安く借金して、高く運用する

 楽して儲けるのは、良い事ではありません。その実態が暴露されると、妬みを買われたりして、友人・知人が離れていく可能性があります。けれども、その手口を知っておけば、ビジネスで功を奏する場面があります。「儲ける」ことへの考え方が深まり、新しい事業を立ち上げることができるかもしれません。またその手口の仕組みを、別の仕組みに変換した上で事業を立ち上げることもできます。
*今回は記事を作成するに際して、『週刊ダイヤモンド』2014年3月29日号「金融引き締めで投機が崩壊 中国・銅価格急落の真相」(河野拓郎)の情報を参照させて頂きました。


 世界でも有数の銅輸入大国である中国では、銅を実業の原材料目的だけでなく、投機目的で輸入している会社があります。まず、中国のある会社(仮にA会社とします)が銅産出大国であるチリから銅を輸入します。チリの通貨はペソです。よって中国のA会社がチリ通貨ペソを用意して、銅が無事に輸入されたら、チリの会社に対してペソで支払うという、支払いの流れを考えてしまいます。でも実際の多くは、中国のA会社は銅輸入代金を、チリの会社に対して米国ドルで支払っています。中国の多くの会社は、チリ以外にも別の国の会社との取引があります。取引先に合わせて、取引先各国の通貨を用意するのは、手間が掛かり過ぎます。よって、どの取引先相手でも満足がいく米国ドルで支払うことで解決しています。例えば、取引先のタイの会社にとって、チリ通貨のペソよりまた中国の人民元より、米国ドルは使用価値が高いです。

 つまり中国のA会社は、銅を輸入するのに、米国ドルを用意する必要があります。ここからが、銅輸入投機の手口の始まりです。まず中国のA会社がお金(米国ドル)を、自分の銀行口座からではなく、どこかの銀行で借りてきます。中国で米国ドルを借りるのには、本来複雑な過程がありますが、単純に「米国ドルを借りる」とだけ考えてみましょう。2014年現在、米国ドルは相対的に「安く」借りられます。世界のあらゆる国の中でも、米国ドルの責任者である米国の金利は、今低いです。先進国の現象である「低成長」の部類に米国も属しています。成長は物価に連動し、その物価は金利に連動します。米国の物価は世界の国々の中では低めなので、当然金利も低くなってきます。金利が低い国の通貨で借金すると、当然返済する金利も低くて済みます。逆に、物凄いインフレが起きている国の通貨で借金したら、金利50%という高い返済金利を要求されるかもしれません。銅を輸入する中国のA会社にとって、代金として用意する米国ドルは、低い金利で調達できるのです。

 仮に、中国のA会社が、2014年4月に銅輸入代金の名目で、香港の外資銀行から100万ドル借りたとします。また「返済金利1%」(1年後に101万ドルを銀行に返す)と低い金利で借りることができたとしましょう。この際、香港の外資銀行に、借金する為に話したのは「100万ドルに相当する銅をチリの会社から買う。そしてそれを必要としている中国の製造会社には、105万ドルで売れる保証がある。そちらへの利子1万ドルを抜いても、こちらの儲けは4万ドル」といった内容です。表向きは、銅の輸入仲介事業を装うのです。輸入代金の資金はないが、利益が出る目途がある為、借金をする形をとります。ちなみに中国のA会社が、香港の外資銀行に利子1%をつけた101万ドルを返済するのは、2015年4月とします。


 ともかく、借金ではあるものの新しい金100万ドルを中国のA会社は手にすることができました。そして中国のA会社は、100万ドルを人民元に替えます。2014年3月末現在、1ドル=約6元です。香港の外資銀行で借りた100万ドルは、600万元になりました。次に2014年4月の時点で、その600万元を中国の銀行に預金で運用します。当然、中国の銀行なので、人民元による預金は受け付けてくれます。それでいて中国の金利は相対的に高いです。GDP世界2位になった中国ですが、まだまだ発展途上国の要素も残っており、インフレも高めです。よって金利も、低金利が続く先進国に比べて、高いです。人民元で中国の銀行に預金することは、「高い利率での運用」を意味しています。仮に「預金金利10%」(預金600万元が、1年後には660万元になる)だったとしましょう。
*為替費用は実際掛かるのですが、計算上複雑になるので、ないものとします

 香港の外資銀行に101万ドルを返済する2015年4月には、中国のA会社は660万元を手にしていることになります。660万元を米国ドルに替えると、(為替レートは1年後も変わりないとして1ドル=約6元とします)110万ドルです。借金100万ドルが、中国の銀行の高い預金金利で運用したことで、110万ドルまでに増えたのです。その110万ドルから中国のA会社は、チリの会社に銅輸入代金を100万ドル支払い、中国の製造会社に105万ドルで銅を売って、香港の外資銀行に101万ドルを返済すれば、最終的に14万ドルが手元に残ります。以上が、銅輸入投機の手口です。


 この手口における不可欠な要素は、「低い返済金利での借金」と「高い預金金利での運用」です。その金利の「差」が、儲けの源泉になっています。つまり「チリの銅を輸入する」「中国の製造会社に銅を売る」という要素は、ただの「借金の為の口実」に過ぎないのです。

 またこの話を聞いて、中国の銀行で「高い預金金利」で運用できるならば、中国の人々は簡単にお金が増えて、羨ましいなと思われるかもしれません。けれども、「高い預金金利」の裏返しは、「高い返済金利」です。例えば、10%の預金金利でお金を集めている銀行は、銀行自身も儲けを出す為に、10%以上の金利で貸し出すことになります。中国の銀行だけで、今回の手口を実施したら、11%の返済金利で借りて、10%の預金金利で運用することになり、赤字に陥ってしまいます。先述した「低い返済金利での借金」と「高い預金金利での運用」の2つが揃って初めて、儲かる手口といえます。
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僕はこれで映画を見ている

