遠心力が働く人間関係

 大学を20代前半で卒業し、仕事に就き数年経って、私は気づいたことがあります。それは、努力をしないと人は離れていくということです。これは、私だけの特有の問題ではありません。私が今から書いていくのは、20代半ば以降の大人達に共通する事です。おそらく「そんなの当たり前だ」とすぐに思った人は多いはずです。近代の学校制度が始まった明治時代から、日本に住む人にとって、子ども時代における人間関係構築の場は、主に学校でした。実際、現代も小学校、中学校、高校と順に進学していき、そして人によっては専門学校か大学まで進学します。長い期間を子ども達は「学校という場」で過ごすことになります。

学校の特徴は、賛否両論ありますが、「人の密集地」であることです。「出会いが多い」のです。学校に行けば、良くも悪くも多くの人間と出合えることができます。確かに、同世代の多くの人間が共に行動することは、同時に沢山の摩擦を生みます。虐め、友人の嫉妬、喧嘩など、この手のつらい経験をされた人は多いはずです。しかし、同世代の人間が多数集合することが、良く作用する側面もあります。それが友人関係の構築です。それも、1人の友人ではなく、多数の友人を作ることができます。また人へのアプローチが弱くても、友人関係を容易に構築・維持することができるのも特長です。なぜなら学校には、学校行事や部活動という、同級生達と共有できる経験を積める環境が整備されているからです。学校にさえ来ていれば、自然と友情を育むことができやすいのです。この時点では、友人関係において、積極性はさほど重要ではありません。


一方社会人になると、友人関係の「固定化」と「減少化」に陥ります。まず自分が働く職場が「人の密集地」とは限りません。10人も満たない同僚達しかいない事務所で、事務の仕事をすることになれば、その同僚達のみ接する日々が続いていきます。学校のように、多くの人と出会う機会はありません。また大企業の大きなビルといった「人の密集地」で例え働けても、「職場の人間」が即「友人」になりえる可能性は、学生時代に比べて低いです。職場は学校ではありません。基本的に「その職場で役に立たない人」と見なされたら、その組織から退場させられるのが、職場というものです。職場とは、真剣勝負の場であり、「友人関係を構築する余裕」がありません。

もちろん例外は、沢山ありますが、ここでは原則的な話をします。社会人は基本的に、1週間のうち5日を仕事に割いています。また働く日は、ほぼ半日の時間を仕事の為に、費やしています。つまり社会人の多くは、生きている時間の約35%([5日÷7日]÷2)を、友人関係に発展する可能性が低い「職場」という場で、過ごしているのです。もちろん休日の土日曜日を友人関係の為にあてられますが、20代以降になれば「家族関係の構築」(ex、将来の夫・妻探し、子育て、親の介護)の用事で、休日を埋めることが多くなっていきます。もちろん社会人でも、新たな友人関係を構築することは不可能ではないですが、極めて時間と手間が学生時代より掛かるのです。よって必然的に、社会人の多くは、学生時代で培った既存の友人関係で友情を満たすことを選択します。学生時代はどんどん友人関係が広がっていったものですが、逆に社会人の場合は友人関係を固定化していくことになっていきます。

 また固定化とは、何かを選択して、それ以外を捨て去ることを意味します。先ほど見たように、社会人は「友人関係」の為に割ける時間が少なくなります。したがって、これまで築き上げた複数の友人関係を全て維持するのは難しく、今後確実に付き合える友人関係だけに絞り込まざるをえなくなっていきます。別に喧嘩別れといったことではなく、連絡回数が減っていき、次第に相手のことを思う時間が減っていけば、互いに悪い意思を持つことなく、友人関係は消滅します。時間とともに、そういう形に収まっていきます。友人関係の固定化とは、同時に友人関係の減少化をもたらすのです。


 また一度固定化した友人関係でも、初めに言ったように、努力をしないと友人達は離れていき、消滅する可能性が高くなります。その努力とは、「友人を良く思う」という性格的な要素というより、小まめに連絡したり会ったりして「友人関係を保つ」という行動的要素が強いです。社会人の人間関係においては、積極性が重要視されます。またここまで、友人関係だけに絞って話を進めてきましたが、他の人間関係にもこのことは当てはまります。職場の人間関係であれば、人付き合いが悪かったりすると、仕事が上手くいかず、同僚達は離れていくでしょう。家族関係でも、遠くにいる親と連絡をしていないと、親から反発を受けて、親との仲が悪くなります。今までの話は、人間関係全般に言えることなのです。

