルが、堂々と学内で活動している大学に行かせる訳にはいきません。大学職員の方はもっと学内のサークル指導を徹底すべきです。

 大学生ぐらいの年頃は「恋愛至上主義」とも呼べるような考え方が波及しやすいものです。大学生だった頃もある私は、文化系サークルにいたのですが、そこですら「彼女がいない」「性体験がない」ことで、よく先輩からからかわれました。もちろん相手を傷つける行為はあってはいけませんが、多少の強迫観念を伴い、恋愛することの功の部分がある事は認めます。異性を意識することで結果的に、身なりに気をつかい、社交性を取得する機会にもなります。ただ健全な恋愛ではなく、集団間での見栄を気にして、好きでもない相手と交際していたり、異性との出会いばかりに時間を割いているのは、良くないと思います。

 大学生の頃は「彼女とか作らないの?」とか言われたものですが。当時から反抗的な思想の持主だった私は断固として拒否していました(決して「全くモテないという現実」→「彼女を持つことをあきらめた」という思考経路ではありません)。もちろん思想は行動に直結するもので、全くモテなかったこともここで告白しておきます。でも彼女がいないことで他人について悩む時間は削られましたし、恋愛マーケットに上場しなかったことで心が擦り減ることもなかったです。「彼女がいないこと」で私は救われていた側面もありました。

 彼氏や彼女がいなくても、楽しい大学生活を送る事ができます。恋愛に割く時間はほどほどに、知らない人が多い飲み会はいかないなど、大学生の人達は多少の開き直りと、時には強い意思を持って、大学生生活を送って欲しいものです。

関西のテレビ局出身のアナウンサーは、なぜ話が面白いのか

【お詫び】本来ならこの記事は6月30日(月)に投稿する予定でしたが、予想外のパソコントラブルで、6月30日(月)に投稿することができませんでした。長い記事ブログは、毎週月曜日に投稿することと決めている私としては、投稿が遅れてしまったことを残念に思っております。ようやく本日パソコンが正常に戻りましたので、投稿致します。これからも毎週月曜日に、投稿しますので、何卒よろしくお願いします。


  テレビ朝日で放映されている平日朝の情報番組『モーニングバード』の司会を勤めているフリーアナウンサー・赤江珠緒の評判が良いです。1975年生まれの赤江珠緒は現在40代に差し掛かろうとする年齢ですが、抜群の会話力を武器に担当する番組を盛り上げています。会話力の高さを一段と垣間見える場所がラジオ番組です。『モーニングバード』終了後の平日午後に、TBSラジオ『たまむすび』にメインパーソナリティとして出演しています。金曜日だけはTBSアナウンサー・小林悠がメインパーソナリティを勤めますが、月曜日~木曜日までは赤江珠緒が日替わりのパートナー達と組み番組を展開させています。各曜日のパートナーは、月曜日:カンニング竹山(芸人)、火曜日:山里亮太(芸人)、水曜日:博多大吉(芸人)、木曜日:ピエール瀧(ミュージシャン、タレント)。名の知られた芸人達と出自は音楽家ながらバラエティータレント化したピエール瀧がパートナーの為、赤江珠緒は会話の「受け手」としての役割を担います。しかし「受け手」側だけで終わらずに、会話の「出し手」としても自分の話を面白く伝えられるのが赤江珠緒の特長です。

  ラジオ番組は映像を使用できない特性上、放送中の時間を音だけで埋めなければなりません。テレビ番組以上に、「会話の面白さ」がラジオ番組に求められます。裏返せば、出演する人の会話の能力が的確に判別される場とも言えます。赤江珠緒に関しては、話の展開が練られた失敗談の披露、振られた話題に対する答えの多さ、軽妙な会話の掛け合い等、女性芸人に匹敵する会話能力の高さが『たまむすび』内で顕著に出ています。元来女性アナウンサーに求められた要素は綺麗な容姿、原稿を正確に読む力でした。ただ加齢するたびに、綺麗な容姿という資本は減少していきます。綺麗な容姿のおかげで機会をつかんでいられる若い間に、加齢に関係なく通用できる力を蓄えられるかどうかが、女性アナウンサーの今後の仕事人生を左右する時代になっています。会話の力は、本人のやる気があれば、磨けば磨くほど上達します。だからこそ、アナウンサー業界や俳優業界では、採用の際、容姿が最も重要視されるのです。整形手術という特別手段を除いて、容姿は根本的に変えられません。残念ながら「容姿は普通だが、会話に秀でている人」の場合、成長する余地がないと判断されます。


 芸人達との親和性の高さを示している赤江珠緒ですが、その素地は彼女がアナウンサーとして入社した朝日放送時代に培われました。朝日放送はテレビ朝日系列のテレビ局で、関西一帯に番組を流しています。長寿番組で有名な『探偵!ナイトスクープ』や、独自のニュース番組を製作するなど、関西では存在感のある民間の放送局です。関西の民間放送局としては他に、日本テレビ系列の読売テレビ、フジテレビ系列の関西テレビ、TBSテレビ系列の毎日放送があります。朝日放送、読売テレビ、関西テレビ、毎日放送、この4つの放送局が各自情報番組やバラエティー番組を作っています。大量の番組が製作されるので、それに応じた出演者の数が求められます。番組の顔となる主な出演者は関西在住の大物芸能人や東京在住の芸能人で占められますが、それを支える街角リポート、スタジオの外での取材などを担う芸能人も番組には欠かせません。その末端で働く芸能人を安く供給できる組織が関西にはあります。どちらも大阪を拠点として大きくなった吉本興業や松竹芸能です。吉本興業の場合、1982年に開校した大阪の吉本総合芸能学院(NSC)を持っています。大阪のNSCは、ダウンタウンやナインティナインなど数多くの著名芸人を送り出している、日本最大の芸人輩出機関です。関西のテレビ局側からすれば、吉本興業や松竹芸能は番組を埋めてくれる人材の供給源となっています。一方、吉本興業や松竹芸能側からすれば、関西のテレビ局は沢山の無名芸人に機会を与えてくれる存在といえます。関西のテレビ局と吉本興業・松竹芸能には、強い結びつきがあります。

 関西のテレビ局に勤めるアナウンサーは自ずと、活きのよい若手芸人と仕事を共にすることが多くなります。芸人特有の会話術を取得する機会に恵まれます。一方、東京のテレビ局のアナウンサーの場合、バラエティー番組を担当する場合もありますが、他の種類の番組を任せられる事も多く、芸人との接触機会は少ないです。また地方のテレビ局の場合、その都市に吉本興業や松竹芸能に値する組織がなく、芸人との接触がありません。赤江珠緒以外にも、日本テレビ系列で放送されている『情報ライブ ミヤネ屋』の司会を務める宮根誠司が関西のテレビ局の出身者として知られています。赤江珠緒の先輩となる朝日放送のアナウンサーで、長く朝の情報番組の司会を勤めていました。宮根誠司の巧みな会話術は、「若手芸人達との近さ」で培われた側面はあります。今後も関西のテレビ局出身のアナウンサーが全国的に活躍することが多くなりそうです。
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