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 写真のポータブルDVDプレーヤーで映画などを見ています。テレビがない分、映像に飢えていますので、週末は結構ツタヤやゲオで借りてきて見ています。でも最近、さすがに見過ぎてしまって、見たいと思う映画や海外ドラマがあまりありません。頑張って開拓しているのですが、どれも過去に見たものばかりで、それが最近の悩みですね。昔からですが、私はレンタルビデオ店に気が付けば30分から1時間いることが多いです。時間の無駄だと思うのですが、うじうじと決められずに、長居してしまいます。ただ以前震度2ぐらいの地震をレンタルビデオ店で受けた時は、さすがに「ここでは死ぬ訳にはいかない」と思いました。


 さて今週の週刊文春、ジャニーズの若手グループのあるメンバーに関する記事で、2年前に女性に暴行を加えた疑いがある内容のものでしたが、本当だったら酷い話です。詳しくは記事を読んで頂ければと思いますが、まさに鬼畜の所業です。記事の内容などからすると、おそらく実際あった話だと思いますね。今の所、各メディアはジャニーズに及び腰なのか、何も報じていないようですが。来週辺り、ジャニーズ事務所から処分が下されると思います。私が被害を受けた親戚や友人、または知り合いの立場だったら、許せませんよ。天下のジャニーズのメンバーであろうと、そいつをとっ捕まえて、動けない状態にして、温めたアイロンで股間をぶっ潰してやりたいですよ。


 それと暖かくなってきましね。ウォッカを買って、冷凍庫に入れて、週末は飲みましたが。美味しかったですね。ビールも美味しい季節になりました。今年こそはビヤガーデンに行ってみたいです。といっても、ビールはあまり飲めないんですけどね。350mlの缶で十分な安い男ですけど、雰囲気を楽しみたいです。目標を持つことは大事です。

 そんな事で明日からの仕事等、頑張っていきましょう。

宝塚歌劇団出身者はなぜ活躍できるのか

 2010年代の現在、テレビドラマや映画において20代女優が目立っています。これは単に主役を張る20代女優達の演技が物凄く上手いという「質」ではなく、「量」の意味においてです。世間に名前が広く知られた20代女優が実際多く芸能界で活躍しています。対照的に30代、40代、50代、60代の女優で、今も主役を張れる女優の数は少ないです。一方主役になれる20代女優は先ほど挙げた名前以外にもいますし、代わりになろうとする「候補者」達も沢山存在します。


 けれども、私達が生きる現在の日本社会を見渡すと、20代の女性だけが人口面で突出して多い訳ではありません。むしろ逆で、日本の人口が年々減っている為、年齢が下がるごとに、その年齢人口が減っているのが現状です。20代の女性が目立って多く存在しているのは、芸能界だけの特殊な現象にしか過ぎないのです。ではなぜ現在の芸能界で、20代女優が他年代の女優より、数が多いのでしょうか。芸能界とは、客を沢山呼んで成り立つ仕事です。20代女優は客を沢山呼べる素地があります。

 肌の調子といった単純な見た目において、女性が一番美しく見える年代は、20代です。よって20代女優は、男女問わず人気がつきやすい潜在的な素地を持っています。またテレビのドラマを見る主な層として、仕事を引退した高齢者と10代後半~20代前半の若者が挙げられます。10代後半~20代前半の若者の場合、お金を持っていませんが、時間は持て余しているので、テレビの視聴時間が長いからです。この10代後半~20代前半の若者にとって、20代女優は親近感があります。ドラマの主人公を演ずる女優が、視聴者の自分と年代が近くないと、そのドラマに対して感情移入できないものです。例えば、視聴する10代の女子高校生が、50代の女優が主人公のドラマを見ても、感情移入しにくいです。きっと子育ての問題、老親の介護の問題、自分の老いとの問題など、そんなのが主題のドラマです。視聴する側の10代の女子高校生も、悩ましい問題と考えますが、それは切実ではありません。10代の女子高校生が切実だと思う問題は、恋愛や友情、将来の進路などです。それらを描いているドラマなら、10代の女子高校生は視聴するはずです。そしてそのドラマの主人公を演じるのが20代女優となってくるのです。主役になれる20代女優の数が多い背景には、主なテレビ視聴者である10代後半~20代前半の若者に、20代女優が受容されやすいという事情があったのです。


 現在その20代女優は、所属する有名芸能事務所の後押しで、活躍している側面があります。もちろん主役を与えられて、努力をして、今の地位を築き上げた女優もいるでしょう。20代女優本人の頑張りの要素も当然あります。でも、芸能事務所の営業で得た沢山のドラマ・映画の仕事がまずあって、初めて女優として上手くなれたのです。つまり、芸能事務所によってまず女優としての「名前」を広めてもらい、そして「少し広めた名前」を元手にドラマに脇役として出してもらい、それで「そこそこ広まった名前」でCMに沢山出してもらい、そして最後に「かなり広まった名前」を担保にドラマの主役を任せてもらうという、女優の「名前」を世間に広める芸能事務所の仕事があって初めて、その女優は主役を張れるようになったのです。その女優1人の実力と努力だけで築き上げたのではありません。芸能界には、「小さな名前」を転がして、いつの間にか「大きな名前」にしていく仕組みが存在しています。「20代女優の素質・能力」よりも、「転がす仕組み」が芸能界では物を言うのです。

