播州ラーメン

 「関西ラーメンコロシアム」で知ったのですが、甘い味が特徴の播州ラーメンはいつか食べてみたいです。どんな「甘さ」なんでしょうか。播州ラーメンは、「ご当地ラーメン」としてはまだ知名度が低いですが。その分、これから伸びていくかもしれませんね。皆さんも、有名じゃないけど、「推しのご当地ラーメン」ってありますか。日本も広いです。
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関西ラーメンコロシアム

 MBSラジオの「関西ラーメンコロシアム」のポッドキャストが面白いです!!関西の放送局なので、生放送で聞くのは無理なのですが。ポッドキャストでも番組が流されているので、関西以外でも聞くことができます。
 
 紹介される店は関西が多いのですが、聞いているだけで充分面白い番組です。ラーメンを紹介する番組ですが、視覚情報がないラジオというメディアの為、紹介者の言語情報のみで番組内容が構成されます。ゆえにラーメンの情報が実に細かく、また歴史的背景なども入っていて、ラーメンに非常に詳しくなれる番組です。

 ラジオというメディアの底力も感じる番組です。

悶々

 今日1日、やはり一晩だけのアルコールでは解消できず、モヤモヤと過ごしておりました。家にいても、悶々とするだけなので、求人情報を見にいく目的で学校に行ってきました。ただ求人情報はほとんど更新されておらず、ショック。う~ん、もうこの時期だと学校には求人情報出さないのでしょうか。

 せっかく学校に来たので、SLTA(標準失語症検査)の自主練習、嚥下訓練の内容の復習をしました。久しぶりに検査の練習や勉強の復習をしました。最近は、面接準備やもしもの引っ越しのこと(結局不合格だったので…なんだか恥ずかしい)ばかり考えていて、検査練習や勉強の復習していませんでしたから。

 でもこの前の面接でも言語聴覚士の知識を問う、いわゆる口頭試問がアウトだったので、やはりもう一度復習が必要です。この前クラスメートと話をしていたら、僕達が通っていた2年制の専門学校は、4年制の大学過程に比べれば、「知識が不十分なまま、現場にきた」という位置づけで業界内では見られているとのことです。ちなみに2年制の専門学校は、大卒者に限り入学できます。高卒者で言語聴覚士を目指す場合、3年制の専門学校か4年制の大学に行くことになります(なんだか「言語聴覚士を目指すブログ」っぽいぞ)。

 なので病院の現場のリハビリ職の人からすれば、2年制の学生に対しては常に「ちゃんと知識が入っているか」を確認しときたいはずです。よって勉強時間を増やしていきます。ただ勉強は、その世界に入っていけるので、少し現世の辛いことが忘れてよいですね。ただ時折、なぜか思い出して、辛くなる…(挫けるな俺)。

 明日は久しぶりに日雇い仕事をすることにしました。お金を少しでも得たいこともありますし、体を動かすことで悶々とした気持ちが薄くなっていくと思うので。

 しかしそればっかりでは前には進まないので、土曜日からは就職活動と勉強です。時には日雇いも入れていきますが。あと、そうそう。学校の専任の先生からは有難くも、「就職決まんなかったら。教員に相談して。紹介できるところがあれば紹介するし」と言って頂きました。

 ただ…そこが果たして自分の希望に近いところとは限らないでしょうし。また先生の紹介を受けても、採用が約束されるとは限りません。ただ使えるものは使っていくしかないので、とりあえず、紹介を利用するかどうかはともかく。土曜日学校に行って、先生に相談することにします。

面接試験、不合格でした

 先日採用面接を受けた病院から、今日手紙が届きました。採用結果、「不合格」でした。

 今回の面接は合否を気にせず、「簡潔に答えること」を課題設定して臨んだのですが。やはりショックです。今回、僕含めた受験者が少数であったことから、ひょっとして全員採用してもらえるのでは…という思いがありました。リハビリ職員が多数いる回復期の病院だったので、新人を複数とってもらえる背景があったのです。

 あとこの3月の時期だけに、就職先が決まらない学生の立場を汲んでもらい、採用してもらえるのではという勝手な期待がありました。面接では、できなかったところがあったものの、結論から先に述べることを徹底した結果、簡潔に話すことができました。スムーズに面接が流れていく感じもありました。