社会人になれば、人間関係には遠心力の作用が働くのです。逆にこのことは、学校が、本来人間関係に備わっていた「遠心力という作用」を見事なまでに消していたことを証明してくれています。学校は「特殊な場」だったのです。つまり社会人になったら、例え自分がどんなに善良の心の持ち主であっても、既存の人間関係に自ら積極的にアプローチしていかないと、遠心力が働いているので、既存の人間関係は次第に消えていくのです。
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北方領土

 今日は北方領土の話です。北方領土を巡るこれまでの経緯、そして北方領土とはどんな所なのか、そしてロシアは返してくれそうなのか、ロシアが返してくれるポイントは何かを考えてみました。
*今回のブログ記事作成では、外務省と内閣府のサイトの情報を参照しました

 まず北方領土ですが、北海道の北東側に浮かぶ、主な4つの島を指します。歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島から成り立っています(以下は、4島まとめて、「北方4島」と呼びます)。現在、日本政府は北方4島に対して「日本の領土です」と言っていますが、日本政府が「行政を行えていない唯一の領土」になっています。実際に北方4島で行政を行っているのは、ロシアです。そしてロシアも北方4島のことを「ロシアの領土です」と言っているのです。こういう訳で、非常にややこしくなっている土地なのです。
 
 そんな北方4島の歴史を見ていきますと、日本の江戸時代から、日本に住む人達が漁をしに4島には訪れていたようです。そして北方4島が「日本の領土」と対外的にも認められたのは、日魯通交条約(1855年)という約束をロシアとしてからです(「魯」はロシアを意味します)。その後、樺太千島交換条約(1875年)やポーツマス条約(1905年)などロシアとは条約を結びますが、一貫して北方4島は「日本の領土」側に置かれていました。ところが、日ソ中立条約(「互いに戦争するのだけはやめようね」のような約束)を結んでいたにも関わらず、第二次世界大戦が終了する1945年の8月にソ連(ロシアの一昔の国)が、北方4島に攻め入ってきました。よってその頃から現在まで、北方4島をロシアが実効支配していきます。
 
 私が考えるに、「北方4島は日本の領土だ」と主張する日本政府の根拠は、以下のようなことです。「1855年の日魯通交条約から、他の国にも認められて、北方4島は日本が支配してきました。そして戦争でロシアさん側が1945年に、北方4島を取ったといっても。ロシアさんとの戦争は、勝手にロシアさんが私とした約束を破ったからでしょう。“まともな戦争”とは言えませんよ。そんな戦争で得た領土は返すべきです」等の言い分が日本政府にはあると考えます。1945年のソ連の北方4島の攻め入りが、“まともな戦争”ではない、ことも重要でしょう。
 
 それに対して、私が考えるに「北方4島はロシアの領土だ」と主張するロシア政府の根拠は、以下のようなことです。「歴史的に戦争で得た領土というのは、世界各国どこにでもありますよ。勝った方の言い分が通るのが戦争ですよ。まあ、ただ、日本さんの事情も分かりますし、交渉はしますよ…」等の言い分がロシア政府にはあるのでしょう。


 以上のことについては、色々議論されており、今回は立ち入りません。それで、次に北方4島の内容について見ていきます。とはいえ、全部のことを見ていく訳にはいかないので、北方4島の面積つまり「北方4島の大きさ」について見ていきます。
 
 各島の面積は以下の通りです。歯舞群島は約99 km2、色丹島は約253 km2、国後島は約1498 km2、択捉島は約3184 km2です。正直これだけでは、「大きいのか?小さいのか?」という印象でしょう。よって比較しましょう。例えば沖縄本島の面積は、約1208 km2です。新潟県の佐渡島の面積は、約855 km2です。兵庫県の淡路島の面積は、約595 km2です。そう実は、国後島(約1498 km2)と択捉島(約3184 km2)は、沖縄本島(約1208 km2)よりも大きいのです。特に択捉島(約3184 km2)の場合は、沖縄本島(約1208 km2)の2倍半もあるのです。つまり、四国、九州、北海道を除く「日本の島面積第1位」は、ダントツで択捉島なのです(実効支配していないですけど)。北方4島が「なぜか小さく見える」のは、隣が北海道(面積約83,457 km2)という大きな存在があるからでしょう。北海道の面積が小さければ、北方4島が今より「大きく見える」こともあったかもしれません。ちなみに北方4島の合計面積は、約5036 km2です。埼玉県(面積約3798 km2)や山梨県(面積約4465 km2)より大きいのです。
 