 しかし有名になった20代女優でも、転がされなくなる時が来ます。20代女優とは、字の通り、期間限定の仕事です。20代でい続けられる人間はいません。30代になれば、容姿が変わってきます。また、ライバルである新たな「20代女優」が毎年登場してきます。自分自身の容姿の変化と、ライバル達の存在、これらによって厚く支援してくれた芸能事務所も以前よりは支援してくれなくなります。露出が減れば、人気も減るのが芸能界の法則です。さらに20代が終わる頃には、結婚・出産の機会を真剣に考える為、女優業を休止する選択肢が現実味を帯びてきます。こういった事情から、女優の数は年代を経るごとに減ってくのです。この傾向は今後も変わらないでしょう。しかし生き残る女優がいます。それが、転がされていた「20代女優」時代に、必死で演技力をつけていた女優です。芸能事務所という後押しがないのなら、女優の実力だけで進んでいくのです。確かな演技力だけを、必要とされることも芸能界ではあります。ところが、ただ転がされていただけ、つまり実力を付けるのを怠った女優は消えていきます。「20代女優」としての看板は使えなくなり、実力もないのなら、芸能界では用済みとなってしまうのが実際の所です。
*もちろん男の俳優業や音楽業界にも当てはまることです


 10代後半から20代全般を主役で過ごしてきた女優がその後、芸能界で生き残っていくのには、実力が必要な訳ですが、実力を身に付けて残っている女優は少ないです。結果、30代以降の女優が少なる事態になっています。先ほど、高齢者と10代後半~20代前半の若者が、テレビの主な視聴者だと書きました。とはいえ、他の年代つまり30~50代が全くテレビや映画業界に影響を及ぼしていない訳ではありません。30~50代は、いわゆる「大人向けの番組・映画」を求めています。この場合、30~50代といった視聴者が見るドラマは、同年代の女優が主役を張ります。30~50代の女優にも需要はあるのです。でも、先程書いたように、若くから女優業をしていた女優の多くは、芸能界から去っています。30~50代の女優は供給不足なのです。

 供給不足なら、どこからか補給しなければなりません。その補給源の1つが宝塚歌劇団です。東京と兵庫県宝塚市の劇場において、女性だけの主演者によってミュージカルなどの演目を通年行っている歌劇団です。その宝塚歌劇団出身者が芸能界では多くいます。40代の女優では天海祐希さんや檀れいさんがいます。50代では黒木瞳さん、真矢みきさんがいます。有名な人をとりあえず、挙げてみました。宝塚歌劇団に入団する為には、その下部団体の扱いになっている宝塚音楽学校を卒業することが求められます。そしてその宝塚音楽学校に入学する条件は中学校卒業、高校卒業または在学中の女子であることです。10代の半ばから、演劇やダンスの訓練を日常的にすることになります。演技の実力は身に付いていきます。

 ところが宝塚歌劇団はずっといられる組織ではありません。団員は20代半ばから30代において退団することになります。退団した女性達は、その後の再就職先として、芸能界が思い浮かぶところです。しかしこの宝塚歌劇団という「寄り道」を挟むので、彼女達宝塚歌劇団出身者は「芸能界デビュー」が20代後半~30代になってしまいます。一見、遅すぎて不利に見えますが、この遅れが有利な側面を含んでいるのです。元々演技の素養が備わっている上に、芸能界にとって手薄になっている30代以降の女優候補として宝塚歌劇団出身者が芸能界に入ってくるのは、歓迎するところです。現に天海祐希さんと檀れいさんもデビュー当時の年齢は高かったです。しかし同年代のライバルが少ないのが助かりました。

 また世間の多くの人は、天海祐希さんと檀れいさんを見慣れていない分、彼女達に新鮮さを感じました。見慣れていないのは、天海祐希さんと檀れいさんが20代の頃に、宝塚歌劇団の劇場に出ていたものの、テレビや映画に出ていなかったからです。視聴者は見慣れたら、飽きます。10代後半から活躍している女優ほど、露出が多い分、次第に視聴者に飽きられてきます。一方、芸能界に遅くデビューした天海祐希さんと檀れいさんは、「女優としての新鮮度」が擦り減っていません。この「見慣れてなさ=新鮮感」こそが、宝塚歌劇団出身者にとって有利に働いてきました。ライバルが少ない市場で、新鮮さを保って、勝つ、これが彼女達の戦略です。彼女達を除いて40代の女優の名前をあげろと言われても、多くは思い浮かばないでしょう。いつの間にか、同世代のトップランナーになっています。50代の女優における、黒木瞳さんと真矢みきさんの存在もそれに近いです。

 また当初、売り出してテレビや映画で人気が出なくても、実力のある宝塚歌劇団出身者なので舞台の仕事は絶えません。定期的な舞台の仕事をしながら芸能界に残っていれば、再び大きな仕事を得られる機会が残っています。この宝塚歌劇団出身者の「困ったら舞台で食べていける」は、芸能界で生きていく上での強みです。一方、テレビや映画の仕事でしか食べていけない女優の場合、テレビや映画の仕事が来なくなったら、仕事に困ってしまいます。これは芸能界に限らず、私達の仕事にも言えることで、いざという時に何か別の仕事をできるかどうかは重要です。

 それと現在も続く宝塚歌劇団人気の高さも、宝塚歌劇団出身の女優が健在でいられる要因の1つです。つまり「檀れいさんは、あの宝塚歌劇団の出身なんだって」という情報は、今現在「檀れいは、演技の実力があって、そしてあの宝塚歌劇団で得た固定ファンも一定いるのだ」という情報に変換されます。これは檀れいさんにとって良い方向に働く情報です。ところが、大変悪い例を出して申し訳ないのですが、仮に宝塚歌劇団の人気が低迷していたとすると、「檀れいさんは、あの宝塚歌劇団の出身なんだって」という情報は、この場合「檀れいは、今人気が低い歌劇団の出身か。檀れいへの固定ファンも減ってるんじゃないのか」という情報に変換されます。これは檀れいさんにとって良くない方向に働く情報です。

