そうか東京都の自民党議員団とは、悪いヤクザ組織のようなものだったのか

 池袋で起きた脱法ハーブ吸引による自動車暴走事故。私もよく行く場所だけに、全く他人事じゃありません。今回、大変痛ましい事に、中国の方が亡くなられました。池袋には沢山の外国人の方が働かれておられます。必死な思いで働かれていただろうに、やりきれないですよ。自動車が暴走すると想定して街なんか歩けません。何よりも快楽を優先させた事故を起こした人が責められるべきですが、脱法ハーブについても本格的に取り締まらないといけないです。


 東京都議会において、みんなの党の女性議員に対する自民党議員団からのセクハラヤジ問題は時間が経って、色々見えてきました。週刊誌や夕刊紙からの情報ですが、日常的に東京都の自民党議員団は狙いを定めた相手にヤジを飛ばしていました。それも組織的な仕組みでヤジを飛ばしていたそうです。もちろん議会内のヤジ自体は、差別的な内容でないのなら、私は問題ないと思います。今の集団的自衛権の問題で、議会で説明をしている安倍首相に向かって、野党の議員が「アベ。ふざんけじゃねーぞ。バカヤロー」というヤジを飛ばすのは大いに結構です。ヤジが許されるのは、権力者に立ち向かう手段だからです。都議会の最大勢力を誇る自民党が、少数政党の新人議員へのヤジを行うのは、みっともないの一言です。そして追及されても、全員が名乗り出ない、卑怯です。夜の街で、心の悪い3人のヤクザが、因縁をつけて堅気の女性OLの人に「おいおい。この時間に何してんだよ。いい歳した女がよ。子どもいねのーか。よし。俺たちが子ども作るのに協力してやるぜ」と言葉で凌辱するのと全く同じです。

 東京都の自民党議員団は、そうやってやりやすい相手にヤジで威嚇して、自分達の力を見せつけていたのでしょう。「言葉の暴力」で議会を思うように動かしていたのでしょう。立派な暴力利権集団です。悪いヤクザ組織と一緒です。警視庁でもどこでもいいです。東京都の自民党議員団を「指定暴力団」にして指定して、厳しく取り締まって下さい。東京都の自民党議員団は日本でもまれに見る大変危険な集団です。
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サッカーW杯は司令塔とドリブラーに注目

 先日のギリシャ戦における引き分けで、日本の決勝トーナメント進出は絶望的になってしまった2014年サッカーW杯。ただ強豪国同士による決勝トーナメントの試合は残っており、サッカーの醍醐味を味わえるのはこれからです。サッカーは「数的優位を競うゲーム」です。敵味方共に11人で競うサッカーにおいて、ある場面で「敵より人数が多い状況」を作り出す事が勝利への鍵となります。例えば、攻撃するチームにとって、敵チームのゴール前で「攻撃する味方の人数が4人、守備する敵の人数がゴールキーパー含めて3人の状況」を作り出せば、点を取りやすくなります。攻撃側が1人余っていることは、パスを出す際必ず「マークの付いていない味方が1人いる」ことを意味しています。パス回しが楽に済みます。逆に守備する際も、自陣ゴール前で「守備する味方の人数がゴールキーパー含めて4人、攻撃する敵の人数が3人の状況」を作り出せば、敵の攻撃を防げることができます。
*今回は記事を作成する際に、『なぜボランチはムダなパスを出すのか? ~1本のパスからサッカーの"3手先"が見えてくる~』(北健一郎著、サッカー小僧新書)の情報を参照させて頂きました


 攻撃時で数的優位を作り出す方法の1つがパス回しです。攻撃するチームがパスを回し続けることで、ボールを奪いにくる敵チームを疲れさせます。次第に敵の守備陣形は間延びしていきます。間延びとはメンバー間の距離が遠くなることです。守備するチーム側からすれば、メンバーが分散して、1人が担う守備の地域が広くなります。その一方攻撃するチームの陣形は間延びせず、メンバー間の距離が保たれています。サッカーフィールド全体から見れば、共に11人がおり、人数の均衡はとられています(どちらのチームも退場者はいないと仮定します)。どちらのチームも数的優位の状況にはありません。しかしサッカーフィールド内の「ある地域」においては、攻撃するチームの人数が多く、守備するチームの人数は少ないという状況が生まれています。攻撃するチームが数的優位を得ています。攻撃するチームにとって、点をとる可能性が高まります。