 さてこんな大きい土地を有する北方4島ですが、実際もし日本に「実効支配の権利」が返ってきても、魅力的な場所になりえるかは、疑問視されてはいます。お隣の北海道が、大きい土地を有しているのに、それほど豊かでない現状を見ればお分かり頂けると思います。例えばやはり寒い地域なので、なかなか観光事業が厳しいかもしれません。しかし漁業範囲は広がりますし、全く得がないという訳ではないでしょう。それに今後、色々たくらむ人も出てくるでしょうし、観光事業も夏の「避暑地」のようにすれば流行るかもしれません。もちろん負担もあります。今現在、北方4島に住んでいるロシアの人達のことについてです。もうこの人達にとっては、北方4島が「故郷」になりつつあります。仮に北方4島が日本に返ってきたとしても、強制退去などはすべきではないです。上手く共存できるような仕組みを考えないといけません。こういう問題の方が、実は苦労するのではと思いますが、今回は深入りしません。

 
 それでロシア側は果たして、北方4島を日本に返してくれるのでしょうか?私は「返す気」はあると考えます。まず単純に考えて「完全にロシアの領土だ」と言い切れるのなら、「交渉」なんてやりません。例えばロシア政府に「モスクワは俺たちの領土だ」とどこかの国が言ってきても、ロシアは「交渉」しないでしょう。完全無視のはずです。ところが北方4島に関しては、過去に何度も日ロの偉い人達が交渉しています。よって「北方4島は完全にロシアの領土だ」と言い切れないと、ロシア側も思っているのです。それでロシア側の最終的な狙いとしては、日本から「それなりのプレゼント」をもらうことでしょう。

 まず北方4島の価値は、「領土問題化」がなっていることによって、非常に「高値」になっています。先ほど述べたように、北方4島は大きい土地ではありますが、そこで沢山のお米や小麦が取れませんし、まして今現在石油やガスは取れません。つまり、そもそも北方4島の価値は高くないのですが、「領土問題化」になっているので、日本にとっては実際の価値よりも「高値」になっているのです。ロシア側はやはり、そこにつけんでいます。「日本に北方領土を返す代わりに、“沢山のプレゼント”をもらってやる」とロシア側は北方4島を利用したいのです。
*ちなみに“沢山のプレゼント”の内容は、例えば「ロシアのガスを買ってくれ。そして日本までのパイプラインは日本側で負担してくれ」「極東ロシアの開発に多額の資金援助してくれ。日本はアフリカなどに資金援助しているだろ。極東ロシアに関しても、そんな感じでしれくれ」などが、様々な情報から考えられます。

 
 ここで日本側としては、とりあえず、そのロシアの狙いに「のったフリ」して交渉していくしかないでしょう。ロシアに「ロシアさん。汚い下心を持つのはやめろ」と言っても、無駄です。交渉していく中で、いつの間にか「日本有利な方に」進めていくのです。そして「4島一括返還」「2島先行返還+残り2島は交渉」など、実際の返還方法には複数の選択肢があります。私個人としては、とりあえず北方4島の問題が「前に進んだ」ということが、内外に知れることが重要だと考えています。よって「2島先行返還+残り2島は交渉」などでも、大きな意味はあると思います。これによって、とりあえず「日本の領土が返ってきた」という事実が発生します。このことにより、「日本はなかなか、領土問題でもやってくるな」という印象を、世界各国は持つはずです。特に尖閣問題で対立している中国に対して、十分なけん制になるでしょう。「北方4島の問題を解決してくる力があったとは…手ごわそうだ」と中国側が思ってくれるかもしれません。北方4島問題の解決が、様々な外交問題に良い意味で波及してくるのです。今後の粘り強い交渉が、カギです。
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