 逆にしてもそうです。「有名な女優が宝塚歌劇団の出身」ということは、宝塚歌劇団の知名度を高めています。また仮に宝塚歌劇団出身の有名な女優が減れば、「宝塚歌劇団は日本の芸能界に優良な女優を送り出せなくなった」と酷評されてしまうでしょう。以上の例は、私達の社会にも当てはまります。正月の箱根駅伝に夢中になっているのは、在校生ばかりではありません。出場している関東の有名大学のOB・OGも熱狂しています。自分の出身校の活躍は、何か自分を高めるところがあるのです。母校などその組織内にいた時は、組織への不満が高かったりしますが、その組織を抜けてOB・OGの立場になったら、その組織に対しては活躍して欲しい気持ちになります。

 宝塚歌劇団出身の女優が活躍することは、宝塚歌劇団の宣伝にもなっているのです。そして宝塚歌劇団の親会社は、阪急阪神ホールディングス株式会社です。関西で阪急電鉄や阪急百貨店などを経営しています。元々、宝塚歌劇団は阪急電鉄の旅客増を目的に1914年に作られました。大きな存在が控えてもいるのです。

NBAを見てみたい

 このブログで、書く練習をしていますが、最近話す練習もしていく必要を感じています。学生時代は「話が上手い人」は、実際の話の中身は安くて、嫌な印象しかなかったのですが。最近は「話が上手い人」=「嫌な印象の人」ではない人もよく見かけます。話は上手いけど、その内容が独善的ではなく、理屈が通っていて、優しさも感じさせる話し方をする人がいます。それでいて、しっかり人の話も聞けるという人です。私もそういう人になりたいです。

 ただ話すのは、書くのと異なり、「やり直し」がきかないので瞬発力のようなものが求められます。苦手な所です。とはいえ、会議の場や営業の場では、やはり口で説明することが多いのが実情です。また歳をとれば、新人研修の場で何かを教えたりする「先生」の役割を果たさないといけません。普段から意識的に、整然と話すことをしていきたいです。


 話は変わり、ラジオ番組『荻上チキ Session22』(TBSラジオ)の4月18日(金)放送のポッドキャストを散歩している時に聞きました。アメリカのプロバスケットボールNBAの話だったのですが、非常に面白かったです。普段接することがないNBAの情報を知ることができて、テレビ買って、衛星放送入って、NBAを見たくなりましたね。放送でも話されていましたが、90年代はNBAが日本でも盛り上がりました。ただ2000年代に入り、情報がさっぱり入らなくなりました。ただ、その道を極めるのなら、皆が盛り上がっていない時が良いので、はまるなら今かなと思っています。ただNBAだと、(放送でも出演者が嘆いておられましたが)話し相手が少ないです。プロ野球やJリーグだと、話せる人が多くて、楽しいのですが。うーん、困ったものです。またテレビを買わないといけなくなりますし、衛星放送に入れば毎月の出費も多くなりますし、金銭的にはデメリット。ただ、楽しめる時に楽しんどかないと、もったいないのも実際のところ。少し考えますかね。

 それでは。明日からの仕事も気合い入れてやっていきましょう。

春の読書のおすすめ。すばり、ちゃんとした新書です

 仕事関係である社会事象を調べる必要が出てきた、もしくは娘や息子に勉強を教えた際に知的好奇心を持ってしまった、などの経験があるかと思います。その際、例えば「なぜ若者は自動車を持ちたがらなくなったのか」や「江戸時代はなぜ数百年も続いたのか」などの疑問が自分の中に生まれて、解決しようとした際、どのようにして調べるのがよいでしょうか。

 もちろん体系的にと言いますか、網羅的に勉強するのが、一番理解ができるでしょう。定年後で時間にゆとりがある人はそれで良いです。しかしまだ現役で、仕事に追われ、子育てや家事、また年老いた親のケアなどの必要がある人には、そんな時間はないのが実情です。よって重要なのは、短時間に要領を得られる、情報媒体は何かということになります。例えば、自動車の営業を仕事にしている人にとって、数時間の時を割くだけで、「なぜ若者は自動車を持ちたがらなくなったのか」の背景を深く知ることができれば、それが仕事に活かせられます。現代の若者のニーズを捉えた営業方法に切り替えて、営業成績が伸びるかもしれません。

 では「ある事象」を深く理解できて、それも数時間で済む、情報媒体とは何かということになります。それが新書です。ただ、「御三家」の新書という条件が付きます。ちなみに御三家とは、岩波新書(岩波書店)、中公新書(中央公論新社)、講談社現代新書(講談社)のことです。発行している3社とも戦前からある有名な出版社(いわゆる老舗ですね)で、新書自体も古くから出しているのが特徴です。岩波新書に関しては1938年創刊ですので、かなりの歴史を持っています。


 初めに、新書すなわち書籍以外の、テレビやラジオ、新聞、雑誌の情報媒体ではなぜ駄目なのかについて考えてみます。1つには、テレビやラジオ、新聞、雑誌は、基本的に「今の自分が知りたいことを選べる」媒体ではないからです。どんなにあなたが、江戸時代の歴史に興味を持っても、世間で国政選挙が近ければ「選挙の話題」しかテレビやラジオ、新聞、雑誌は伝えてくれません。もちろんそこで、改めて日本の選挙制度の問題点や背景を知ることができて、勉強にはなります。しかしそれでは江戸時代の歴史を知ることができません。つまり、テレビやラジオ、新聞、雑誌という情報媒体は、私たち視聴者や読者の「受け身的対応」を前提にしているのです。大雑把にいえば、その場合の視聴者や読者の態度は「とりあえず。今面白い話題見せて、読ませて」という具合です。それはそれで良いことも当然あります。