 「点を取る」←「敵陣で数的優位を得ている」←「パス回しで敵の守備陣形を間延びさせる」という順序を確認できます。「パス回しで敵の守備陣形を間延びさせる」という事が、シュートでゴールを決めるという行為に、強く働いていたのです。パス回しは、もちろん1人だけでは行えません。味方の複数のメンバーが必要です。技量とメンバー同士の練習も求められます。単純なパス回しでは、敵の守備に通用しません。同じテンポで、同じスピードのパスで、パスを回し続けていると、敵のメンバーに「ボールを奪う機会」を与えてしまいます。ボールを守備する敵チームにとられないように、パス回しに変化を付けることが必要です。急に味方へのパススピードを速める、近くにいる味方同士でパス回しをしていたのに一転遠くにいる味方へパスを送ってみる、パスを送られてきてもすぐに味方へパスを送るのではなくドリブルをするなどしてパスのテンポを変えてみる等があります。この「変化」を何重も組み合わせれば、守備する敵チームにボールを簡単に取られません。

 パス回しはチームワークとしての要素が大きいです。けれども「パス回しが上手い」と言われるチームには「パス回しを主導する」「パス回しに変化をつける」役割を担う個人の存在も不可欠です。マスコミで「司令塔」と呼ばれる選手です。日本代表では遠藤保仁選手がこの役を担っています。一昔前の日本代表であれば、中村俊輔選手です。「シュートを打つ選手に鋭いパスを送る」という印象が司令塔にはあります。決定的なパスを送るのも司令塔の仕事の1つですが、一番求められるのは「パス回しを主導する」「パス回しに変化をつける」ことです。司令塔の本来の役割は「黒子」の存在に近いです。


 司令塔とは地味な仕事で、「他のメンバーがあってこその司令塔」という側面を抱えています。しかしサッカーには個人的要素だけで勝負できる選手達がいます。一例が、推進力のある選手です。サッカーにおける推進力とは「ボールを敵側にとられずに前に進める」ことを意味します。味方陣内から敵のゴール前までドリブルで持って行ける選手はチームにとって貴重です。数的優位とは関係なく、「ボールが保持されて前方にある」状況は攻撃する側にとって好ましいです。点をとる可能性が高いです。該当するのは、足が速くドリブルを得意とするドリブラーと呼ばれる選手達です。

 ドリブラー達は目立ちます。司令塔が「間接的に」点に絡むのに対して、ドリブラー達は「直接的に」点に絡むことが多いからです。テレビのシーンに映し出される事が多く、知名度が高いです。アルゼンチンのメッシ、ポルトガルのC.ロナウド、ブラジルのネイマールといった選手達が挙げられます。チームに依存ずる選手ではなく、個人能力で勝負している為、市場価値が高いです。司令塔の場合、移籍したチームのメンバーとの関係が悪ければ、「パス回しを主導する」「パス回しに変化をつける」能力を発揮できない可能性があります。司令塔の意図を汲まない行為をするメンバーがいれば、司令塔の思い描いたパス回しが崩れます。一方、ドリブラーは移籍したチームのメンバーとの関係が悪くても、期待されている「ボールを敵側にとられずに前に進める」仕事を行うことができます。自己完結した能力だからです。どこにいっても通用することが保証される為、市場価値が高くなります。

好きな海外TVドラマがレンタル開始されるだけで、生きていける

 『ハウス・オブ・カード』というアメリカのTVドラマが最近レンタル開始されましたが、非常に面白いです。まだ1シーズンで6巻しかないので、一気に見られるのですが、もったいないのでゆっくり見ています。主演のケビン・スペイシーさんって、英語のセリフの上手い・下手の基準が分からないですが、存在感とか顔の演技は抜群ですね。野心家の役ですけど、あれはケビン・スペイシーさんしかできないですよ。トム・ハンクスさんはいい人にしか見えないですし、ロバート・ダウニーJrさんやジョージ・クルーニさんだとカッコ良過ぎで、役にあっていません。

 このブログで何度もアメリカのTVドラマにはまっている事を伝えてきました。被りますが、現在もはまっているアメリカのTVドラマを挙げますと、アメリカのCIAの職員を描いたアクションスパイ物の『コバートアフェア』、アメリカのシカゴで母でもある女性弁護士が活躍する『グッドワイフ』、シェイクスピアの悲劇をモチーフにしたっぽい現代の復讐劇『リベンジ』、コミカルな作りの刑事物『キャッスル』、アメリカで起こるテロを題材にして、一時有名だったクレア・デインズさんが主演している『ホームランド』と、ざっとこんな所です。これらの次のシリーズがレンタルされるのが待ち遠しいです。もはや、私はこれらのドラマを見るのを楽しみに生きているようなものです。

 さて明日からも、見栄を張るな、意地を張れで仕事を頑張っていきましょう!!