 先日の採用面接が終わってから、今日の今まで悠長に構えていたのが実際のところです。そこにもし決まったら、引っ越しの可能性があったので、引っ越しのことなども色々考えていたところでした。

 でも完全に油断して、滑った形ですよね。そもそも病院も稼がないといけない主体である以上、不必要に人材を抱えません。よって同情などの気持ちを持って、採用活動することはありません。甘い期待をしていた僕が情けない話です。

 あと面接も、専門知識を問われる質問で間違いをしたり、的外れな返し方をしたことがいくつかありました。初見の面接官にとっては、ささいな間違いも、気になるものです。不合格の結果を受けた今、「あそこは落ち着いて正確に答えるべきだった」という反省が強くなっています。

 この時期なので、引っ越しの可能性があることもネックだったのかもしれません。あとライバルの受験者の方が優れていたこともあったかもしれませんが、そこを気にしては自己の精進にならないので、それは忘れることにします。

 ともかく明日から、また就職活動再開です。面接対策もしていきます。面接での簡潔な話し方は日々続けていきます。あと志望動機などの面接で聞かれる内容も、深くできるところは深くしていこうと思います。内容を濃くするといいますか。とはいえ、長くならないように注意すると。

 ただ懸念するのは新年度がもうすぐ始まるこの時期に、経験者ではなく新卒の求人がどれだけあるかということです。それに4月になれば、既卒扱いになってしまいます。どこの施設も4月に新卒研修が行われるので(大きいグループではホテルに閉じ込めてやるらしいです)、できれば僕はそういう研修を受けときたいタイプです。不器用な方なので。ただ現実はこの時期のため、厳しいです。

 来週3月28日に、2月に受けた資格試験の合格発表があります。この資格試験で不合格だった方は、言語聴覚士としての採用は取り消しになります。内定を得ていても不合格になる人がいつも一定数いるので、その追加採用が4月初旬にあります。それを狙っていくのも手かなと考えています。とはいえ、内定者が全員合格の施設は、追加採用する必要はないので、これも楽観視できるものではありません。

 僕と同様に、2月の資格試験後に就職活動したクラスメートは続々と就職先決まっていて、正直羨ましい思いがありますが。人は人、自分は自分です。逆境の時こそ、自分が試されると思いますので、一生懸命やっていきたいと思います。日々、活動量を増やして、精進していきます。

 ともかく、今日の夜は、安く深く酔える缶チューハイ500ml飲んで寝たいと思います。

静岡県熱海で生まれた稲川会

 稲川会の圧倒的な占有率を占める都道府県として知られているのが、神奈川県です。2011年時点、神奈川県には約3610人のヤクザ組織人員がいて、その75%が稲川会の人員でした(*1)。太平洋戦争後から、神奈川県はヤクザ組織にとっては活動しやすい地域でした。日本有数の国際貿易港・横浜港を抱えており、密輸ビジネスに適した場所でした(*2)。横浜の中華街は、1945年から1970年代まで、香港やシンガポールから麻薬が密輸される拠点地でした(*3)。また米軍が戦後、横浜を接取していた為、米軍兵士を対象とする売春ビジネスも盛んでした(*3)。現在も神奈川県には、横須賀海軍施設(横須賀市)、陸軍のキャンプ座間(相模原市、座間市)、厚木海軍飛行場(綾瀬市、大和市、海老名市)など計12の米軍施設があります(*4)。現在は少なくなっていると言われますが、ひと昔、日本の裏社会に流通した拳銃は、在日米軍の横流しによるものが多かったです(*5)。米軍基地が沢山存在する神奈川県で活動するヤクザ組織にとって、拳銃確保は他府県に比べると容易であったことが考えられます。

 稲川会が発足した場所は、神奈川県ではなく、神奈川県の県境に位置する静岡県の熱海市です。稲川会の創立者である稲川聖城は、1940年代網島一家という博徒組織で、代貸を務めていました(*6)。当時、熱海に縄張りを持っていたのが山崎屋一家でした(*6)。山崎屋一家は太平洋戦争後、朝鮮人系の愚連隊と衝突していました(*6)。山崎屋一家への応援部隊として、網島一家から熱海に派遣されたのが稲川聖城です(*6)。応援部隊としての功績もあったのか、1949年稲川聖城は山崎屋一家トップの五代目総長に就任します(*7)。外部出身者が他組織を引き継ぐというのは、関東のヤクザ社会では珍しいことではありませんでした(*8)。跡目候補に適材な人物がいない場合、他の組織からトップとなる人物を連れてきました(*8)。裏返せば、それを名目に、力のある組織による「乗っ取り」も多かったと考えられます。