 よって現状、「受け身的対応」ではなく「自発的対応」で情報に接しようとしたら、書籍しか適当な情報媒体がないのです。もし江戸時代の歴史を知りたいと思えば、書籍を手にとるしかありません。

また情報量の差があります。自分の知りたい事が時事問題で例えば中国経済だったとします。中国経済だと、たまにテレビニュースで報道されるし、新聞でもほぼ毎日取りあげられるし、雑誌でも特集になることが多いでしょう。それはそれで、それらの媒体で、中国経済を知ることができます。しかし新書をはじめとした書籍の方が、さらに深く知ることができます。書籍のもう1つの特徴として、他の情報媒体よりも、圧倒的な情報量を有していることがあります。つまり書籍を利用すれば、他の情報媒体より、その事象についての情報を多く知ることができるのです。
*もちろん未来の社会で、ある機器を人間の頭に挿すと、それだけで大量の情報を得られたりするかもしれません。それでいてちゃんと理解できたり、表現できたりもするのです。その場合は、現在の書籍の役割をそれが超えるでしょう。でもそれは味気がなさ過ぎですね。個人的にはお断りしたいです

例えば皆さんが、新築の家を探しいている新婚さんだとして下さい。頼りにしている不動産業者さんに、車で連れられて、ある街の新築の家を見に行ったとします。その場合、おそらくその新築の家と、その周りにしか関心がいかないと思います。そして連れてきてくれた不動産業者さんの説明を素直に聞くだけでしょう。これは書籍以外の情報媒体への接し方に似ています。一方、あなたが自分で、その新築の家を事前に調べて、一人で電車に乗って新築の家を見に行った場合はどうでしょうか。つまり書籍を読むように、事前に多くの情報量を自分で得て、見に行ったのです。おそらく、新築の家とその周り以外にも、関心の領域は広がっているはずです。「家から駅まで歩くと、どれくらいなのか」「教育機関の数は多いのか」「将来値上がりする要素(ex新線開通、大型商業施設や大学の誘致)はあるのか」「最寄りの駅は、急行が停まるのかどうか」なども考えられるようになるのです。情報量が増えたことで、関心の領域(もしくは視野)が広がったのです。書籍の効果は、これと同じです。大量の情報量を与えることで、結果的に読者にこういった「視野の広がり」をもたらしてくれるところにあります。


 それでは実践的な話に入ります。次に当然、ではなぜその書籍の中でも新書なのか、ということになります。これまで書籍を持ち上げてなんですが、書籍の中でも、当たり外れがあるのです。「書籍にするほどの内容じゃない。知りたいことがのってない」や逆に「言っていることが難しくて理解できない」といった書き手と読み手のズレは多くあります。それも書籍というのは、結構なお値段がします。買った本が2000円以上して、「期待外れ」では、相当落ち込みます。

そこで「内容がしっかりして」、それでいで「読者に分かりやすく」、「お手頃な価格」の本が求められることになります。江戸時代の歴史であれば、大学の講座レベルの学びがいのある内容だが、一般の人も頑張れば理解できるように工夫されていて、1000円以下で買えるといった内容です。それを実現したのが、まさに新書だったのです。

例えば御三家の新書の昔の書き手は、大学教授が多かったです。つまり、ある事象に関する専門家で、詳しい人達です。よってそれなりのしっかりとした内容を披露してくれることは期待できます。また、それでいて、大学教授でも研究や学会の発表さえすればよいのではなく、学生相手に授業をしなければなりません。学問的経験が浅い学生相手ですから、大学教授は当然「相手に分かりやすく」講義を行います。その学生相手の講義ノートが、新書のネタ本になったりしたのです。それはまさに、「内容がしっかりして」それでいで「読者に分かりやすく」なっているので、新書向きなのです。それで後は、ハードカバーの本より製作上お金の掛からない新書形式で1000円以下の価格で売れば済みます。

 実際、御三家の新書を私も読みますが、確かに外れがないです。もちろんその裏には、御三家の出版社の新書担当者さんの、書き手の発掘や育成、また読者のニーズを見つけるなどの、物凄い力量があります。

 ではハードカバーの本、特に1冊数千円もする専門書については、私たちは読む価値はないのでしょうか。もちろん読む価値はあります。しかし初心者には効率が悪いです。「文章が難解」「扱われているテーマが狭すぎ」など、ざっくりした「まとめ情報」を欲している時には不向きです。そして専門書で扱われている学問レベルですが、文学部出身なので人文系に関してだけ言いますと、(暴論かもしれませんが)あくまでも御三家の新書に限ればさほど変わりません。大雑把に表せば、「数千円の専門書の学問レベル」=「千円以下の御三家の新書の学問レベル」ということになります。学問レベルが等価(イコール)なのです。人文系に限れば、書籍の価格が、学問のレベルと比例している訳ではないのです。これはもちろん、御三家の新書の書き手が、同時に専門書の書き手でもあることが大きいです。そう考えれば、やはり御三家の新書のコストパフォーマンスは良い事が分かります。


 「ある事象を深く理解できて、それも数時間で済ませる」ことを前提にして、情報媒体の中での「書籍の優位性」、そして書籍の中でも「新書の優位性」を見てきました。次は、新書の中でも「御三家の新書の優位性」を見ていきましょう。御三家とは、岩波新書(岩波書店)、中公新書(中央公論新社)、講談社現代新書(講談社)のことでした。そしてそれ以外の出版社が出している新書が今物凄く多くあります。