サラリーマン世界ではヨイショとワイロが物を言う

  日本に生きる多くの会社員にとって、社外の取引先の人達との関係、また社内の人間関係は良好であることが望ましいです。ただ家族関係や友人関係と異なり、仕事上の関係であり、接し方に工夫が求められます。今回は私なりに考えた、また実践している、仕事上の処世術を話します。はっきり言えば、やはり会社員の人間関係では「ヨイショ」と「ワイロ」が物を言うのです。


  「ヨイショ」とは、「本心とは関係なく相手を持ち上げる」という意味で一般的に使われています。お世辞などがその具体的な例です。しかし私が使う「ヨイショ」は、一般的なものとは異なります。何十年と人生経験を積んだ大人にとって、他人の言動が本心に基づいたものかどうかは、分かるものです。本心からではないお世辞を言われても、嬉しくない人も沢山います。言ったお世辞が、悪い評価として自分に返ってくる場合もあります。よって仕事上で付き合いのある相手を実際効果的に「持ち上げる」のは難しい事なのです。ただお世辞ではない雑談で、相手を楽しませることはできます。自分の笑える失敗談の披露などであれば、相手を直接「持ち上げる」のではありませんが、相手を楽しませることはできます。「相手を持ち上げる」のではなく、「相手を楽しませる」のです。楽しい雑談は、決して悪い評価として自分には返ってきません。遠回りの方法かもしれませんが、相手と楽しい雑談を積み続けることで、仕事上での良好な人間関係は出来上がっていきます。相手と楽しい雑談をすること、つまり「相手との雑談を楽しい方向に持ち上げる」ということが、私の考える「ヨイショ」なのです。

  雑談は、仕事で実際重要です。特に営業する取引先の人との雑談だけに収まりません。社内の人との雑談も、働く上では大切です。社内の人と日々雑談することで、信頼を深めておけば、仕事上での応援を期待できます。ちょっとした困ったこと、例えば「自分の知らないエクセルの操作方法」「メール文面の作成方法」等を、教えてもらいやすくなります。また仕事以外の冠婚葬祭や育児、親の介護における助言ももらえやすいです。さらに上司と雑談をして仲を深めることで、出世の道が開ける可能性が高まるでしょう。直接顔を合わせて話すという、雑談は、会社員にとって必須の武器といえます。ではどのような雑談をすれば良いのでしょうか。


  雑談において、重要なのは、片方だけが話過ぎないことです。1人だけが、延々と話していては、聞いている相手が疲れます。実は「聞く」というのは、苦労を伴う行為です。なぜなら「話を覚える」必要があるからです。仕事上の雑談を成立させる為には、聞く側には「話される内容を覚える」責務が残念ながら発生します。話す側の話した内容を覚えていないと、「話す人に関心がない」と解釈されて、仕事上での信頼を損ねてしまいます。夫婦や親しい友人との間の何気ない雑談では、聞いた振りして話を聞いていなかった事はよくあり、許されます。けれども仕事上での雑談において、その行為は許されません。自分の夏休みの話をしているのに、社内の人に聞いた振りだけされて、嬉しい人はいないでしょう。

  当然、「覚える」という行為は、学校の勉強で求められたように、快適な行為ではありません。話す人だけに集中して、これまでの話されてきた内容を整理しながら、忘れないようにするという負荷を自分に掛ける必要があります。一方、話す方は簡単です。内容を整理しながら話す人もいますが、人によっては思い浮かんだ事をただ話す場合もあり、そこには聞く側の「話される内容を覚える」責務に相当するものはありません。よって仕事上での雑談では、自分ではない相手が聞き過ぎていないかに注意することが重要です。逆に言えば、自分が話し過ぎていないかに注意することです。そして、相手にも「話す側」に回ってもらうようにします。主体的に自分が「聞く側」になるのです。そうすれば、相手は聞くことに伴う責務から解放されて、楽になります。