 稲川聖城にとって山崎屋一家を引き継いだことは、ヤクザ社会で大きく飛躍する機会となりました。熱海は日本でも有数の温泉地です。首都圏から近いこともあり、観光客は豊富です。1964年ごろから、警察当局は賭場関係者を非現行でも逮捕していく方針に変更しました(*9)。現行犯でなくても証言によって賭場関係者が逮捕されるようになったことで、1964年以降ヤクザ組織の賭場ビジネスは下降線を描いていきます(*9)。裏返せば、1964年以前までは、ヤクザ組織の賭場ビジネスは盛んでした。温泉街でも常設の賭場がありました(*10)。熱海でも常設の賭場があり繁盛していたことは想像に難くありません。熱海から近い箱根塔ノ沢の温泉では、1964年3月19日、「総長賭博」という大きな賭場が開かれました(*11)。引退する住吉一家三代目・阿部重作総長の花会として、稲川会と住吉一家共同で開いたものとされています。一夜で約6億円が動くほどの莫大な収益を見込める賭場でした(*11)。

 1949年山崎屋一家を引き継いだ稲川聖城ですが、同年に稲川興業という組織を立ち上げます(*12)。稲川興業の立ち上げが、稲川会の始まりとされています(*12)。ちなみに1949年に立ち上げた組織を、「稲川組」とする説(*7)や、「稲川一家」とする説(*13)があります。山崎屋一家はその後、稲川会内の組織として、熱海を拠点に存続していきます(*14)。稲川聖城が稲川会トップになったことで、空席となった山崎屋一家総長には長谷川春治が六代目総長として就任しました(*14)。1974年、長谷川春治が稲川会2次団体・碑文谷一家総長に横滑りする形で就任すると、山崎屋一家七代目総長を稲川聖城実子である稲川裕紘が就任しました(*14)。1980年、稲川裕紘が山崎屋一家を吸収する形で稲川一家を立ち上げた結果、山崎屋一家は消滅しました(*15)。

 熱海には稲川会本家もありました(*16)。稲川会の二代目、三代目継承式は熱海の稲川会本家で実施されました (*17) (*16)。現在稲川会の盃儀式や義理事は、2007年5月に完成した稲川会館(横浜市)で行われています(*18)。

<引用・参考文献>
*1 『実話時代』2017年2月号「全国指定二十二団体最新版勢力地図」(人数はすべて警察資料による), p19
*2 『ヤクザ500人とメシを食いました!』(鈴木智彦、2013年、宝島SUGOI文庫), p255
*3 『週刊実話』2016年2月4日号「風俗新潮流 第36回 横浜・風俗街」(八木澤高明著), p172
*4 神奈川県サイト「県内米軍基地一覧表」
*5 『裏経済パクリの手口99』(日名子暁、1995年、かんき出版), p128
*6 『山口組永続進化論』(猪野健治、2008年、だいわ文庫), p210-211
*7 『日本のヤクザ100人 闇の支配者たちの実像』(別冊宝島編集部編、2016年、宝島社), p16-17
*8 『実話時代』2014年8月号, p40
*9 『ヤクザ大辞典』(山平重樹監修、週刊大衆編集部編、2002年、双葉文庫), p108-109
*10 『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(鈴木智彦、2011年、文春新書), p195
*11 『ヤクザ大辞典』(山平重樹監修、週刊大衆編集部編、2002年、双葉文庫), p250-251
*12 『実話時代』2014年8月号, p23
*13 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p159
*14 『実話時代』2015年3月号, p63
*15 『日本のヤクザ100人 闇の支配者たちの実像』(別冊宝島編集部編、2016年、宝島社), p226-227
*16 『実話時代』2016年8月号, p106
*17 『実話時代』2016年8月号, p49
*18 『実話時代』2015年8月号, p14
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