しかし御三家以外の新書は、玉石混こうです。つまり良いものもありますし、今一つのもあります。外れ率が高いのです。外れの内容の多くとしては、「レベルが高過ぎ。専門書みたい」という難解なのではなく、「内容が薄過ぎ」という読み応えのない新書があります。もちろんライトな内容で、それはそれで面白いのかもしれません。エンターテイメント性としては優れています。しかし今回のブログのテーマである、「ある事象を深く理解できて、それも数時間で済せる」ことの目的を達せられる情報媒体ではないでしょう。

これはもう言われ尽されていることですが、多くの出版社が新書を出すことで、当然それに見合う「書き手」も調達しなければいかなくなり、多様な人を「書き手」として採用したことにあります。御三家の主な書き手である大学教授やそれに類する人に比べれば、軽い内容を書く「書き手」が増えたのです。
 


 最後に御三家の新書の良さの1つとして、色んな意味での「手に入りやすさ」があります。お金がなくても、図書館に行けば、御三家の新書はどれか1つは揃っているはずです。ちなみに私が通っている図書館は、岩波新書と中公新書があります(御三家以外の新書もある)。お金がなくても、本屋が近くになくても、図書館に行けば読めます。

新幹線が好きだー

 気持ちの良い気候にはなったものの、夜とか急激に寒くなったりしますよね。日中、薄着で出かけると、夜が大変です。風邪にも気をつけたいですね。

 でも、風邪自体は最近引いていないんですよね。その要因を考えたのですが、それなりに意識して野菜を摂っていること、歩くだけですが運動を毎日していること、お酒の量を抑えていることでしょうか。野菜の摂取は、30代になってやはり気をつけていることですね。それと言われているように、舌の感覚も歳をとるたびに変わってきたのか、野菜の味が今すごく美味しく感じます。不思議なくらいに。あとは油断せずに、体だけが資本の男なので、労わって稼業をやっていきたいです。


 話は変わります。「旅行に行ってみたい」とか時たま思う人間なのですが、あまり行ったことがありません。実は、行っても、少し経つと「あー。家に戻りたい」とか思ってしまうので、たぶん潜在的には旅行が嫌いないのでしょう。旅行に行くときの荷物をまとめたりするのも、面倒そうですしね。海外旅行も今は、もう興味が全くなくなりました(まだ私は海外に行ったことがありません)。飛行機も嫌いですし、何か海外であったら大変じゃないですか。気を遣い、体を疲れさせて、日本戻ってきたら、仕事が沢山溜まっている…。想像しただけで、嫌ですね。

 でもそんな私でも、国内旅行なら行ってみたい所が多いです。週末や連休で行けて、電車でも行けるなら、楽しいはずです。今の所は、東北新幹線で東京から青森まで行けるということなので、青森に行ってみたいですね。地方鉄道とか、温泉とかもありますし。あとは、そろそろ完成する北陸新幹線で金沢とかですかね。東京から金沢だと、飛行機が移動手段の定番らしいのですが、それが新幹線で行けるのは感動的です。こう書いていくと、私はただ新幹線が好きなだけのような気もしますね(新幹線は実家に帰る時利用するので、毎年乗っていますが。好きですよ)。
*ちなみに今年のささやかな目標は、新幹線のグリーン車に1回だけ乗ることです

 その為にも、明日からの稼業を真剣にせねばなりません。まだまだ堅気の底辺にいますが、誇りと矜持を持って、稼業に邁進していく所存です。

見た目で判断しない上司になるぞ

 この前の日曜日の記事は少し良くないと思い、削除致しました。自分の全てを伝えることが、読む人にとって果たして楽しい事なのかと疑問に思いました。今後も吟味していきます。その代りに今日投稿しました。

 世間話と自分の飲み食い話に終始するのですが。えーとSTAP細胞の小保方さんですかね。今週記者会見をされましたが、賛否がありますね。否定派は、「きちんとした根拠を出していない」という意見があったり、また「同情を買うような演出をして」などの意見がありました。賛成派というより同情派は「可哀想だ(そしてやっぱり綺麗だ)」という意見でしょうか。

 私個人としては、やはり科学者であるなら具体的な根拠を示して欲しいです。しかし、もし捏造の意思があったのなら再び世間の場には出てこないはずです。なので、その辺りが複雑ですよね。

 今後も気になる話題です。飲み食いの話で言えば、今週は特に何か新しい物は食べてないですね。でも開拓しないといけませんね。興味を持っていかないといけません。

日中の歴史

【ご注意】以下の記事は、初めて公開しますが。記事自体を書いたのは、2013年6月です。その時点の情報をもとに、書いておりますので。ご了承下さい。  

 今日は、尖閣問題やら何やらで、揺れる日中関係について話します。とはいえ、現在の問題や未来に取るべき外交関係等ではなく、ざっくり「これまでの日中間関係」を振り返ってみたいです。(繰り返しますが)とはいえ、ここ数十年の日中関係ではなく、だいぶ遡り、14世紀から江戸時代までの日中関係を、大変ざっくり見ていきたいと思います。
今回は以下の本を参考にして、記事を書かせて頂きました。もちろん高校生の時も、お世話になってましたよ。
*『世界史B用語集』(全国歴史教育研究協議会編、山川出版社)