  相手に「話す側」に回ってもらうには、やはり「相手の話しやすい内容」を雑談上に挙げることです。例えば、相手が阪神タイガースのファンならその話、釣り好きな相手ならその話を、雑談に挙げるのです。ただ、「聞く側」に回る自分が無理になる話題は避けるべきです。明らかに、自分の興味のない競馬の話を延々とされては、「聞く側」の自分が疲れてしまいます。やはり雑談は自分も楽しめないといけません。過度の自己犠牲は長続きせず、結果的に相手との人間関係も長続きしなくなります。よって相手の興味があり、自分も興味がある、話題を雑談上で挙げることが重要です。

  ちなみに私は、海外旅行の話題を雑談に挙げます。日本で生きる大人であれば、一度や二度海外旅行に行っています。海外旅行は、楽しむ目的で行っているので、楽しい思い出が多いです。また海外という珍しい地に行ったので、話せる内容が豊富です。相手に不快なく、話してもらうには、良い話題です。一方私は外国の歴史を勉強していたこともあり、外国には関心があります。相手の海外旅行の思い出話は、面白く聞けます。


  「ワイロ」も会社員にとって重要です。仕事上の便宜を図ってもらうために送る金銭やそれに類する物、それらが賄賂です。けれども昨今は「賄賂受難の時代」であります。公務員に賄賂を贈れば贈賄罪で捕まってしまいますし、民間企業でも昨今はルールが厳しく食事における接待もできないことが多いです。「賄賂=犯罪」の様相を呈しているのが、日本の社会状況です。しかしそんな社会においても、生き残り続けている「ワイロ」があります。それがお土産です。大型休みで帰省や旅行の際買ったお土産を、仕事上で付き合いのある人達に渡すのは、よく見掛けます。実際、仕事上のコミュニケーションの「潤滑油」としての役割をお土産が果たしています。けれども、厳密に言えば、お土産も賄賂の1種であります。お土産はお金を使って調達しており、金銭が形を変えただけとも言えます。ただし実際は、1人に渡るお土産は、菓子箱の1袋でありその価格は100円前後です。賄賂の目的である仕事の便宜を図ってもらうには、少額です。また広く習慣化されていることもあり、賄賂として認識をされておりません。お土産とは、賄賂の1種には違わないのですが、賄賂としては取り扱われていないのです。よって私は「ワイロ」という、ずれた表現でお土産を表現しています。

  よってお土産は、賄賂に通じる性格を持っています。それは、お土産を受け取る側に喜ばれるからです。単純に「もらった」という体験だけで、人は嬉しいものですが、お土産は他との違いがあります。昼休みに会社近くのコンビニエンスストアで買ってきたお菓子を社内の人に配るのと異なり、お土産は手間が掛かっています。お土産は、遠い場所で買った物です。そこからお土産を持ち帰らなければなりません。その「持ち帰ってくれた」手間が生じています。手間が掛かっている物を受け取るのは、気持ちが良いです。バレンタインデーにもらうチョコレートが手作りであれば嬉しいのと同様です。また最近のお土産は、物によりますが、美味しいのが多いです。甘さが上等だったり、ボリュームがあったりと、舌や胃を満足させてくれます。

  少額というのもキーワードです。受け取る側が、気軽でいられるからです。当然、仕事上の付き合いでもらったのであれば、「返す義務」が発生しますが、その際返すのに多額のお金を必要としません。自分も旅行に行ったときに、千円前後のお土産を買ってくれば済みます。一方、夏のお中元、冬のお歳暮の場合だと、高額になってしまう為、もらった側はお返しする場合、高額の出費を迫られます。お返しの必要がなくても、高額の頂き物は、心の負担になってしまいます。お土産とは、受け取る側に負担を感じさせない「ワイロ」なのです。

  受け取る側を満足させ、負担を感じさせないお土産は、まさに最強の贈り物と言えます。さらに、お土産は多くの個包装から成り立っています。多くの人に配りやすい性質があるのです。すなわち平等性の要素が濃いといえます。賄賂の話で、人々が怒る素地には、賄賂をもらう側への妬みの要素も含まれています。つまり「賄賂をもらいやがって」という思いです。裏を返せば、「俺は賄賂をもらえなかったぞ」という取り残された思いでもあります。賄賂とは、権限のある特定の人だけに贈るので、元々排他的な要素が濃いのです。よってそれから取り除かれた一般人によって、賄賂絡みの事件は、厳しく責められます。排他性という負の側面が賄賂にはあるのです。お土産が、賄賂ではなく「ワイロ」でいられる理由の1つに、このことがあります。つまりお土産は、相手を喜ばすという賄賂の側面を引き継ぐものの、賄賂の負の側面である排他性を引き継いでいません。平等性を担保するからこそ、お土産は「ワイロ」なのです。「ワイロ」は積極的にしましょう。

W杯優勝はズバリ、ドイツかイタリアである

サッカーW杯が盛り上がっていますね(というか大手広告代理店そしてマスコミに踊らされているのが実態ではないのだろうと思うのは、私だけじゃないはず)。さすがにTVが欲しくなってしまいます。どんなサッカーをするんだろう、ブラジルやスペインって気になりますよ。日本代表の試合も久しく見ていないです。

 日本代表は、今日のコートジボワール戦次第でしょうね。コロンビアは物凄く強いと言われているので、おそらく勝てないでしょう。すると日本代表は「1敗」は確定と考えたら、コートジボワール戦は負けられない訳ですが。結構、海外サッカーでは名の通った人がコートジボワールにはいて、日本苦戦するんじゃないんですか。

 ちなみに私の優勝候補は、ずばりドイツかイタリアです。守備が堅そうなので、手堅くいきそうです。攻撃も色々バリエーションありそうですし。スペインもあるかなーと思います、先日大敗しましたが、次に立ち直ってこればやる気がします。


 ところで野球の話に変わりますが、サッカーW杯の話題で世間が盛り上がっている間に、セリーグではジャイアンツがいつの間にか首位。カープ首位転落。投手陣の戦力が、不調とはいえ、物凄い厚いですかねジャイアンツ。時間が経てば、やはり差が出てきましたね。まあ今年はカープ頑張った方です。というか、ジャイアンツはセリーグの中で強過ぎなので、パリーグに来年から行ってもらいましょう。そしてパリーグの昨年最下位のチームが、翌年はセリーグに入って試合をするという方式はいかがでしょうか。そうすればバランスがとれます。

ヤクザ社会の賃貸契約

 関東のヤクザ業界では、昔から「貸しジマ・借りジマ」という独自の仕組みがあります。本来自分達の縄張りだが、他のヤクザ組織に貸している土地が「貸しジマ」です。反対に、本来自分達の縄張りではないが、他のヤクザ組織が所有する縄張りを借りている土地が「借りジマ」です。ヤクザ組織の支配権が及ぶ地域である縄張りは、別名「シマ」とも表現されています。「貸しジマ・借りジマ」は、「縄張りの賃貸契約」を意味しています。
*今回は記事を作成するにあたり、『実話時代』2014年5月号、『実話時代』2014年6月号、『六代目山口組ドキュメント2005~2007』(溝口敦著、講談社+α文庫)、『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、洋泉社)の情報を参照させて頂きました。

 一般人が物事を解決する際、暴力行為を用いたら、法律的にまた社会的に制裁が科せられます。暴力行為は「不当な手段」と認識されています。一方ヤクザ業界は、暴力行為を「正当な手段」として見なしています。シマ荒らしといった暴力的行為で、他のヤクザ組織の縄張りを奪い取る事は、ヤクザ業界では名目上禁止です。だが実質的には認められてきました。「力がなく、奪われた方が悪い」という考え方、裏返せば「暴力での決着はヤクザ業界の共通ルール」というヤクザ業界内独自の論理が背後にあるからです。実際、この弱肉強食の考えを最も実行してきたのが、日本最大のヤクザ組織・山口組です。実際、山口組が起こした他のヤクザ組織との抗争は数多く、有名です。抗争して大きくなった組織と言えます。一方関東のヤクザ業界では、山口組が起こした抗争と同様の大規模な抗争は近年まで起きませんでした。その要因は複数ありますが、その1つが「貸しジマ・借りジマ」です。関東ヤクザ組織間の「緊張緩和機能」を果たしていました。