 それで、14世紀から江戸時代までの日中関係を見ていく前に、日本と中国がなぜ揉めるのか根本的に考えてみました。それは極、簡単にまとめれば、「近い」からだと思います。この場合、「近い」には2つ要素があります。その最初の要素としては、「地理的な距離の近さ」があります。そう隣国同士で、古代から交流がありました。つまり何かと、互いに意識したくなくても、「目に入ってくる」存在同士といえるでしょう。そしてもう1つが、「国力としての近さ」があります。もちろん、古代から中世にかけては、日本の国力は中国に遠く及ばないものの、日本は近代ぐらいから現在にかけては中国に勝る国力をつけてきました。実際、日清戦争(1894~1895年)では、日本が戦争で勝利してしまいました(もちろん戦争はイケないことです)。しかし現在においては、遅れをとっていた中国が、日本を追い抜こうとする構図になっています。つまり国力がそれなりに近いのが、日本と中国なのです。

 地理的な距離が近くて、実力が拮抗している、これはもう「ケンカに発展する下地」としては十分な訳なのですよ。もし、距離が近くても、どちらかの国の実力が劣っていれば、「明確な上下関係」というある意味での秩序が出来、緊張関係に発展しません。例えば、アメリカの隣国は、カナダとメキシコで両国ともそこそこの国ですが、国力はアメリカに遠く及びません。カナダとメキシコは、「アメリカをライバル視」する発想すらないでしょう。よってアメリカとその両国(カナダとメキシコ)の仲は、悪くなりにくのです。また、例え実力が拮抗していても、国同士の距離が遠ければ、(当たり前の話のようですが)仲は悪くなりにくいです。第二次世界大戦後、アメリカとソ連(旧ロシア)が冷戦状態に陥ってしまいました。が、結局戦争には至りませんでした。これは、アメリカとソ連の国力が拮抗していたものの(といってもアメリカの方が優位でしたが)、地理的な距離が遠かったことが「戦争を防げた」側面の一つであったでしょう。もしソ連が、カナダかメキシコの位置にあったら、色々と火種が多く、一発触発の事態になっていたかもしれません。


 よって日本と中国は、仲が「悪くなりやすい」下地が十分なのです。実際、一昔までは、悲しい愚かな戦争を両国がしてしまいました。ところでこんな関係は、世界では、日中だけかと言いますと、そうでもないです。例えば、EU(ヨーロッパ連合)が出来る前の、近代のフランスとドイツの関係が、日中関係に似ています。ヨーロッパにおいて、近代国家ができてくる際、フランスとドイツともに、似たような国力を備え、そして隣国同士であった為、よく戦争をしていました。第一次世界大戦(1914~1918年)や第二次世界大戦(1939~1945年)をはじめとして、フランスとドイツは互いを敵として戦争をして、互いの多くの国民を死なせました。ヨーロッパにおけるこの「フランスVSドイツ」の潜在的な緊張関係を「解消」しなければ、また再びヨーロッパで戦火が起きることが予想されました。よってその「解消策」の大きな1つが、EUによる政治統合なのです。つまりフランスとドイツに「同じEUだよ」という共通項を作ることで、両国の緊張関係を解消するのです。現在のヨーロッパ経済危機を語る際に、「EUはその仕組みそのものに問題がある」という意見が出ます。しかし、EUの発足は、「経済的に豊かになろう」という思いよりは、「戦争をしないヨーロッパにしよう」という政治的な思いの大きさでできています。よって、EUは現在の経済危機ぐらいでは、崩壊しないでしょう。


 少し本題の日中関係から外れましたね。戻ります。また「フランスとドイツ」の例以外にも、隣国同士の緊張関係のケースは世界にはあります。「インドとパキスタン」の関係もそうでしょう。インドの方が人口で圧倒していますが、両国とも核兵器を持ったりと、ライバル関係です。他には、一昔まえの「イラクとイラン」もそうですね。互いに、それなりの実力国家同士でしたし。実際イラン=イラク戦争(1980~1988年)という戦争を起こしています。こう見てくると日中関係は、「世界で稀に見る緊張関係」ではなく、「それなりよく起こりうる緊張関係」ともいえます。よって、フランスとドイツのように工夫して仲が良くなった例があるように、他国の例を参考にして、今の緊張した日中関係を解きほぐすことができそうです。決して「うるせぇ。日本と中国の関係は、俺達にしか分かんねぇんだよ」と言うのではなく、「そうか。世界の他の国同士にも似たようなケースがあり。解決していった例もあるのか」という風に考えていくべきでしょう。そう、隣国で悩んでいるのは、日本だけじゃないのですから。良くないのは、日中の緊張関係を「宿命的な事」だと思うことです。この考えでは、先に「戦争」しかないですから。


 さてここで、ようやく今回の話の本題の「これまでの日中間関係」の振り返りをします。実は、そこに緊張関係を解きほぐす参考例があったのです。つまり、ご先祖さん達も、上手くケンカしないような関係を作りあげていたのです。ただ今の時代には、参考になりませんが。ですが、ご先祖のその仕組みはともかく、気持ちは見習っていけます。そして今や未来の日中関係を良くしていけると思っていくべきでしょう。では見ていきましょう。