 一般的な会社と同様にヤクザ組織の中でも、組員が増加傾向にあるヤクザ組織と、組員が減少傾向にあるヤクザ組織があります。組員が増加傾向にあるヤクザ組織の場合、組員が行う仕事(シノギ)も増加させる必要があります。しかし既存の縄張りにおける仕事は「先輩組員の既得権益」です。結果、新規の組員は他のヤクザ組織の縄張りを侵す動機が強く働きます。狙われるのは、縄張りを多く所有しているものの、組員の数が減って勢力が落ちているヤクザ組織です。とはいえ、縄張りを侵されたら、勢力が落ちているヤクザ組織でもヤクザの意地で抗争をします。この事態を防ぐ為に、組員が増加傾向にあるヤクザ組織は、組員が減少傾向にあるヤクザ組織から、縄張りを借りるのです。互いにメリットがあります。組員が増加傾向にあるヤクザ組織にとっては、縄張りを借りる形になり地代という出費は発生しますが、仕事(シノギ)を増やせます。新規の組員の食い扶持を確保してやれます。一方、組員が減少傾向にあるヤクザ組織にとっては、所有している縄張りに対して管理が行き届いていない状況を、他のヤクザ組織に貸すことで解決できます。「貸しジマ」の飲食店からはミカジメ料を直接取る事は不可能になりますが、貸したヤクザ組織からは地代を定期に払ってもらえます。また「貸しジマ・借りジマ」の仕組みは、「上下関係を曖昧にする」機能も備えています。縄張りを取った、奪われた方式であれば、抗争の結果、ヤクザ組織同士の上下関係は明確になります。一方、「貸しジマ・借りジマ」の場合、相互にメリットが発生する為、上下関係が明確になりません。面子を重んじるヤクザ組織にとって、導入しやすい仕組みなのです。

 しかし「貸しジマ・借りジマ」を原因とすることで、近年抗争に至る事態が起きています。当然、賃貸契約は一般社会でも頻繁に使用されています。その中で、オーナー(貸し主)の交代はよく起きます。もちろん新オーナー(貸し主)が「そのまま使って下さい」と賃貸契約の継続を認めてくれるのなら、今後の活動に変更はありません。けれども新オーナー(貸し主)が「出ていってくれ」と賃貸契約の解消を伝えてきたら、今後の活動に支障をきたします。

 関東には昔、二率会という1次団体のヤクザ組織がありました。1969年に発足した組織で、傘下の2次団体には小金井一家、八王子一家(1990年に二率会から脱退して巨大1次団体・稲川会の傘下に入る)、山梨県の親之助一家が位置していました。中核的な団体が、小金井一家でした。東京の中央線一帯や新宿、神奈川県の川崎市という広い範囲に縄張りを持っていたヤクザ組織です。しかし川崎市は稲川会の有力2次団体・山川一家の勢力が強い土地です。よって川崎市の縄張りに関して、小金井一家は稲川会側に縄張りを貸し出す「貸しジマ」を採っていました。「オーナー(貸し主)」は二率会の2次団体・小金井一家で、「借り主」は稲川会の2次団体・山川一家です。小金井一家からすれば、稲川会側の意向が強く働く川崎市で仕事(シノギ)はしづらいです。川崎市の縄張りを、地代だけ得られる「貸しジマ」にする選択は合理的です。

 2001年二率会は解散することになりました。2次団体である小金井一家は、東日本で稲川会と並ぶ巨大1次団体・住吉会の傘下に入ることが決まりました。しかし2001年3月に小金井一家と稲川会・山川一家の組員の間で抗争が起きます。背景には、稲川会側が「川崎市の借りジマ」の契約解消を恐れた事があります。小金井一家の新たな上部団体となる住吉会が稲川会に対抗して「川崎市の貸しジマ」の契約解消に動き出す可能性が浮上したからです。稲川会・山川一家にとって、ホームグラウンドの川崎市に住吉会の進出を許すことになります。

 抗争は短期間で収拾されました。事態を収める形として、二率会全体がまず解散します。一旦、住吉会が二率会傘下のヤクザ組織を全て引き受けました。その後住吉会から、小金井一家の神奈川のグループと山梨県の親之助一家が稲川会に移籍しました。一方、小金井一家の東京グループは住吉会に残りました。元二率会は稲川会と住吉会に二分されたのです。稲川会は「川崎の借りジマ」を返還せずに済み、逆に直接的な縄張りとすることができました。

ビールやチューハイが沢山置かれているのには訳がある

 コンビニエンスストアの冷蔵飲料コーナーに行けば、ビール類とチューハイ類の缶が数多く並んでいます。ご存じ、コンビニエンスストアは狭い店舗スペースという特性上、「売れない物は置かない」売り方に徹しています。しかし逆に言えば「売れ続ける物は、置き続ける」という事です。長年コンビニエンスストア内で、ビール類とチューハイ類の缶が数多く並んでいることは、需要の多さを示唆しています。ビール1缶(350ml)は200円を少し超えた価格、ビールを装った発泡酒や第三のビールなら100円台と、社会人なら1日の支出額に影響を及ぼさない価格です。またチューハイ1缶(350ml)は約150円前後と、ビールよりは安い価格で、こちらも買いやすい価格になっています。容量は異なりますが、ワイン1本(750ml)の場合は1000円~2000円の価格がします。ウイスキーや焼酎のボトルも、700mlを超える大容量で、1000円~3000円の価格がします。またビール類とチューハイ類の缶は、少量なので、「1日で飲みきれる」という気安さもあります。ワインなどの大容量を買わないといけない酒に比べて、飲み残しのリスクを気にせずに済むのもビール類とチューハイ類の缶が支持される要因です。


  ビールそのもの、チューハイそのものの良さもあります。ビールの特徴は、「苦い味」と「炭酸特有の喉への爽快感」です。ビールの「苦い味」は、慣れてしまえば、意識しなくなります。そして苦味に慣れた後に、前面に来るのが「炭酸特有の喉への爽快感」です。「ビールは味じゃないんだよ。喉で味わうんだよ」というセリフをよく聞きます。甘味系炭酸ジュースの場合、舌に強烈な影響を与えるので、喉への爽快感はありますが、爽快感は物足りません。一方、苦味のビールは舌に若干の影響しか与えないので、喉への爽快感をより一層享受できます。特に威力を発揮するのが、喉が渇いた場面、お風呂上りなどです。ビールのアルコール度数は5%前後です。この度数なら、ある程度の容量を喉に流し込むような飲み方ができます。お風呂上りに、喉を気持ち良くさせ、適度に酔える事をビールは実現させています。ちなみにワインのアルコール度数は10%代前半、日本酒は15%前後、焼酎は約25%、ウイスキーは40%前後です。アルコール度数の10%代までが「流し込む」飲み方ができますが、20%代を超える酒で「流し込む」飲み方をすれば非常に危険です。結果20%を超える焼酎やウイスキーは、少量を口に入れるという「慎重な飲み方」をします。ウイスキーや焼酎で、ぐいぐいと飲む豪快な「流し込む」飲み方がしたい場合は、水や炭酸水で薄めて、10%前後のアルコール度数にすることが必要です。

 洋食化が広まった現在の日本の食事では、濃い味・油が多い料理が増えました。そこでビールを飲むと、口の中に清涼感を与えてくれます。ビールの「主張しない程度の苦味」が奏功しているのです。仮に、ビールが甘味や野菜程度の強い苦味だったら、料理の味と喧嘩しています。しかし現実のビールの苦味は、料理の味を殺さず、逆に口の中に清涼感を与えて料理を引き立てます。「食中酒」としての地位をビールが確保できている所に、ビールの市場での強さがあります。酒を飲む場面は、1日の中でも限られています。主に「夕食時」と「寝る前のリラックスしている時」が思い浮かびます。「寝る前のリラックスしている時」は、基本的に酒だけを飲むので、「自分の好み」に則って飲めば良いです。けれども「夕食時」の場合、「自分の好み」よりも「料理との相性」に優先順位が高く与えられて、酒は選ばれています。食中酒には、主にビール、ワイン、日本酒が挙げられます。ワインは洋食、日本酒は日本食に適していますが、その2つは汎用性が低いです。ワインは日本食に合わず、日本酒は洋食に合いません。でもビールは汎用性が高く、洋食にも日本食にも合う酒です。またアルコール度数が10%代のワインと日本酒は、飲み方に気をつけないと、深く酔ってしまう可能性があり、料理を美味しく食べる機会を逸していまします。その点ビールはアルコール度数が低いので、相対的に深く酔いにくいです。「汎用性の高さ」「相対的なアルコール度数の低さ」の2要素のおかげで、ビールは食中酒の中でも優位に立っています。


 チューハイは単独で飲み応えのある酒です。甘味のある酒で、「味の明確さ」を備えています。一方ビールの物足りない点は、「味の不明確さ」です。もちろんビールが持つ「味の不明確さ」は、長所でもあります。味つまり舌に対する満足度を犠牲にすることで、喉への爽快感をビールは達成しています。また「味の不明確さ」が、ビールを食事の「優秀な脇役」にさせている要素です。逆に「味が明確な酒」であれば、多様な料理には合いません。ビールの汎用性の高さとは、「味の不明確さ」の裏返しだったのです。けれども、「喉への爽快感」の点を除いてビールを単独で飲んでみると、味が不明確な分、物足りません。特に「寝る前のリラックスしている時」は、ゆっくり酒を飲みますので、喉への爽快感よりも、味が重視されます。一方、繰り返しますがチューハイは、味が明確です。分かりやすい甘味なので、誰でも飲みやすいです。アルコール度数は10%未満です。酒を飲み慣れていない20代前半の人が、初めに覚える酒でもあります。しかし、食中酒としては、不向きな酒です。甘味のある酒を含みながら、塩分を含んだ料理を食べるのは、美味しくありません。ビールが「食事があってこそ活きる脇役」とすると、チューハイは「1人でこそ活きるピン芸人」といった所です。 