① 【14世紀~16世紀 「室町幕府体制下の日本」と「明王朝の中国」の関係 】
 まず日本の室町幕府は、1338年から1573年まで日本を統治していました。一方、中国の明王朝は1368年から1644年まで中国を統治していました。「統治」と書きましたが、両政権とも、時代が経つにつれて、その統治能力は落ちていきましたので。今のように、完全な中央集権体制のようなイメージとは異なります。さて、この時代は、まだまだ中国の明王朝の方が、日本の室町幕府より圧倒的に国力が上でした。なので「緊張関係」すらないのが実情です。明王朝は、朝貢貿易という一種の「公的な貿易制度」を敷いていました。つまり今のように、民間部門同士の貿易を推奨するのではなく、逆に民間部門同士の貿易を禁止しました。これは「海禁」と呼ばれる仕組みです。日本の江戸時代でいう「鎖国」ですね。そして中国で隣国と貿易できるのは、「明王朝の政府機関」のみとしたのです。そして隣国側も、民間部門は貿易できなくて、「隣国政府機関部門」だけが貿易を許されたのです。日本の室町幕府が行っていた勘合貿易がこれにあたります。つまり建前では、日本の室町幕府とは関係のない商人達は、明の商人達とは貿易できないし、「明王朝の政府機関」とも貿易できない決まりだったのです。これが朝貢貿易の内容です。すなわち制限貿易です。「制限」すれば、当然、「制限される商品」に価値が高まり、それを唯一手にする明王朝や室町幕府にお金が沢山入ってきます。今のイメージで言えば、米国アップル社の製品を民間の家電量販店に扱わせるのを禁止して、日本の今の自民党政権のみがその「販売権」を独占するようなことですかね。各地にある自民党の事務所のみでしか、iPodやiphoneなどを買えないとなると。値下げする必要もなく、高値で販売できるようになります。当時はまだ、経済学のような発想がなく、明王朝としては「自分達が手っ取り早く実利を得られる」そして「明王朝に敵対するグループが金持ちになる可能性を減らす」という理由等で、朝貢貿易とそのセットになった「海禁」を採用したのでしょう。

 が、しかし、この仕組みでは日中両方の民間部門にとっては不満が残ります。この時代になると、商工業が発展してきていました。潜在的な「貿易がしたい」という思いが大きくなっています。そんな中、「民間部門の貿易禁止」となれば、当然密輸行為が広がっていくことになります。密輸行為は、当然、日中双方の政権にとっては「良くない」ことです。先の例で、自民党だけがアップル社製品を販売できる話を出しましたが。この話でいえば日本の民間グループがこっそりとアメリカからアップル社製品を「密輸入」するようなものです。そして、独占販売により物凄く高値になっている「正規のアップル社製品」(自民党事務所だけで売られている)より、安く「密輸入したアップル社製品」を売れば、その日本の民間の密輸入業者は儲かります。日本の人も「安い」方を買うでしょうから。いつの時代も、リスクはありますが、「密輸」ビジネスは単純でいて莫大に儲かるものなのです。よって、この時代「海禁」という仕組みが敷かれていたにも関わらず。密輸が広がっていったのです。当然自分達の「利幅を削られる」政権側にとっては、許しがたき行為ですが。明王朝も室町幕府も、成立当初はともかく、時代が経つにつれて、統治能力が低下してきます。取締りが弱くなってきます。よってさらに、密輸ビジネスが盛んになっていきました。この時代、「倭寇」と呼ばれる日本や中国の海賊が中国の沿岸地域を暴れ回っていたのが、その「悪い象徴」です。倭寇は、いつもは密輸ビジネスをしているのですが、正規ビジネスではなく不法ビジネスであった為、「武装化」せざるおえませんでした。しかしこの「武装化」が、時として、密輸ビジネスを超えた残虐行為にも走らせる要因になったのです。やはり武器は、人間をダメにしますね。

  さてこれらの経験を通じて、日本の中では、「大国の中国には富がある」という感覚ができてきたと思います。つまり自国だけでなく、外国とビジネスすることで、儲けられるという発想が出てきたのです。これは、ちゃんとすれば、貿易が活発になり良いことです。しかし、少し道を間違えれば、「うーん。地道に貿易やるより。植民地にした方が、もっと儲かるのでは…ニヤリ」と悪い考えも出てきます。それらの背景が、後に戦国時代を終わらせた豊臣秀吉が朝鮮侵略したのにつながっていったのだと思います。この時代、日本は、それなりに中国の背中が見えてきた感じでしょうか。そして、中国も日本を意識するようになってきたのでしょう。


② 【17世紀~19世紀 「江戸幕府体制下の日本」と「清王朝の中国」の関係 】
ともに、17世紀から始まった日中の両政権ですが。お互いが、当初敷いたのが、鎖国制度でした。それも、両政権機関同士の貿易すらしませんでした。これでは、また密輸ビジネスの流行が懸念されるところですが。今回の両政権は、前の政権よりも、長い期間統治能力が強く、鎖国制度が強く機能しました。そして何よりも、特に日本の江戸幕府は外国に頼らずとも、「自国だけ」で十分完結できる経済状況を作り上げていったのです。この時代、日本と中国は、あえて「交流を断つ」ことで、関係を良好にしていったと言えます。
*実際、中国の清朝はその後、鎖国を撤廃して、他のアジア諸国やイギリスなどと貿易をするようになります
私は、これはそれなりの知恵だったと思います。つまり江戸幕府も室町幕府のように、中国と貿易をすれば、多少利益があったかもしれません。しかし、そのことによる利益よりも、弊害の方が大きいと判断したのでしょう。弊害とは、密輸ビジネスが横行、それに伴い海賊行為の多発で隣国との関係悪化、そしてそれらの為に発生する莫大な取締費用、そして幕府体制の中の反勢力を伸ばす可能性などです。江戸幕府はあえて、その利益を捨てることで、弊害の芽を摘み取ったのです。この決断が、江戸幕府が長く続いた1つの要因だと考えます。


 もちろん今の時代、鎖国制度はできません。より、交流していかなければなりません。なので江戸時代以上の工夫を日中でしていく必要があります。しかし昔の江戸幕府の人達が行った決断のように「外国との争いは結果的にダメになる」という発想を、我々は引き継いでいきたいです。
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