非モテにも道はある

 金曜日から急に暑くなってきました。ちょっと辛いです。ところで自分のブログ記事を時たま見直したりするのですが、まだまだ改善する点は多いなと思います。

 言葉の並べ方、読点の打ち方、言葉の選び方など時間を置いて見直すと、色々課題が見つかります。でも書いている時は、一生懸命にやっているんですけどね。上手くいかないものです。説明にしても説明過多でくどくなっていたり、一方説明不足だったりと、悩ましいです。まあ、でもそこは切り替えて、まだまだ伸びる余地があるということを楽しみにして、励むとします。1年後文章が上手くなって、喜びを噛みしめられるようにしましょう。一番良くないのは、やめてしまうことです。やめませんよ。意地でも書き続けて、もっと読みやすい文章を、そして面白いブログをいつか提供したいです。


 さて話は変わり、AKB48握手会の襲撃事件に触れましょう。もちろん無差別にそれも死の可能性に至る襲撃を行った犯人が悪いです。が、今週の週刊文春を読んでいたら、その記事があって犯人のこれまでの人生が書かれていたのですが。楽しいとは言えない人生を送ってたようですね。高校生の頃にイジメに遭い、転校して、警備会社での仕事も上手くいかず、故郷の青森に戻っていたようですね。孤独だったんでしょう。

 今回の事件で幸いにも死者が出なかったので言える事ですが、犯した事への共感はできませんが、彼が抱えていた孤独には共感できます。私の辿ってきた道と被る所もあります。AKB48を襲ったのも、彼なりの権威への反抗だったのかもしれません。青春期において可愛い女の子は権威なんですよ。モテない男からすれば、同じ人間とは思えないぐらい、格差がつきます。「●●ちゃんだけ優遇されて…」というような思いを私はよくしました。ここだけの話なのですが、なので可愛い女性を見ても、「うわー。付きあえてー」「あー。Hしたい」とか思わずに、「ふん。皆からチヤホヤされて楽して生きてんだろ」と妬んできました。

 AKB48のファンで、今回の犯人を責める人がいますが。あれを見ていて悲しいです。おそらくAKB48のファンの多くは、現実社会では同世代の女性に相手にされないはずです。だから求愛対象をAKB48にする事になってしまった孤独な人達です。同世代の女性に相手にされない辛さは、私も十分に分かります。AKB48のファンも、今回の犯人も、孤独を抱えているという点で仲間のはずなのに。孤独を抱えている人間が、孤独を抱えている人間を責めている図は、何も解決していないと思う訳です。

 非モテにも矜持がなければなりません。ヤクザ社会でいう任侠道のように、非モテ社会でも貫かればならない道があります。今回のような暴力はいけないのは、もちろん。電車内で立っている妊婦さんがいれば、「けっ。SEXして。子ども作って。老後は安心して暮らせるような。順風満帆な人生送るつもりの人間に席譲らねーぞ」と一瞬思ったものの、「ダメだ。いかんいかんと」思い直し、席を立ち「どーぞ。座って下さい」と意地で席を譲らないといけません。職場でも子供を保育所に預けて働く人が同僚にいて、その子供が風邪になって急遽早退しないといけない場面になったら、「ふん。忙しそうにしてるけど。共働きやから、金一杯あるんだろ。それに子どもが大きくなって女性管理職になったら“子育てと仕事の両立大変でした武勇伝”を語って、女性の代表みたいな生き方するんだろ。くそっ。こっちは結婚どころか。彼女もできないのに。なんで手伝わねーといけないんだ」とか思っても、「ダメだ。いかんいかん」と思い直し、「これ。やっとくよ。早く保育所に行きな」と仕事を手伝ってあげないといけません。もちろん状況によっては「●●さん。それは子育てを言い訳にして、皆に仕事を押し付けています。働いているんですから、そこは工夫してこの仕事をちゃんとやって下さい」と冷静に注意すれば良いです。

 同世代の女性に相手にされなくても、人は生きていけます。非モテも立派な生き方です。非モテでいたければ、矜持と優しさは忘れてはいけません。
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